◇◇◇◇
「あっつ……」
駅のホームのベンチに座った右京は、屋根の隙間から見える太陽を見上げた。
「これから山形行くんだろ?いいじゃねえか、涼しくて」
蜂谷もつられてその青い空を見上げた。
「ばっか。山形なんて、東京より暑いっつの。盆地だから」
「え、マジで」
「そーだよ。しかも醸造所なんて常に熱いし!」
言いながら右京がうんざりしたように頭を垂れる。
「……退院したら、本当に醤油屋継ぐのか?」
蜂谷はその小さな顔を覗き込んだ。
「祖母ちゃんは大学に行ってほしいみたいだけどなー。俺、父ちゃんと母ちゃんの墓石に約束したからよー」
「――――」
蜂谷は言葉を続けられず、向こう側のホームに入ってきた在来線を見つめた。
「もし、蜂谷グループで料亭とか、旅館とか開くことがあったら、右京醤油を使ってくれよな!」
右京が9月の煌めく太陽に負けない笑顔でこちらを振り返った。
その手首には、包帯とサポーターが巻いてある。
蜂谷はその手を優しく握った。
「―――治せよ」
右京はこちらを見上げた。
「……治すよ」
そして大きな瞳いっぱいに蜂谷を映す。
「隣いることは出来なくても、お前が生きてる世界でなら生きていたいと思った」
「……右京」
「俺、蜂谷のことが好きだ。たとえ生きる場所や生きていく道は違っても」
「…………」
蜂谷は握る手を強くした。
「右京……。今の俺は何の力もないし、何の権限もない。捨てられない家族もいるし、投げ出せない理由もある。でも―――」
「―――」
「でも、もし―――」
蜂谷が何か言おうとして口を開いた瞬間、
「会長!!!!」
駅のホームに歓声が響き渡った。
2人が振り返ると、緑色のフェンスの向こうにブラウンチェックの制服が並んでいた。
「………!」
右京は立ち上がった。
フェンスの向こうには百人を超える生徒たちがこちらを見つめていた。
「右京君!」
前列の真ん中で、加恵が目に涙を溜めてフェンスに齧りついている。
「あっちに行っても元気でね!!」
「藤崎……」
右京は静かに頷いた。
「精神系の病気は、治しきることが大事ですから!ゆっくり焦らず完璧に治してください!」
清野も柄にもなく叫んでくれる。
「ああ!わかった!」
「視線ください……!視線ちょうだいいい!」
結城が泣きながらフェンスの間からカメラのレンズを突き出す。
「お前、そんなに手が震えてたら写真ブレないか……?」
右京は笑った。
「右京!!」
その横で大きな身体が叫ぶ。
「痛みを感じても、感じなくても、無理すんなよ!」
右京は諏訪に頷いた。
「わかった!」
「右京ーーー!!!!!」
その隣で永月がフェンスをよじ登る。
「俺、モンテディオ山形入るからぁ!最低でもベガルタにしとくからぁ!」
「そしたら応援にいくよ!」
「マジで!じゃあ、その時は右京の家に下宿し―――う……!」
よじ登る途中で諏訪に足を引っ張られ、永月はあえなくフェンスの向こう側に沈んでいった。
右京はふっと笑った。
「ありがとうみんな!!元気でな!!」
右京は手を上げた瞬間、
『まもなく21番線に列車が参ります』
振り返ると、ホームには青色の流線型の車両が入ってきた。
右京はみんなに向け、もう一度ブンブンと手を振った。
「みんな!またな!!」
「わが生徒会長は、永遠に不滅なりー!!」
結城が叫び、皆が笑いながら手を振った。
右京は蜂谷を振り返った。
「ありがとう。蜂谷。俺、ここに来てよかった」
「……ああ」
「お前に出会えて、よかった!」
「――――」
右京は包帯を巻いた右手を上げた。
「またいつか、必ず会おう!蜂谷!」
そう言うと右京は、蜂谷に遠慮して少し離れたベンチに座っていた祖母の雅江の手を引いた。
そして脇に置いてあったトランクを持つと、もう一度蜂谷とみんなに手を振った。
2人連れ立って新幹線に乗り込んでいく。
「―――またな。……右京」
蜂谷は、ホームを発進し、北に向かう山形新幹線「つばさ」の後ろ姿を、いつまでも見送っていた。
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