フランス近代絵画の巨匠、ジョルジュ・ルオーをご存知か。
ステンドグラスの影響を強く受けた太い黒色の輪郭線と、鮮やかな色彩による重厚な質感が印象的な独自の画風。
ルオーの特殊性とも言える独特な色彩の厚塗りは、完成後も筆を入れ続け、自らが完成と見なさない作品を世に出すことをよしとしなかったゆえに、何年間も、時には10年もの間、塗り重ねられた。
ルオーは道化師をテーマにした作品を多く残しており、「われわれは皆、道化師なのです」という言葉を残したのだとか。
ルオーの画家としてのプライドによって、何年間にも渡って塗り重ねられた、道化師の仮面。
貴方はその仮面の下に隠された泥沼を、きっと知らない。
「あ、なぁ。お前って絵とか好きだったりする?」
昼休み、無言で箸を進める僕に話しかけてきたのは、中学からの友人の晴人だった。
晴人……本名、大宮 晴人 (おおみや はると)。癖毛なのかファッションなのかよく分からない、程よく跳ねた不自然のない茶髪。色素の薄い栗色の瞳は、僕を問いただすかのようにこちらを見つめている。
溌剌とした炭酸水のような声に、表情差分の多い彼。見た目に等しく運動ができて、頭はちょっと悪い。
まさしく陽キャに分類される、選ばれし人間。
そんなんと違って僕は……
高校2年生の割には身長は165センチ前後。もやし、という程ではないと思っているが筋肉がついているわけでもない生粋の帰宅部。
唯一誇れるのは誰にも負けないほどに漆黒を保つ黒髪……とかいいつつ真面目にセットしたことがないから、あちらこちらに跳ねていて清潔感の欠片も無いモワモワしたただ黒いだけの髪。
勉強は人並み……より少し上、のはず。けど運動は1キロを完走できるかも怪しい程度。
特技も才能も積極性もコミュ力も無い、何もできないただの陰キャ。
こんな陽キャと絡めているのは、幼馴染という完璧すぎるステータスのお陰だ。ありがとう、神様。この高校に晴人と受かって……
……と、まぁ。そんなことはどうでも良くて。
「え、……絵?」
「おん」
「……興味ないことも、あることもないけど……」
「どっちだよw」
絵、と言われたってこの世に何万何億の絵があると思ってるんだ、この人は。最近流行りのAIイラストかもしれないし、遡って原人とかそこらへんが描いた壁画かもしれないし。しょうがないでしょ、分かんないんだから。
「なんか美術館?のチケット貰ったんだけどよ〜?俺試合だし、休むわけにはいかねぇし……葵、代わりに行かね?」
葵……宇野 葵 (うの あおい)、僕の名前。
晴人はガサガサと鞄を漁って透明ファイルを取り出し、ぐしゃぐしゃなプリントの間から1枚の緑色をした細長く厚みのある紙を取り出す。
「なんか……無料券?的な??よく分かんねぇけど……」
端の折れたチケットと思われしそれを、受け取る。
晴人の言う通り期間限定のキャンペーンか何か、美術館の入場無料券だった。
緑が基調の、美術館の建物と思われる教会のようなものが描かれた、おしゃれなチケット。中央部には『星ノ宮美術館』(せいのみやびじゅつかん)とローマ字で書かれてある。
星ノ宮美術館は、美術館なんてめったに行かない僕でも知っていてそこそこ有名な、新幹線で30分くらいの場所。
僕自身、美術館なんて家族の付き合いでたまに行くか行かないか、それくらい。そんな少しかじったくらいの奴でも分かる、大きな美術館。……確かここは、母がお気に入りの美術館……だったような気がする。
「良いの?ここ、そこそこ有名なところだよ」
「ん?あ、そうなんや。……まぁ〜、興味ないし?」
「……興味ないならなんで無料券なんて待ってんの、w」
「よく覚えてねぇけど部活の奴に貰った気が……する」
「ふーん……次の日曜か、試合なの?」
「おん、サッカーの遠征」
「頑張ってね」
「頑張るほどのもんでもねぇよw」
晴人はケラケラと目を細くさせて、歯を剥き出しにして笑う。
頑張るほどでもない、だとか人生で一度は言ってみたい。ただ、晴人が言えばかっこいいだけで僕が言えば逆に失敗しそう。……いや、晴人だったらきっと失敗したってカッコよくキメるに違いない。よし、やめよう。こんなくだらない妄想。
僕は広げていたお弁当をしまって、次の授業のテスト勉強をする。
そうすれば、晴人は何か未確認生物を見るかのように不思議そうな顔でこちらを覗き込む。
「……なんそれ」
「ん、?次の英訳の単語テスト」
「……は、?え、?は、??」
「……忘れてた感じ?w」
晴人はさっきとは真反対の、分かりやすすぎるくらいに顔を真っ青にさせる。
「やばいって〜っ!!!次こそ再テストかかったらおかだっちに怒られる!!地獄の課題プリントが!!!」
「岡田先生、優しいけど……課題の量、半端ないもんね」
「やばいやばいやばい、え、範囲どこ!?!?ちょ、隣のクラスにどこ出たか聞いてくr……」
「大宮ぁ〜?テスト勉強したかぁ〜??」
「うわぁっ!?!?おかだ……っち、」
「やめろ、その変な言い方」
「いやいや、岡田よりおかだっちの方が絶対可愛いって」
「まぁ、そんなことはどうでもよくて……さっき。何て言った?大宮。隣の?クラスに??どこが???出たか????」
「えっ……あ、あー、いやー……、?」
「大宮、後で職員室」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?葵〜助けて〜……」
「ぼ、僕っ!?」
「宇野困らせんなぁ〜」
ギャーギャーと騒ぐ晴人に、周りの陽キャが野次をいれる。そして、揃いに揃ってクラスのほとんどが顔に笑みを浮かべている。嘲笑い……ではなく、純粋な笑み。
たちまち晴人は陽キャに囲まれて、僕は自分の席に戻る。僕の右手には、晴人からのチケットだけが残されていた。
「……次の日曜、」
行かなくても、損はない。けど、行かない理由もない。
……気が向いたら行こう。
そんな戯言を吐いて、テスト勉強に集中した。
コメント
9件
うふふふふふ 。最高 もうなんだろう。何というかもう 神ってるね
くおんさん、語彙力爆発しすぎです!✨ 続きが楽しみです☺
良過ぎますね、神です()