マーサを現地に呼び寄せたシャーリィは、事の次第を簡潔に説明する。
「何よこれ、バカみたいに大きな魔石じゃない。それに、澄んだ魔力を感じる」
マーサは台車に載せられた大樽程の大きさを持つエメラルドグリーンの魔石を見て呆れたような声を漏らす。
「ブラッディベアの体内から取り出したんじゃ。ワシもこれ程の物は見たことがない」
「でしょうね、私だってこんな大物見たことないわ。でも、この大きさだと売るのが大変そうね」
「それについては嬢ちゃんから許可を貰ってる。手頃なサイズに分ける予定だ」
「それなら助かるわ。貴族様に売り捌くにはちょうど良い。色からして風属性だから、あんまり脅威にはならないものね」
「それに小さく分けるんだ。威力も高が知れている。万が一売った先がワシらの敵になっても、問題はない」
「そこまで考えたの?」
「ワシがそう考えとるだけだ。嬢ちゃんが気にすることは他にたくさんあるからな」
「そうね……じゃあ、これを掌サイズに加工してくれる?ダイヤモンドみたいな形だと高値で売れるわ」
「任せておけ。数百は作れるじゃろう」
「買いそうな貴族の情報を集めておくわ。本当、助かるわね」
「全くだ。嬢ちゃんは厄介事を引き寄せるが、幸運も引き寄せるようだ」
ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです。マーサさんから財政問題解決に目処が立つと確約を頂けました。もちろん公益の活性化も行いますが、一先ずは財政を気にしなくて良くなったのは幸いです。
さて、間も無く夕方。お風呂だけでは不義理ですし、食事くらいは此方で用意しましょうか。
ロウに命じて予備の野菜を中心とした食材を野営しているマリア達に届けました。反応は上々、新しい顧客が増えるなら大歓迎です。お金は幾らあっても困りませんからね。
夜、十五番街に潜伏して工作していたマナミアさんが戻ってきました。相変わらず服装がエッチです。いや、天使だからそれで良いのかな?
「聞いたわよ、主様。大活躍だったみたいね?」
「無理をしてしまいましたが、何とかなりました」
「ごめんなさいね。私も知っていれば加勢したのだけれど」
「マナミアさんには大事なお仕事を任せていたんです。この判断に悔いはありませんよ」
マーサさん曰く、マナミアさん。いや天使族はかなりの実力者なのだとか。確かに黄昏防衛戦に居てくれたら楽が出来たかもしれませんが、切り札を切る場面ではないと判断したのは私です。
「それと、外で野営してる魔族や魔物は何かしら?主様のお客様だったら悪いから攻撃していないけれど」
「『聖光教会』の一団ですよ。ついでに『聖女』までセットです」
「あの銀髪の女の子?」
「そうです」
「世も末ね。魔王の生まれ変わりが聖女なんて」
「それについては同意しますよ」
何をどう間違えばこんな結果になるんでしょうか。私も勇者様の力を受け継いでいるので、他人事ではありませんが。
「それで、首尾は?」
「『血塗られた戦旗』の団長は随分と慎重みたいね。攻めるなら今がチャンスなのに、様子見に徹しているわ」
「それはそれは、有り難いことですね」
今攻められたら大変でした。様子見をしてくれるなら、組織を立て直す時間の余裕が生まれます。
「ただ、随分と羽振りが良いわよ。装備も銃を中心に集めてるし、傭兵集団だけあって個々の練度も高そう」
「羽振りがいい?十五番街は不景気だと聞いていましたが」
隣の十六番街の復興需要で商人も此方に回っていますからね。
「資金援助、かもしれないわ。少なくとも『ターラン商会』は関与しているけれど、それだけじゃなさそうよ。ラメルが調べてる」
マーサさんやユグルドさん達が抜けた『ターラン商会』は明らかに商売の規模を縮小させて落ち目です。
大規模な資金援助が行えるような余裕はないとユグルドさんが分析していましたが、他にもスポンサーが居る?
「幸いまだ時間はあるわ。『エルダス・ファミリー』の壊滅が彼らを慎重にさせているみたい。ただ、幹部も集まり始めているから気は抜けないけれど」
「分かりました。引き続きラメルさん達と協力して工作を進めてください。三者連合相手に破壊工作で苦労させられましたからね」
「主様の期待に応えて……いいえ、期待以上の成果を約束するわ。楽しみにしてて」
うーん、ウインクする姿も色っぽい。
翌朝、滞っていた政務を片付けるため奮闘していた私に、来客の知らせが来ました。
「お嬢様、お人払いを。僭越ながらお供致します」
セレスティンのただならぬ気配に私も気を引き締めて、ベルに留守を任せてセレスティンと一緒に黄昏東側にある大河の側に建てられた小屋へ向かいました。ここは一目を憚る話し合いや来客のために整備された場所です。
室内には既に一人の男性が椅子に腰掛けて待っていました。
男性は私を見ると静かに立ち上がり、軽く会釈してくれました。
「一別以来だな、シャーリィ嬢」
「ガウェイン辺境伯様!?」
来客はユーシスお兄様の懐刀であり、お父様の盟友にしてこの辺りを納めるラウゼン=ガウェイン辺境伯でした。
以前は丁重にお話をされていましたが、知らない仲では無いので気軽にとお願いをしています。
「言付けてくだされば、出迎えましたのに」
「火急の用件でな、先ずは話そう」
促された私は椅子に座り、後ろにセレスティンが控えました。
「久しいな、セレスティン殿」
「辺境伯様もご健勝の様子で」
あれ?何か親しげ。
「お知り合いですか?」
「若い頃戦場で何度か一緒に戦った戦友なのだ」
「そうなのですか?セレスティン。戦場で活躍していたと聞いたことはありましたけど」
「執事の嗜みでございます」
笑顔で返されました。嗜みですか、そうですか。相変わらず謎が多い執事さんです。
「それで、ガウェイン辺境伯様。本日は急な、それもお忍びの来訪。何かありましたか?」
「実は少しばかり厄介なことになっているのだ」
ふむ。
「正攻法では解決できない問題だと認識して構いませんか?」
でなければ、わざわざお忍びでこんな場所に来るはずがありませんからね。
私の質問に対して、ガウェイン辺境伯は重々しく頷いてくれました。
「その通りだ、シャーリィ嬢。この件は表の世界ではどうにもならん。裏社会の協力が必要になる」
「そして、私の存在を思い出したと」
「密貿易以外を頼るつもりは無かったが、込み入った事情があるのだ。正攻法では解決することも出来ぬ。かといって裏社会に信頼できる人材など居ない。シャーリィ嬢、君を除いてな」
「分かりました、辺境伯。お話を伺いましょう」
それは新たな戦いへの布石となる話であった。
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