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「さて改めまして、もう一度ご紹介致します。モデルで俳優の葩御 稜さんです」
「こんにちは、ど~も♪」
テレビカメラに向かって、いつものように微笑み、ふたたび右手を振ってみせた。
「稜さんってお呼びしますね。今日はプライベートについて、いろいろ突っ込んだ質問していきますので、どうぞヨロシク」
アナウンサーが原稿を手にして、にこやかに笑いながら俺の顔を見る。
「遠慮せずに、ど~ぞ♪」
緊張を解すべく、目の前に置いてあったお茶を一口飲んだ。
「えっと稜さんは幼い頃から、モデルのお仕事をされていたんですね」
「こちらが、そのときのお写真になります。すっごくかわいらしい」
アシスタント嬢が大きく引き伸ばした写真を、テレビカメラに向ける。リコちゃんと仲が良かったときの、小さな自分がそこにいた。純真無垢で何も知らない、ただリコちゃんのことが好きだった俺――
「カメラマンをしている父親と、読者モデルの母親の間に生まれたんですけど、性格の不一致が原因で離婚したそうなんです。その後、母親がファッションモデルで生計を立てながら、俺を育ててくれました。小さいときから、一緒に引っ付いていたせいでしょうか、いきなり声をかけられたんです。それがモデルになるきっかけで、いろんな服を着ることができて、すごく楽しかったですよ」
両親の離婚の本当の原因は、父親が若い女に走ったからだと、大きくなってから聞いたんだけどね。
「ずっと、モデルのお仕事をされていたんですね。この中学から高校にかけてのお写真、雰囲気が一気に大人になったように見えます」
「ああ、それ――」
アナウンサーの言葉に誘導されるように、パネルが二枚並べられ、ちょうど比較しやすい状態になっていた。中学一年のときと、高校二年のときのものだった。俺は口を噤んだまま、それぞれを眺める。
「稜さん背が伸びて、男らしさに磨きがかかったように見えます」
アナウンサーがしげしげとふたつの写真を見比べ、率直な感想を述べた。それに対し俺は、意味深な笑みを浮かべてやった。
「確かにこの頃は成長期もあったけど、性長期のトラブルがあった時期だから。性長期の性はサガって漢字だよ、藤井さん」
「……トラブル、ですか?」
目の前のふたりは、困惑した表情で顔を見合わせた。芝居がかっていないその様子は、さすがはプロというべきだろうな。
「俺がゲイになった、きっかけがあった時期なんだよ。ストレートだったのにさ」
「えっ――!?」
「とある有名プロデューサーに、テレビの仕事を回して欲しいという理由だけで、この身を勝手に売られたんだ」
眉根を寄せて苦悶の表情を浮かべたら、アナウンサーが喉を鳴らした。
「それはいったい、誰が仕組んだことなのでしょうか?」
少しだけ身を乗り出して訊ねてくる言葉に答えず、口元を両手で覆って、より一層苦しそうな顔をしてみせる。そうして悲愴な面持ちを作りつつ意識を目頭に集中し、涙が出るように頭の中から指令を出した。
「稜さん、大丈夫でしょうか?」
アシスタント嬢が傍に駆け寄り、しゃがみ込んで顔を寄せてきた瞬間、俺の瞳から涙が溢れてほろほろと流れ落ちる。タイミングとしては、まさにばっちりというしかない。
「っ……ごめんなさい。昔のことを思い出したら、涙が出てしまって」
「これ、使ってください。稜さん」
「ひっく……ありがと」
「こちらこそ、お辛い過去をお聞きすることになり、大変申し訳なく思っています」
アナウンサーとアシスタントふたりから労わる言葉をかけられ、手渡されたハンカチで涙を拭いてから、重たい口を開く。
「このことを仕組んだのは……事務所の社長であり、実の母親なんです。自分の仕事欲しさに、息子を売ったんですよ」
俺の言葉に、スタジオ中が緊張感に包まれた。テレビの向こう側はいったい、どんなふうになっているのだろうか?
それよりも一番驚いているのは、社長である母親だろうな。どんな顔しているのか、直接見てみたい。
「稜さんはそのことに対して、怨んだりはしなかったのでしょうか?」
跪いたままのアシスタント嬢が、窺うような声色で聞いてくる。
「そりゃあ猛抗議しました。俺をダシに使って、何やってるんだよって。そしたら、母親が笑いながら言ったんです。全ては俺の、マネージャーが仕組んでやったことだって。自分は何も知らなかったと、言い張られてしまいました」
「ではマネージャーさんに、真実をお聞きしたんですね?」
「当時は聞けなかったんです。俺が訊ねる前に、母親が解雇してしまったから。だけどあとから手紙をくれましてね、身体を大事にしてくれって。守ってあげられなくて済まないっていう、心のこもった謝罪の手紙でした」
両膝に腕を置いて、額に手を当てた。無様すぎる茶番劇に、笑いを堪えるのが必死な状態。テレビの向こう側は間違いなく、俺に同情しているだろう。
「お辛かったでしょう。実のお母様が、そんなことをなさるなんて」
アナウンサーが眉間に、深いシワを寄せた。
「今まで、育ててくれた恩がありますから。だけどソレのお蔭で、こっちの世界に足を踏み入れて、同じような手を使って、仕事をすることを学ばせてもらいましたからね。怨んでいたのは、最初の頃だけだったなぁ」
さっきの表情とは一転、おかしそうにくすくす笑ってやると、目の前のふたりは唖然とした顔になる。
「稜さんは、逆境にお強い方なんでしょうか。普通は笑っていられないと思うんですけど」
この素早い切り替えは、目の前のふたり同様に、テレビの前の視聴者も唖然としていることだろう。さっきの涙も演技だったのかと、憤慨するヤツがいるかもしれないけれど――
「ようは考え方ひとつです。逆境を逆境だと思わなければいい。ラッキーにしなきゃ♪」
マイナスのイメージを払しょくするのに、お涙ちょうだいばかりじゃ、それを拭いきれないと思うんだ。落とし込んでからのプラス要因がなきゃ、この世界では長くやってはいけないからね。
なにを仕出かすかわからない危うさや図々しさ、そして俺自身が本来持ち合わせている色香を使って、この世界でやっていくと決めたから。
「最近はワクワク動画で、人生相談をはじめられたとか?」
その言葉で画面が切り替わり、動画で相談を受けている映像が流された。俺の傍にいたアシスタント嬢が自分の席に戻り、にこやかに微笑みかけてきたので、笑い返しながら口を開く。
「俺ってバイセクシャルだから、どっちの気持ちもわかるんです。だから、いいアドバイスができたらなぁと思って、はじめてみたんですけど、自分が体験したことよりも、大変な思いをしている人が、世の中にたくさんいらっしゃいます」
小首を傾げて髪の毛をかき上げたら、アナウンサーが身を乗り出してきた。
「今後の活動は、どうなさるのでしょうか? お母様の件をこの場で堂々と、カミングアウトしちゃいましたけど」
その言葉に勢いよく立ち上がって正面を向き、テレビカメラを見据える。
(俺を応援して、この場に送り出してくれたあの人に、胸を張って告白したいから、なにがあっても歯を食いしばって、頑張らなきゃならないんだ)
「もちろんそれは、事務所を辞めるつもりです! こんなゲイ能人の俺ですが、事務所に登録してやってもいいよって思った社長さんっ、ワクワク動画にご連絡待ってま~す♪」
ウインクをして、アピールするように右手を左右に振ってやった。
「今日のゲストは葩御 稜さんでした。貴重なお話を、どうもありがとうございます」
そして俺のトークショーは、無事に幕を閉じたのだった。