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翌朝、同じタイミングで家を出た恵那と斗和は、挨拶を交わす事も無く学校のある方角へ歩き始めた。
恵那が先を歩いて行き、少し離れた距離を保ちながら斗和がその後ろを歩いて行く。
学校が近付くにつれて他の生徒たちの姿もちらほら見受けられるものの、皆、恵那の姿を見ると、挨拶をする訳でも無くヒソヒソと話をしては好奇の目で恵那を見ているのを目の当たりにした斗和。
自分もいつも周りから同じように見られているから、すぐに察しがついた。
(恵那のヤツ……周りから距離を置かれてるのか?)
昨夜の恵那の言葉に、今のこの状況。
まだこの町に来たばかりという事や芸能人という事を差し引いたとしても、周りの態度が恵那を苦しめているのではと斗和は考えた。
そして、学校に着き、教室の前で恵那が小さく溜め息を吐いてから教室のドアを開けていた事、恵那の姿を見た瞬間のクラスメイトたちの反応を見た事で完全に確信した。
(やっぱり。周りと上手くいってないのか……)
昨夜、恵那が何故あそこまで怒ったのかを理解した斗和は、恵那が自分の机の前に立って鞄を置いて椅子に座ろうとしたタイミングで、
「おい、ちょっと来い」
「え? あ、ちょっと、斗和?」
恵那の名を呼んで腕を掴むと、クラスメイトたちがヒソヒソと会話を交わしているのを睨み付けてから無言で教室を出て行った。
「ちょっと、斗和? 離してよ……。ねえってば」
恵那の問い掛けを無視したまま、斗和は歩みを進めて行き――二人が辿り着いた先は屋上だった。
「何なの? こんな所に連れてきて……」
斗和の行動が理解出来ない恵那が怪訝そうな表情を彼に向けると、
「悪かったよ」
突然、謝罪の言葉を口にした斗和。
「昨日の発言は、俺が悪かった」
「な、何なの、急に……」
「お前、周りから距離置かれてんだろ?」
「そ、それは……」
「アイドルって言うくらいだから、てっきり周りからチヤホヤされてんだと思ってた。だから、ああ言ったんだ。悪かったよ」
ただひたすら謝罪を繰り返す斗和を前に、何も言えない恵那。
彼女は分かっているのだ。斗和が悪い訳じゃない事を。
「……なぁ、話したくねぇなら無理にとは言わねぇけど、お前、何があってこんな田舎に来たんだよ?」
黙ったままの恵那に斗和はそう問い掛ける。
絶対、何か苦しい理由があると斗和は考えていた。何も答えず俯いたままの彼女の表情が、とても悲しそうに見えたから。
「話せば楽になる事もあるだろ? 俺でよけりゃ話くらいは聞くけど?」
そう言いながら斗和は手摺の方まで歩いて行くと、それを背にして座り込む。
暫く立ち尽くしたままの恵那だったけれど何かを決心したのか顔を上げ、無言のまま斗和の横まで歩いて行き、
「…………話、聞いてくれる?」
彼の横に腰を下ろすと、スマホを弄り始めていた斗和に、そう声を掛けた。
「ああ、話せよ」
「……うん……」
話をする気になった恵那に視線を移した斗和は素っ気ない声でそう答えたもののきちんと話を聞く為にスマホをズボンのポケットにしまう。
「……私ね、表向きには体調不良で休養する為にこの町に来たって事になってるんだけど、本当は、違うの」
「違う? 体調不良が嘘って事?」
「うん。まあ、心の方は若干弱ってるけど……身体は別に何とも無いの」
「何でそんな嘘ついてこの町に来たんだよ?」
「……事務所の社長と色々あって……ほぼ、クビ宣告……的な? まあ私も、前々から芸能界自体を辞めたいと思ってたからそれは別に構わないんだけど、一応人気アイドルのセンターだし、急に引退とかってなるとグループのイメージダウンに繋がるからって、ひとまず休養するよう言われたの。ただ、私の両親は海外に住んでて親ともそんなに仲が良い訳じゃ無かったから、昔から良くしてくれてた母方の祖父母の家で暫くお世話になる事になって、この町に来たんだ」
「……社長と揉めただけでクビとか、そんなん酷すぎるだろ」
「仕方ないよ。そういう世界なの、芸能界は。それに、揉めたって言うか、強要されたっていうのかな……」
「強要?」
「……CANDY POPは人気アイドルグループとか言われてるけど、ここ半年くらい人気は落ち気味だったの。プロデューサーが新たなアイドルグループに力を注いでいる事が原因でね」
「へぇ……」
「このままじゃ困るからって、社長はグループ全員を集めて私に言ったわ、『お前はプロデューサーから気に入られてる、グループ存続の為、センターとしての役割を果たせ』って」
「何だよ、その役割って」
「……プロデューサーと……寝る事よ」
「なっ……」
「プロデューサーは私の事を気に入ってたから、アイドルグループをプロデュースするってなった時にスカウトしてくれた。それは有難いと思ってるけど、あの人、事ある毎に誘ってきたのよ。食事とか……色々ね。私はそういうつもり無いから何かと理由を付けて断り続けてきたから、怒ったんだと思う。だから、お気に入りを集めた新たなグループをプロデュースして、CANDY POPを潰しにかかってきたの。そうなれば、嫌でも私が自分のモノになると思ったんでしょうね」
「何だよ、それ……有り得ねぇだろ……」
恵那の話は衝撃的で、斗和は思わず言葉を失った。