神界三国志ラグナロクセカンド

「風林火山の旗を掲げる軍勢の後方にまた似たような文字が描かれた旗がありますね・・・・。あれは何と描かれているのですか？」

超人的な視力を持つブリュンヒルデが後方に影のように控える少数の軍団を目ざとく見つけ、義元に問うた。

「む？あれは・・・・蟠龍起萬天・・・・？地上にうずくまっていた竜が大空に舞い上がり世界に姿を現すと言う意味だな。そして菊水の旗？まさか、楠木正成か！」

常に傲岸なまでの余裕な態度を保つ義元であるが、この時ばかりはその冷静さに刃こぼれが生じたようである。

「天才的な軍略家にして忠魂の権化たる大楠公をも蘇らせて僕とするとは・・・・。ブリュンヒルデよ、ロキという悪神は我が思っていた以上に恐るべき存在のようだな」

「ええ、かつてアース神族の神々を幾度も騙し誑かし、ついにはラグナロクを引き起こした邪知の化身とも言うべき存在です。奴が最も得意とするのは両者を共倒れにさせ漁夫の利を得ることなのです。貴方達エインフェリアを良く知る者を蘇らせて死者の軍勢を編成したのはまさにそれが狙いなのでしょう」

「成程な・・・・。出来ればその前にあの炎の巨人どもと共倒れになってもらいたいが、そうもなるまいな」

エインフェリア達の目にも死者の軍勢とムスペルの軍団の戦いの勝敗は明らかになりつつあった。

圧倒的な膂力を持ち、なおかつ火炎をも操るムスペルの単体としての戦闘力は無論、死者を遥かに凌駕している。だが彼らは先にヴァン神族の軍団と戦い、その数を減らし疲労していた。その上彼らは個個の猛勇を振るうのみで巧緻な戦術、集団戦法をまるで解していないという致命的な欠点があった。

その為軽装騎馬兵の退却にまんまと引きずられ、待ち構えていた重装兵に完全包囲され密集を余儀なくされ、その猛勇を振るうことも制限されてしまったのである。最初から勝負はついていたと言っていいだろう。

「用兵の常道からすれば死者どもは後方からさらに騎兵を差し向けるはずじゃが、やって来ないな」

ラクシュミーバーイが呟いた。彼女は一国の王妃にしてうら若き女性ながら、大英帝国軍と戦うために古今の戦史、戦術を研究しこれに通暁していた。

だが流石の彼女もその騎兵の司令官が今まさに木村重成、後藤又兵衛と槍を交えているなどとは想像も出来なかった。

後方から騎兵がやって来ないことを察知した死者の軍勢はムスペルを殲滅する方針を変えざるをえなかった。

このまま包囲を続けてもムスペルは死にもの狂いで暴れまわり、自軍にも甚大な被害が出る。それ故包囲を緩め、ムスペルを退却させるように仕向けた。

だが破壊と殺戮の衝動に狂奔する炎の巨人には逃走という概念は存在しないようである。あくまでその場にとどまって炎の剣を振るい、炎の矢を飛ばして死者の軍勢に抗い続けた。

「可愛い我が子達が下等な死者如きに取り囲まれて・・・・。何と無残な・・・・」

シンモラが己が纏った焔でヴァナヘイムの夜空を煌々と照らしつつ、悲憤の表情を浮かべた。その傍らでグルヴェイグは地上で行われている炎の巨人族と死者の軍勢の凄惨な闘争を冷笑を浮かべつつ楽しんでいるようであった。

「これ以上、汚らわしいその手で我が子達に触れることは許しません。我が炎で残らずなぎ払ってくれましょう。グルヴェイグ、手を貸しなさい」

シンモラがグルヴェイグを伴って死者とムスペルの戦場に舞い降りようとしたその時、彼女らの前に夜空よりも暗い闇の力場が発生した。

「我が精鋭の晴れの初陣の場なのだ。無粋な手出しは遠慮してもらおうか、ムスペルの女王、それと狂気の女神よ」

ロキがその白皙の顔に妖艶な笑みを浮かべながら女王と女神の前に立ちはだかった。

「ロキ・・・・。！」

「お初にお目にかかる。御二方とも先のラグナロクには参戦してなかった故。シンモラ、貴方の夫君はこの私の予想をはるかに超える活躍をしていただいた。だが今回はかの御仁に出る幕は無い。この先もゆっくり休んでいてもらおう」

「やはり貴方も二―ベルングの指輪の存在を知っていましたか・・・・。貴方はあの指輪を使って何を企んでいるのです」

「うん？私はスルトの復活を阻止できればそれで良いのだが・・・・。指輪の使い道は考えていなかったなあ。そうだな・・・」

ロキは己の黒髪を指で弄びながら余裕たっぷりの表情で考えに沈んだ。一見隙だらけのようだが、シンモラもグルヴェイグも攻撃を仕掛けることが出来なかった。

「やはり、先のラグナロクで死んだ我が子達を蘇らせるとするか。死者を蘇らせる力を持つ我が娘ヘラも、神やそれに匹敵する存在だけは甦らせることは出来んからな」

「フェンリルにヨルムンガンド・・・・。あのような醜悪でおぞましい獣どもを蘇らせようとは、吐き気がしますね」

「醜悪だと？これは心外な。神々を滅ぼすために最も相応しい姿を持って生まれた彼らの美しさを解せぬとは。それでも破壊の化身スルトの伴侶か」

「我が夫をあのような獣どもと同列に語るとは・・・・何たる侮辱。絶対に許しません。死をもって償うがよい！」

シンモラの炎と熱気が膨れ上がり、夜の闇を打ち消す小型の日輪と化した。同時にロキが放つ暗黒の神気が絶対零度の凍気を秘めつつその濃度を増す。

グルヴェイグは素早くその場から距離を取り、ムスペルの女王と裏切りと奸智を司る暗黒神の戦いを間近で見れる喜びに心躍らせた。

しかしそれはほんの数瞬に過ぎず、女神の二つの顔貌に緊張の色が生じた。

「二人とも、待て。ニョルズがヘーニルとフレイヤに連れられてヴァナヘイムから脱出しようとしているぞ」

狂気の女神の言葉に日輪と暗黒はそれぞれその動きを停止した。

「お前たちの戦いは興味深いし、最後まで見届けたいが、次の機会にしてはどうかな？ニョルズが逃げる先はヴァルハラしかあるまい。そうなっては厄介だぞ」

「・・・・一時休戦かな」

己が纏っていた暗黒の神気を霧消させ、敵意が無いことを示しながらロキがシンモラに提案した。

「・・・・いいでしょう。どのみち指輪さえ手に入れればいいのですからね。貴方の始末はわが夫にお願いしましょう」

日輪から人の姿に戻ったシンモラがそう言い捨て、ヴァン神族の王を追って飛び去った。

暗黒神と狂気の女神もそれぞれ笑みを浮かべつつ、ムスペルの女王の後を追った。