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食卓として用意された広い部屋。そこには来賓達の食事を運ぶミューゼとパフィがいた。しかも、頭にネフテリアと同じ花を咲かせて。
「……何してるの?」
「いや、流石にこんな時に悪い事したかなーと思いまして」
「ちょっとだけ手伝いに来たのよ」
「アリエッタも頑張ってるみたいですし」
「はいっ」
部屋の中を見た来賓達は、頭に花を生やした人が突然増えたことで、うっかり笑ってしまったのである。
そうとは知らないネフテリアが、頭の花をなんとかするように言いつける。
「2人とも、その花無くしてくれる? 流石に行儀よくないし」
そこに自分は含まれていなかった。
「いやいや、ネフテリア様! 貴女の花もなんとかしてもらいませんと!」
丁度戻ってきたサンクエット王妃が、慌てて声をあげる。たとえ失礼になろうとも、腹筋とお尻に危険を感じている今となっては、多少の苦言は仕方がない。後で謝罪もする前提で、正直に言い放った。が、
「あの、わたくしには花は生えてませんよ?」
ネフテリアの頭の花は、やれやれ…と言いたそうな動きをしている。
「くふぉっ。いやあああなんとかっ! アレなんとかしてくださいませええぇぇ!!」
サンクエット王妃は、再び連れていかれてしまった。
ネフテリアはミューゼ達に向き直り、素直に礼を言った。
「手伝いありがとね。アリエッタちゃんは大丈夫だから、終わったらシスに伝えてもらうわ」
「あ、じゃあシスさんに隠れさせてもらいますね」
「ん? まぁ影の中ならいいか」
「ちょっとミューゼちゃん、いいかしら?」
「はい?」
フレアはオスルェンシスの影からアリエッタの様子を見守ろうとしたミューゼを誘い、少し離れてヒソヒソと内緒話を始めた。
「あの花を操れたりする?」
「あ、はい。出来ますけど」
「それじゃあ、わたくしの足元から……」
ここからは、フレアも本格的に動き始める様子。
少し話した後、ミューゼとパフィは影の中へと入っていった。
間が空いたお陰か、全員の気持ちが落ち着いた。そして、テーブルに着いてからは目の前の料理を見てソワソワし始める子供達。
ラスィーテ人の料理は美味しく安全な為、王族にとっても安心して外食できるのだ。しかも今は外交の使者として持て成されているので、出てくる食事もかなり豪華である。
何事もなければ、王妃達も純粋に喜んでいたであろう。何事もなければ。
(フレア様が仕掛けてくるかもしれない)
(気を強く持って、冷静にいただきましょう)
(子供達は……教育と思って諦めるしかありませんね)
3人の王妃は、視線だけで会話をし、頷き合った。無邪気に料理を見つめる王子王女のお尻は、本日に限り見捨てられたのだった。
「それでは……改めて。本日はよくおいでくださいました……──」
ネフテリアの挨拶。今回は流石に来賓相手という事もあって、事前にフレアとナーサによって挨拶の稽古をさせられていた。礼儀正しい王族として、そしてオーナーとしての挨拶をやりきって、乾杯の音頭をとる
王妃達としても、子供達に見習ってほしいと言いたいところだった。頭の花がウゴウゴと蠢いてさえいなければ。
来賓達は全員、真剣な顔でバレないように我慢するのに必死で、あまり話を聞いていなかった。実はテーブルクロスの下では、コッソリと足だけで高速ダンスの練習をしていたり、自分自身の足を踏みつけたりしていたのだ。
そんな試練を乗り越え、ようやく楽しい食事に手を付け始める。
「あ、もう……ミューゼったら、この花を生けなくてもいいのに」
『え゛』
『ぐぶっ!』
迂闊にも全員が見てしまい、その中でも噴いてしまった王女達3人とメイド長が一時退室。食べる前でよかったと全員が安堵する。
ロングテーブルの上にはネフテリアの頭の花と同じものが、3つの瓶に生けられていた。動きはしないが、先程からずっと見ている花なので、どうしても気になってしまう。
「ふぅ……ふむ。流石はネフテリア様の専属料理人。とても美味しゅうございます」
まずは外交中の食事の手本にと、ミデア王妃がネフテリアに語り掛ける。先程から不審な行動をとり続けているお詫びも込めて、とにかく褒める所からスタートしようと決めていたのだ。
「お褒めにあずかり光栄です。しかし雇ってはいますが専属ではないんです」
「そうなのですか? まぁラスィーテ人を雇うのは法的にも大変ですからね」
「そうなんです。自由人過ぎて、時々パン生地に埋められますし……」
「……はい?」
よく分からない情報が入ってきて、来賓達の頭に「?」が浮かび上がる。まだ働いてから日の浅いニオの頭にも「?」がしっかりと浮かんでいる。
「この前なんか、わたくしの靴と、靴の形をしたケーキをこっそり取り換えられていて、朝から酷い目に合いましたわ」
『あははははっ』
普通に笑い話をされ、執事以外が全員自然体で笑ってしまった。
「いや今のは違いますよね!?」
「絶対笑わせにきてますって!」
「ちょおおおお!!」
職務に忠実な兵士達に連れていかれ、大人しくなって席に戻ると、ネフテリアから質問が飛んでくる。
「あの、最近の外交は笑ったら毎回連行されるのでしょうか?」
その質問に真っ先に答えたのはフレアだった。
「外交ではむやみに相手を笑えないでしょう? そういう勉強をしているのですよ」
