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◇
あれから毎日変わりなく過ごしている…
…と言いたいところだけど、以前とは少しばかり違うことがある。
「あ、みどりー」
「ナ、ナニ……」
「呼んだだけぇー…」
へにゃりとした笑みを向けられて、心臓がバクバクしてザワザワして、とにかく頭がどうにかなってしまいそう。
「フフッ……かわいーねぇ…」
病名:信頼しすぎ病
前に路地裏でラダオクンの姿を見ても怖がったり酷い言葉を投げつけなかったことがきっかけで、ラダオクンは真の信頼を俺に寄せるようになった。
そこまでは良かったのだけど、この病気の厄介なところはラダオクンの距離感がしばらくバグるとこ。
今も、いつのまにか近付いていたラダオクンを平然なフリをして対応することだけで精一杯。
「ハァー……ラダオクン、近スギ」
「え?そんなことないでしょ」
真横に座ってピッタリ密着してくるのは、十分に近すぎると言えるのでは?
おかげで触れてる右半身が溶けそう。
数分前からパーリーピーポー状態の心臓も、いい加減休ませてくれと主張しているのかだんだん痛くなってきた。
あと全身が暑すぎてよくない。
いろいろ、よくない。
「アー!キョーサンガ呼ンデル気ガスルナァ〜!」
「え、わぁっ!?」
このままではいけないとラダオクンを引き剥がして、ダッシュできょーさんの部屋に駆け込む。
これ以上は心臓が耐えられない…無理。
「お、どりみ……顔真っ赤やん」
「キョーサン!ナントカシテ!!」
裾に縋り付くようにして今の状況を説明すると、きょーさんはお腹を抱えて大笑いした。
「アッハハ!傑作やん!オモロいわぁー…」
「笑イ事ジャナインダケド!?」
「いやぁ、俺ん時も信頼強かったけど、そんなキモい事は起きんかったからなぁ〜」
ケラケラといつまでも楽しそうなきょーさんを睨んでから、細心の注意を払ってそおっと自分の部屋に向かう。
何の問題もなく部屋まで辿り着いてホッとしていると、部屋の窓に紙が貼り付けられているのに気が付いた。
「…何ダ、コレ……?」
手紙には雑な文字で“九時”と書かれていて、それ以外には何もない。
宛先も何も書いていないそれを不審に思って、ラダオクンのいる総帥室まで歩いた。
「み、みどり!?ノックしてよー!」
「ゴメン」
驚いたのか、バサバサと積み上げられていた資料の山を崩すラダオクン。
ラダオクンのおっちょこちょいには慣れたからいいけど、何だか今は挙動不審。
「ラダオクン?」
「ん!なーに?」
「エ、ア、イヤ…ナンカ手紙ガ窓ニツイテタ」
「…どれ?」
「ン」
手紙を手渡すと、ラダオクンの表情が少し強張った気がした。
すぐにいつもの柔和な笑みを浮かべてしまったから確証は無いけど。
「ラダオクン…何カ、知ッテルノ?」
「んーん……知らない」
「…ソウ」
「みどり、今日は誰かと一緒に行動してね…くれぐれも単独で行動しないように!」
いーい?と念を押され、反射的に何度も頷いてしまった。
一人行動をするなと言われた手前、勝手に部屋に戻るのも良くないかと考えて、そのまま総帥室の大きなソファーに横になる。
「…みどり?」
「……ナニ?」
「部屋くらいなら、一人で帰っても大丈夫だからね…?」
「…シネ」
「酷いっ…!?」
もっとわかりやすく説明しろし…
すっごい恥ずかしい奴だったじゃん…!!
真っ赤になったであろう顔を腕で隠しながらソファーで動けないでいると、足音が近付いてきた。
「?」
「…かわいー」
リップ音と共に、全身の熱がさらに上がった。
「…ッ!?!?!?」
金縛りみたいな硬直が解けて、自分が出せる最高のスピードでソファーから最も離れた窓へと飛び退いた。
視線のゆるりとした動きだけで俺を追ったラダオクンは、息も絶え絶えと言った様子の俺を見て小さく首を傾げた。
「どしたん?」
「……ナ、ニ…シテッ…!!」
「え?“キス”だけど…知らない?」
「〜ッ!ソウジャナクテ…!!何デ“チュー”シタ!?」
恥ずかしさとか色々な感情がぐっちゃぐちゃになって、何故か怒りながら質問をぶつけてしまった。
「え…したかったから…?」
あまりに幼稚な回答すぎて肩を落としたけど。
何だよ…もっとなんかあるじゃん……
まぁ、期待はあんまりしてなかったけど…
「ソウイウノ、合意ナシデヤッタラ犯罪ニナルッテ知ッテタ?」
「じゃあみどりが“いいよ”って言えばいいんでしょう?」
俺はしたいからキスしたわけだし、と言ってラダオクンはニコッと笑った。
急激にIQが下がっている気がする。
いや、“気がする”じゃないね、IQ下がってるわ、この人。
「…ハァ、ウンウン…ソーユーコト、ソーユーコト」
もう面倒だ、さっさと終わりにして帰ろう。
ん、待てよ…?そもそも何しに来てたっけ?
当初の目的が頭の中に浮かび上がった時、背後の窓ガラスが盛大に砕け散った。
「…エ……!?」
キラキラと鋭く尖ったガラスが広がった。
いくつかは既に自分の頬を掠めている。
それよりも強く意識を向けられたのは、沢山あるガラスの破片の中でも一際目立つ、人為的な攻撃。
「みどり!!」
プシュと軽い音がしたと思ったら、目の前の影と自分の間にある空間に体を捩じ込むようにして割り込んできたラダオクンが、ふっと意識を失った。
「ェ……ラダオクン?」
重さに耐えきれずに尻餅をつく。
“だいじょうぶ?”
そう言って手を差し出してくれる人はいない。
いくら体を揺すっても、ラダオクンは目を開いてはくれなかった。
「ハハ、ハハハハハ!」
「オ、マエ…オマエッ!!ラダオクンニ、ナニシタッ…!?」
「絶対に庇うと思ったさ!ソイツはオマエをよく見てるからなぁ!?オマエのせいさ!!」
耳障りな程甲高い声は、あはははははは!と延々に続いた。
男の体には、見覚えのある刺青があった。
◇