――どうして……!!!
渡慶次は皆が教室に吸い込まれた後の、人影のない廊下を走っていた。
――どうして今の今まで忘れていたんだ……!
角を曲がり、無人の西階段を一気に駆け下りる。
『知念なら今年の9月に――』
吉瀬の言葉が蘇る。
『学校の屋上から飛び降りただろ』
渡り廊下に差し掛かる。
『お前も俺たちもさんざん教師や警察に呼ばれて、ひどい目にあったじゃないか』
渡り廊下の床がギシギシと軋む。
――知念……。
『いじめを苦になんて。大人は大げさなことを言うもんだよな』
――知念……!!
『こっちにはイジメた覚えなんて、これっぽっちもないっていうのに。なあ?』
「知念!!!!」
角を曲がり、昇降口に出た。
「……………」
朝の陽ざしが燦々と降り注ぐ。
鳥の声。
風の音。
どこにも、知念繁の姿はなかった。
――知念。
お前はどうして、
俺たちを、
自殺に追い込んだ俺を、
助けてくれたんだ……?
「……びっくりした」
渡慶次は目を見開いた。
「どうかした?」
彼は全く驚いていない無表情さで、
ただそこに佇んでいた。
「ということで、ずっと事故の衝撃から昏睡状態で入院中だった知念君ですが、先月意識を取り戻しリハビリを経て、やっと学校に戻ることができました」
担任の女教師が、知念の肩に手を置きながら言った。
渡慶次は知念の相変わらず何を考えているのかわからない顔を眺めながら、頬杖をついた。
もしかしたらあのゲームクリアの瞬間、
死んだ姉と共に、あの世界に溶けようとしている知念を、渡慶次自身がこっちの世界に強引に連れて来たのかもしれない。
だから自分たちが戻ってくるタイミングで、知念も昏睡状態から戻った。
そうは考えられないだろうか。
「知念君といろいろあった生徒もいると思いますが、せっかくこうして戻ってきてくれたわけなので、また1-5組の30人、みんなで仲良くやっていきましょう!」
その教師の言葉に、新垣が振り返る。
「うぜー。これを機会に転校すればよかったのにな」
鼻で笑った。
「……いや。逃げなくて凄いよ」
渡慶次はそう言うと、黒板の前に立つ知念を見つめた。
「大したもんだ」
「――――」
新垣の目が丸くなるのが見なくてもわかる。
自分の言葉には、影響力がある。
自分なら、知念へのイジメも止められる。
これから。
これからだ。
これから、知念と自分の人生は、
1年5組の30人の人生は、動き出すんだ。
「はーい、じゃあ教科書を開いて」
教師が言った。
「73ページから」
――ドールズ☆ナイト。
あれは結局、誰がこのクラスに持ち込んだゲームだったのか。
目的は何だったのか。
今となってはわからない。
ただ渡慶次は、たくさんのきっかけの上に今の自分がいること。
自分の周りの人間もまた、自分がきっかけを作って変わってしまうことを学んだ。
もう捨てたりしない。
もうリセットもしない。
何度、道を間違えても、
何度、道を見失っても、
何度も、何度でも、
やり直してやる。
俺には、
29人の仲間がいる。
渡慶次は教科書を開いた。
渡慶次はそれを見下ろした。
「なんだこれ……」
教科書は、開いても開いても真っ白。
つまりは白紙だった。
『――教科書の中身……白紙だね』
ゲームの中で上間が言ったセリフを思い出す。
その言葉に、自分はなんて返した?
渡慶次は視線を上げた。
今まで黒板を見ていたはずのクラスメイト29人が、首だけ捻ってこちらを見ていた。
すぐ隣から、
低い声がした。
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