コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
死にたいって思ったら、もう二度と死にたくないと思わなくなった。なんてことはなく、死にたいと思ったら、ずっと死にたいと思い続けてしまうことは、あるのかなと思った。
「死にたい君は明るかった」
「鈴香〜!遅刻するわよー」
お母さんの目覚ましがわりの声で重い体をゆっくりと起こす。朝日の明るさに慣れていない目をこすりながら、洗面所へ向かって歩いていく。その足取りは軽いものではなかった。
「おはよ…」
私、実嶺鈴香は今日から編入生として北東第一高校2学年部となる。こんな大層な名前をしているけれど、北高は偏差値50で部活も強豪とまではいかない普通の学校だ。前までの偏差値が少し悪く、ヤンキーばかりの高校とは程遠い。
「早く食べないと遅刻するぞ。編入早々遅刻するなんて、先生に目をつけられたらどうする」
「はいはいわかってまーす」
父の厳しい言葉は今まで重く受け止めてきたけど、そんなことする必要はないと気づき最近は軽く流している。多分いつかキレると思う。多分。
さて、編入した理由は簡単。お父さんの仕事が転勤になり地方から東京へ。流石に遠すぎるので私も学校を転校したということなのだ。でも、転校してよかったと今も思っている。前の学校である海進高校、通称海校では治安が悪く、ヤンキーやギャルに散々いじられてきたからだ。あのストレスを感じる日々から逃げられると思ったら、私は編入試験なんてお手のものだった。
「初めての環境だけど頑張ってね。今日は午前中で帰ってくるんでしょう?」
「うん。始業式してなんか色々説明されたら解散。お母さん家にいる?」
「パートよ。だから鍵、お願いね」
「はーい」
地方にいたころと同じ朝の会話をする。
お母さんはたまにパートで、お父さんは警視庁で刑事として働いている。お父さんは家にいることが少なく、こうやって朝にご飯を食べていることも珍しい。だから、今日はとても珍しい日なのだ。
「じゃ、行ってきまーす」
『いってらっしゃい』
2人の声を聞いてから玄関のドアを開ける。すると窓から見えていた朝日よりももっと眩しい光に包まれる。都会だから良い土の匂いはしないし、そこら辺に木があるわけでもないから小鳥は電線に止まっているけどなんだか私の体はいつもより軽かった。
駅に向かって歩き進めると学生と思われる人が多くなってきて、中にはサラリーマンもいた。人混みに押し潰されながら改札を通り電車に乗る。前いた場所では電車なんて全く乗らなかったから少し緊張した。電車の中は思ったより人が多く、漫画の世界では痴漢とかされるんだろうなぁという物騒な妄想をしながら二駅目で人ごみをかき分けながら降りる。改札を出たら通路が広くなり、さっきまでいた人の体温を感じなくなった。
北高までは北東駅から歩いて5分ほどの場所にある。だからか北高に通う生徒は電車通学が多いらしい。私の家から北高までは歩いても行ける距離だけど今日は慣れのために電車で行くことにしたからこれからは歩いていくことになるだろう。
目線を前に向けると、3階建ての大きな校舎が見えてきた。前の学校の1.5倍ほどはあるだろうか。敷地もかなり広かった。
学校につき、私はすぐに職員室へ向かった。クラスの発表はされているから教室に行っても良いのだけど、まずはこれからお世話になる先生に挨拶がしたかった。玄関のすぐ隣にある職員室はコーヒーの匂いがしてやけに落ち着いた。
「編入生の実嶺鈴香です。2年C組の先生は…」
2年C組という言葉に反応した男性教師が声をかけてくる。体育教師っぽいジャージ姿で、髪は自然なのか美容院でやってもらったのかわからないけれどくるくるしていた。見た目は20代後半から30代前半といった所だろうか。
「担任になった橋本だ。これからよろしくな」
「はい。あ、これ先生方にって母から」
母から事前に預かっていた紙袋を渡す。先生たちが反応して数人集まってくる。人懐っこい先生が多いようだ。
「教室の場所はわかるか?」
首を横に振ると一緒に行こうと提案されて先生の準備が整うまで待つ。玄関をボーッと見ていると、なんだか気になる男子生徒が1人いた。
紫がかった暗めの髪色で、男子にしては少し小柄な人だった。先輩か後輩かもわからないけれど周りより少し印象が強めの生徒だなと思った。
「じゃ、行こうか」
視界に先生が入ってきてその小柄な男子生徒は見えなくなった。
「お、みんなもういるみたいだな。じゃあちょっと早めだけどHR始めるぞー」
教室から先生の声が聞こえた。私はなぜか廊下で待たされている。
漫画みたいな登場の仕方をするのだろうか。少し恥ずかしいから嫌だけどこれがこの学校のやり方だったら申し訳ないので指示に従った。が、なんだか特別待遇みたいに思えてきて緊張が走る。教室に入った時のみんなの視線を勝手に悪い方向へと想像してしまう。
先生が私の名前を呼んで入ってくるように促す。私は緊張して歩き方を忘れながらも教卓の前へと進んでいた。
「えっと、実嶺鈴香です。気軽に話しかけてくれたらなって思います。あっ、もちろん私からも話しかけれたらって思ってて…えーっと、よ、よろしくお願いします!」
ゴツっ
勢いよく頭を下げたせいで教卓に頭をぶつけてしまった。おでこがジンジンして痛いし、恥ずかしさで胸も痛い。最悪だ。新しい高校生活が今ので灰色になった気がする。
シーンと静かになった教室で小さく1人が吹き出す。それと同時にみんなも笑い出した。
「いや、アニメかよwwwめっちゃおもろっ」
好印象で取られたのか悪印象で取られたのかがわからないリアクションにたくさんのハテナが浮かんでしまう。助けの視線を先生に向けると先生も笑いを堪えていた。
「はー笑った笑った。よろしくスズちゃん」
最初に吹き出した明るい髪色の女の子が私をそう呼んだ。それをはじめに、みんなが私のことをスズとかスズちゃんと呼び始める。あだ名で呼ばれることに慣れておらず、最初はそう呼ばれることにびっくりしたが、なんだか嬉しくて私まで笑ってしまった。
ここなら、楽しい高校生活が始まるかもしれないな。そう思った。
「じゃ、実嶺の席は潤伊の隣な」
潤伊という生徒をみんなが教えてくれて、その席隣の席に座る。横を見ると潤伊という人は男の子で、まさかの。
「印象的な小柄の人…⁉︎」
「え?」
朝見たあの男子生徒だった。