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県立美術館のホールを貸し切った赤坂大学美術展は、久次が想像したものより大層本格的だった。
絵画だけではなく、平面立体、工芸、書、写真のブースごとに熱量が多く勢いのあるアートが並んでいる。
最後には大学OBの作品がずらりと並び、今まさに世界で活躍しているアーティストの作品を眺めることができる。
美術にとんと縁がない久次でも見応えはばっちりで、下手したら何時間でも眺めて入れそうな作品たちに、久次は熱い溜息を洩らした。
「……え」
その中で一人の女性の絵が目に留まった。
色は白く、茶色の髪の毛は艶やかで若い。
顔の凹凸がはっきりしていて、二重の幅が太い。
もしかしたら日本のモデルではないのかもしれない。
肩に垂れ下がっているピンク色のシャツは、誰かに脱がされたのか、それとも寝ている間にはだけてしまった衣服を直す気力もないのか。
とにかく、彼女はそのピンクのシャツを引っかけ、だらしなく膝を立てて座っている。
パンティーは履いていないのに、真っ赤な網のパンストだけ身に着けた足の中心で、控えめの陰毛と剥き出しのヴァギナが開いている。
その瞳は気だるげで、桜色の胸の突起が長い髪の毛に逆らうようにピンと張っている。
「こんな絵を展示していいのか……」
呟いた言葉に、後ろから笑う声があった。
慌てて振り返るとそこには、大学生と思われる、スーツを着た男性が立っていた。
「あまり絵画はご覧になりませんか?」
彼はにこやかに言った。
「あ、はい。恥ずかしながら、全くの素人でして」
言うと彼は頷いた。
「裸婦画(らふが)は素人の方が観ると、少し刺激が強いかもしれませんね。芸術かエロスか。これは永遠のテーマでもありまして」
男性は“エロス”等という言葉に似つかわしくないさわやかな顔で嬉々として語り続けた。
「古代ギリシャ・ローマの彫刻には、ご承知の通り裸の彫像がいくつもあります。その完璧なプロポーションに、昔の人は“神”を求めたのでしょうね」
「はあ」
ミロのヴィーナスくらしか思い浮かばない久次は苦笑した。
「なぜ画家が裸を描くか、わかりますか?」
男性はにこやかに言った。
「うーーーーん」
想像もできない話に、久次は眉間に皺を寄せた。
「人間の美しさを描くため……?」
絞り出した答えに、男性は大きく頷いた。
「それが一番大きいと思います。人体に宿る自然の造形美を描きたいんだと思います」
ほっとして彼を見つめ頷き返す。
「あとは人体の構造を美術的に学ぶため、もあるかな?」
彼は久次を導くように、隣の絵の前に立った。
「そういう意味では、稀ではありますが、男性がヌードのモデルをすることもあります」
「……へえ」
その絵を見た瞬間、久次の両目はキャンバスに張り付いた。
片膝を立て、もう一方の脚をだらんと下げた、座った白い裸体。
薄い腹。
浮き出た鎖骨。
露出した陰部。
膝の上に置かれた腕がだらんと、何かに失望しているのがわかる。
一方、つま先にはピンと力が入り、その身体の緊張と戸惑いを表している。
栗色の癖毛。
形のいい耳。
そして小ぶりな喉仏……。
「これを……」
久次は男性を振り返った。
「これを描いた人はどこにいますか……!?」