──交戦区域:中層・第十三遺構。
かつて地下鉄だった構造の残骸。今は魔物が定着し、立入制限がかけられている。
ウィスは、拳を鳴らしながら奥へ進む。
目的はただひとつ。「魔物を生んでいる奴を殺すこと」。
そして、彼の前に立っていたのは──
「……やあ。来ると思った」
──夜咲 叶霊。
無表情。無感情。無言ではないが、言葉に温度がない少女。
「……あ?」
ウィスは足を止めた。相手が戦う気があるのかもわからない。
「お前が……“発生源”か?」
「違うよ。たぶん、僕は“器”……。でも、どうだろう。自分でもよくわからない」
彼女の背後には、コト粒子の濃度が異常に高い空間が広がっていた。
魔物を“自然発生”させるには、ありえないレベルの密度。
──つまり、彼女が媒介。もしくは、“核”。
ウィスの拳が構えられる。
「ややこしいこと言ってんじゃねぇよ。テメェが関係してるなら、ブッ飛ばすだけだ」
夜咲は、それを聞いても一歩も動かない。
目を細めもせず、姿勢を変えもせず──ただ、静かに言った。
「まぁ、よろしく」
──その瞬間、周囲の空気が変わった。
何の合図もなく、“魔物”が出現する。
音も光も熱もなく、ただ“在った”。
それは、夜咲の足元から咲いた《負の具現》。
ウィスは即座に前へ踏み出す。
魔物が生成されるよりも速く──それを粉砕する。
「何体来ようが関係ねぇよ」
拳が鳴る。魔物が崩れる。空間が軋む。
──だが。
夜咲は、まるで天気でも観察しているかのように、淡々と呟いた。
「きみの拳は、魔物を壊す。でも……僕の中では、まだ生まれ続けてる」
「……何?」
「僕は、たぶん“魔物の原理”を理解してる。でも、それを止めようと思ったことは、一度もないんだ」
目の奥に、揺れるようなものが一切なかった。
「だって……生まれてきたのは、僕の“本音”だから」
ウィスの足が止まる。
魔物を拳で砕いても──こいつの“存在”そのものが、まだ生み出し続けている。
それはまるで、底なしの泉。
「じゃあ、どうすりゃ止まる?」
「知らない。僕が“壊れたら”止まるかもね。試してみる?」
──挑発か、それとも、ただの事実か。
ウィスは、拳を下ろした。
殺すべきか、止めるべきか、迷っているのではない。
《どう殺せば、止まるのか》を考えていた。
次の一撃は、たぶん“人間”に向けられる。
だが、それが“正しいか”なんて──この世界ではもう、誰にもわからない。
──夜咲 叶霊 vs ウィス、交戦開始。
戦う理由は、もう何もなかった。
ただ、魔物が生まれる限り、ウィスはそれを殴り続ける。
おまけ
灰階評議官のグレイさんの絵