何はともあれ、まずは一杯やらせてもらおうか」
又兵衛が机にあった杯を取り、一気に飲み干した。
「ふむ、うまい!が、わしが今まで飲んできた酒とは、明らかに種類が違うな。どういう酒なのだ?」
「ヴァルハラの屋根に牝山羊がいたでしょう。ヘイズルーンと言う名ですが、あの山羊の乳から作った蜜酒です」
「あの馬鹿でかい山羊の乳から作った酒だと・・・・」
ブリュンヒルデの返答を聞き、不快そうに顔をしかめた又兵衛であったが、
「まあ、美味いから別に構わんか」
と言って、立て続けに杯をあおった。この又兵衛の磊落《らいらく》な態度に、ローラン 、エドワード、姜維の三人が思わず笑みをこぼした。
「さあ、貴方も飲みなさい、重成」
ブリュンヒルデがそう言うと、
「酒を飲むのはいいが、この料理は四つ足の肉ではないのか?私には無理だ」
机に並べられた料理を前に、重成はきっぱりと断った。
「そう言わんと食ってみたらどうだ?なかなか美味いぞ」
又兵衛が骨付き肉を豪快にかぶりつきながら言った。
同じ戦国武士でも、重成と又兵衛では肉食に関しては大きな意識の違いがあった。
後の江戸時代と違い、戦国時代には肉食を禁忌とする考えは武士にはない。特に又兵衛は切支丹の洗礼を受けた黒田官兵衛、長政親子に仕えていた時代に宣教師の勧める牛肉を幾度も食している。
だが、重成は四足獣を食することを当然の禁忌とする公家の教育を受けた秀頼に近侍していた為、生まれてこのかた魚鳥の肉しか口にしたことがない。
「この肉は、セーフリームニルという猪を料理したものです。ヘイズルーンの酒と共に、エインフェリアとしての肉体を作るのに必要なものなのです。我慢して食べなさい」
「むう・・・・」
そう言われては致し方無い。重成は覚悟を決めて猪の肉を咀嚼した。肉汁が口の中に溢れる。大坂城で食べてきた京風の薄い味付けの料理とはおよそ真逆の濃い味付けである。だが、悪くない。
続けて山羊の酒を飲んだ。米で作られた日本の酒とは違い、酸味が強い。
「ふむ・・・・」
美味い、が重成は言葉にはしなかった。料理の感想を口にするなど、下品であるという躾を受けて育ったからである。
すると、不思議なことが起こった。肉体を失い、魂となったはずの己に五体の感覚が蘇って来たのである。
重成は己の体を触れてみた。そこには確かに筋肉と骨格の感触があった。
「エインフェリアとしての新たな肉体を得たのです」
ブリュンヒルデが言った。
「貴方達はこれで名実ともに神の眷属になりました。様々な力を行使できるでしょう」
「ほう、ならば早速試してみたいものだな」
又兵衛が瞳をぎらつかせながら言った。
「ラグナロクの時まで貴方達エインフェリアは毎日練武に励まねばなりません。いずれ嫌と言うほど試すことが出来るでしょう。ですが、今はもう少し、宴を楽しみなさい。貴方達もお互いに知り合わねばならないでしょう」
「君達がいた日の本とは、どういう国なのかな?」
ブリュンヒルデの言葉に応えるように、エドワードオブウェストミンスターが問うてきた。
気取った物言いがいささか鼻につくが、少年らしく好奇心が強いらしい。
「ずっと戦をしておったよ。百年以上な。もっとも、それも終わるようだが。家康めは、どのような国を造っていくつもりなのか・・・・」
又兵衛が酒を飲みつつ、遠い目をしながら言った。
「そういえば、エドワード殿。お主は紅毛・・・イングランドの王太子だそうだな。我らが敵の家康めは漂流して流れ着いたイングランド人を旗本に取り立てておったよ。彼の国と貿易をするつもりらしい」
「ほう!それは素晴らしい」
エドワードは無邪気に喜んだ。
「イングランドのような貧しき島国と貿易したところで、得るものなどあるまい。我がフランク王国と貿易すべきだろう。家康とやらは愚かだな」
「・・・・」
傲然と言うローランに対し、エドワードは沈黙で応じた。フランク王国などとっくの昔に分裂して、消滅している、と言ってやりたい。だが、それを言えばローランは本気で怒り狂い、躊躇なくエドワードの首をへし折るだろう。
ローランと己では膂力に圧倒的な差があること、そして彼の主君と祖国の批判は絶対に禁句なのだと勘のいいエドワードは悟っていた。
「イングランドは島国か・・・。ならば我が国と同じだな」
重成が言った。
「世界地図で見たが、わが国は真に小さい。特に姜維殿、貴方がおられた漢土に比べれば」
「日本か。倭国とやらのことだな。私が死ぬ数年前に魏の宮殿に倭の使者がやって来たらしい。鬼道に仕える女王が治める国だと聞いている」
姜維が杯に満たされた酒をじっと見つめながら呟くように言った。
「孔子が道義の廃れた中華に絶望して筏に乗って渡ろうとした九夷国とは、倭国のことだと儒者達が言っておったが、そうか、やはりその地でも戦は絶えなかったのだな・・・・」
「人が住む以上、そこには戦がある。その宿命からは免れんよ」
又兵衛が応じた。姜維と違って、その表情には絶望や諦めの色はない。むしろ喜ばしいといった風である。
「なんせ、神々ですら戦をするのだからな」
エインフェリア達の歓談を、無言で見守っていたブリュンヒルデであったが、やがて驚きの表情を浮かべた。
「そこまでです。ヴィーザル様が貴方達を謁見なさるそうです。早速、王の間に参りましょう」
興奮しているのだろうか、彼女らしくなく、やや声が上ずっている。余程のことらしい。
「ヴィーザル・・・・。異教の神の王か」
ローランが忌々し気に言った。
「ローラン。キリスト教の教えを守る為に戦い、死んだ貴方がアース神族の軍勢に加わることに納得できていない気持ちは分からないではありません」
ブリュンヒルデが青い瞳に強い光をたたえながら説くように言った。
「ですが、これから貴方達が会うヴィーザル様は我々の絶対の王にして、先のラグナロクにおいて大いなる武勲を立てた偉大なる戦士なのです。非礼は許されませんよ。良いですね」
何故ローランが苛立っており、ブリュンヒルデに対して反抗的なのか、重成はようやく理解できた。
切支丹、キリスト教は唯一絶対の神を崇め、異教、多神教の教えに激しい敵意を燃やすと聞く。
故に、熱狂的なキリスト教徒であったローランには、今のこの状況はまだまだ受け入れられがたいのだろう。
イングランド人であるエドワードもキリスト教徒であるはずだが、さほど信仰心が強くなかったのか、それとも柔軟性に富んだ性質なのか、ローランのような苦悩はないらしい。
「いずれにせよ、アース神族の王がエインフェリアに直接声をかけて下さるなど、異例のことです」
ブリュンヒルデを先頭に、エインフェリア達は王の間へと進んだ。
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