「ええ、ええ。ですので、ネフテリア様は気になさらないでくださいっ」
「ふむ……分かりました」
ユオーラ王妃からのフォローもあって、ネフテリアはなんとなく納得。
料理にナイフを入れようとして、手元に料理が無い事に気づく。
「あっと」
なぜか少し横に離れていた料理を引き寄せた時、フレアから話しかけられた。
「アリエッタちゃん達のは、なんだか可愛らしい料理ね」
「ええ、ニオのお気に入りなんですよ。量も少ないですし、これくらいの子には丁度いいかと」
「なんでわちのも……」
アリエッタは相変わらずピアーニャを世話をしたがる。そんなほほえましい姿を眺めてから、自分も料理を食べようとする。が、
「あれ?」
手元に料理が無い。
横を見ると、食べようと引き寄せた料理が、同じように横にずれていた。
「んー?」(おっかしいなぁ)
再度料理を引き寄せると、また同じタイミングでフレアが話しかける。
「ピアーニャ先生のも子供用なのね?」
「ええまぁ。アリエッタちゃんの妹分ですし、世話もしやすそうですし」
ピアーニャにとっては嫌がらせでしかないが、今回はアリエッタがいるので、善意も含まれている。それが分かっているピアーニャは、とても八つ当たりしたい気分になっている。
そんな他愛ない親子の会話で一息ついている来賓達は見てしまった。
ネフテリアの頭の上の花が、ネフテリアの死角から料理の皿に蔓を伸ばして、そーっと移動させている所を。
『ん゛ぐっふ』
かろうじて口に含んでいるものを出さずにいられたものの、王子達と王女達、そして執事が外へと連れ出されてしまった。
戻ってくると、ネフテリアが食べようとしている料理を睨みつけている。それを見ているフレアがニヤニヤと笑っている。
「ふふっ、あ、いや今のはちがっ」
雰囲気に呑まれたサンクエット王妃がうっかり笑ってしまったのだった。
その間も、思考を巡らせていたネフテリアが、意を決したようにフレアに話しかける。
「お母様、もしかしてこのお皿……っ」
会話を途中で切って、料理に視線をサッと戻すと、既に料理は横にずれていた。
「………………」
無言で皿を正面に戻し、少しだけ視線を外して、すぐに料理を見る。
しかし料理の皿は動いていない。
「………………?」
蔓に欺かれ首を傾げるネフテリアの姿に、来賓達はもちろん、フレアとピアーニャ、そしてニオとアリエッタまで肩を震わせていた。
「あっはっはっは! 何やってるのテリア!」
「んふへっ、ごめ、なさいっ、テリアさまっ」
「きゃはははは」(なんか昔テレビでみたことあるやつー!)
「もう無理ぃ~!」
「いやああはははは笑いたくなああはははは」
当然ながら、来賓達は全員外に連れ出されていた。
笑っても一切問題のないフレアや幼女達を恨めしそうに見ながら戻ってきた時、ネフテリアがボツリと呟く。
「ぐむむ。このお肉、まだ生きてたりしない?」
『ぶふっ!』
すっかり緩くなった笑いのツボは、ちょっとおかしい呟きにも敏感に反応し、我慢の壁をあっさりと破壊する。
4カ国の王族が集う食卓は、笑いと悲鳴と兵士の乱入が絶えない宴となっていた。
ここで突然、フレアが立ち上がって、不機嫌そうな顔で王子達を軽く睨みつけた。
「人の娘を笑うとは、一体どうなっているのかしら?」
(いや今更そんな事言われましても)
思い出したかのように『教育』を施そうとするが、王妃達は呆れる事しか出来ないでいた。
その不思議な雰囲気に耐え切れず、王子達はなぜか俯いて静かに食事を進めていった。
フレアはそんな様子を見て、ニヤリと口角を上げ、チラリと下を見た。
「対等である我が娘を笑うという事は、国同士の関係に亀裂を生む可能性があります。この国にいるうちは大目に見ますが、決して気を抜かぬようにしてくださいませ」
来賓達を優しく諭し、食事中の来賓達から注目を浴びた所で、フレアは腰を落として座り──
ゴドシャアッ
座り損ね、床にひっくり返った。
『ん゛っ!?』
なんとか肉との闘いを制したネフテリアも、ジュースで気持ちを落ち着けようとした王女も、王子のマナーを見ていた王妃も、ネフテリアを警戒していた宰相も、全員が驚いてフレアの方を見て固まった。
「ちょっ椅子っ!」
慌てて座り直そうと、ちょっと後ろにずれていた椅子に捕まって立ち上がるフレア。そしてすぐに座ろうとしたが、椅子が逃げてしまい、再度床に転がった。
ズサッ
「おうふっ」
『ブーッ!』
その無様な姿に、フレア以外の全員が吹き出してしまった。口に含んでいた物があちこちに飛び散っている。
「ぎゃああああ!!」
「きたなあああっ!!」
「お母様なにやってるの!?」
食卓は一気に大惨事となった。来賓達が連れていかれている間に、執事が手配した兵士達が大急ぎで可能な限りテーブルを綺麗にしていく。
ピアーニャはすぐに落ち着いたが、アリエッタとニオに至っては完全にツボに入ってしまったのか、椅子から転がり落ちてピクピク震えている。
(計画通り……!)
当然ながら、この一連の流れはフレアの仕込みである。影に控えているオスルェンシスとミューゼに、座ろうとしたら椅子を引くように命令したのだ。
自室でコントの企画と練習を進めているフレアにとって、この程度の体を張った芸は、造作もないことだった。
この時すでに、来賓達には王妃フレアが最恐最悪の悪魔に見えていた。