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「お世話になりました、ご住職」
「いえ、貴方様のご身分も知らず失礼なことばかり申してしまい、無礼を働きました」
「無礼なんてことは少しも。ご住職のおかげで迷いが晴れました」
礼を述べると、隣で無風も同様に頭を下げた。
「今日までの間、蒼翠様をお守りくださり、心から感謝いたします。この御礼は必ずいたしますので」
「そんなっ、頭をお上げください。私は龍の皇太子様を拝見できただけで十分でございます!」
まさか皇太子に頭を下げられるなんて思ってもいなかったのか、住職はあたふたしながら無風よりも深く頭を下げる。
その勢いは今に地に額がつきそうなほどで、このままでは跪拝しかねないと蒼翠は無風に早く頭を上げるよう促した。
「それでは俺たちはそろそろ失礼させていただこうと思っているのですが、その前に一つ、あの鳳凰についてもう一度聴かせていただいてもよろしいですか?」
「はい、私に分かることならばなんでも」
先ほどの光景を思い出したのか、住職がチラリと視線を上げる。
「あの色つきヒヨコが鳳凰なんですよね? なぜ突然現れたんでしょうか」
いつの間にか色つきヒヨコこと鳳凰は、どこかに消えてしまった。鳳凰に覚醒したことで元の場所を思い出し、巣に帰ったのならいいが、できれば宮殿に戻る前にもう一度怪我の状態だけは確認したかった。
「あの鳥は鳳凰で間違いないかと思います。ご必要ならこの寺にある記録をお持ちしますので、ご覧ください。ただ、何千年と姿を現さなかった鳳凰が突然出現した理由は、私にはなんとも」
「そうですか……」
伝承が残る寺の住職でも分からないのであれば、蒼翠たちにもすぐに真相を明らかにすることは無理だろう。
ここはもう伝説の霊獣が気まぐれに人の里に降りてきた、ぐらいの考えでいたほうがいいのかもしれない。
「しかし、あのヒヨコには無風をここに呼んで貰った恩もあるし、本当はもうちょっと世話してやりたかったな……」
ピィー、ピィー、ピィー。
あの可愛らしい鳴き声が懐かしい。もう鳳凰になっているから、鳴き声は変わっているだろうが。
「またどこかで出会えたらいんだけど。伝説中の伝説だし無理か……」
「あの、蒼翠様……」
「ん?」
「その鳳凰なのですが……」
「どうした? なにか他に知ってることでもあったか?」
「いえ……」
無風の視線が、さっきの住職のように少し上がる。その表情はどうしてだか、なんとも言えないといったもので、蒼翠は真意が読めず首を傾げた。
が、その理由はすぐに分かった。
「あの鳳凰が色つきヒヨコだというのなら、先ほどからずっと蒼翠様の頭の上に乗っているのがそうかと……」
「……え?」
あたまのうえにのっている。
一体無風は何を言ってるんだ。
ピィー、ピィー、ピィー、ピィー。
「……は?」
思い出だと思い込んでいた鳴き声が、頭上から聞こえてくる。おそるおそる両手を頭上に上げてみれば、覚えのあるフサフサが立派に鎮座していて。
お前、そんなところにいたのかよ。
どおりで少しばかり頭が重いと思ったよ。
感動の再会劇は、蒼翠の盛大なため息で幕を閉じたのだった。
・・・
無風とともに宮殿に戻ると、蒼翠はすぐに聖界の朝議などが開かれる聖極殿に呼ばれた。
おそらく勝手に飛び出したことを咎められるのだろう。そう思って覚悟をしていくと、玉座の聖君から興奮覚めやらぬ様子で問われたのは罪ではなく鳳凰に関することだった。
どうやら今、聖界内は伝説の龍に続き、瑞鳥もある鳳凰出現の話題で持ちきりになっているらしい。
あの鳳凰はどのようにして現れたのか。
あの後、どこに消えてしまったのか。
皇后に嗜められるほどまでに前のめりな聖君や重鎮たちの注目を浴びる中、一人緊張の面持ちの蒼翠は、逃げ出したい気持ちで腕に抱えた色つきヒヨコを差し出した。
ピィー、ピィー、ピィー、ピィー。
「も……申し訳ありません、なんか俺……いえ、私以外の者が抱こうとすると酷く暴れるもので……」
これがあの鳳凰です。
「は?」
「へ?」
「それが……あの鳳凰?」
「そのヒヨコが……」
さすがにこのやや太っちょな色つきヒヨコがあの瑞鳥だと信じられないのか、聖君たちの顔に疑問の色が浮かぶ。が、すぐに無風が「嘘ではありません、私も姿を変えるところを一度見ていますから」と擁護してくれたため、戸惑いながらも信じてくれた。
「なんと……なんと素晴らしいことだ!」
鳳凰が目の前にいた。それを知った瞬間、聖極殿内は祭りが始まったかのような騒ぎとなり、聖君や皇后は玉座から降りて蒼翠たちのもとまで駆け寄った。
「蒼翠殿、聖界は貴方を心より歓迎します!」
聖君と皇后、そして皇太子が蒼翠を囲み笑顔と称賛を向ける。その姿に、あの日蒼翠に悪意を向けた者は真っ青な顔でその場に座り込んだと聞かされたのはもう少し後のことだが、瞬く間に蒼翠が『聖界に奇跡の龍だけでなく、吉兆の証である鳳凰までをもたらせた尊人』と称されるようなったのは言うまでもない話だった。
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