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翌朝、エルフ達に見送られつつ、八人のエインフェリアと二人のワルキューレ、そして女神はアルフヘイムから飛び立った。
ブリュンヒルデの純白の天翔ける船を先導するフレイヤの船の外装は桜花と同じ色である。
二梃の船が暗黒の宇宙空間を飛行する姿は春の終わりに二枚の花弁が風に吹かれて夜の闇の中を舞っているが如きであった。
「さあ、遂にヴァナヘイムに着いたぞ。皆、覚悟はよいか?」
エインフェリアとワルキューレの心に女神の念話が響いた。
だが目の間に広がるのは一点の光さえ無い暗黒の深淵のみであった。
一同が不思議に思っていると、フレイヤの桜色の船から強大な神気が発散された。その神気は宇宙の闇を切り裂き、時空を歪め、秘められていた翡翠色の星の姿を浮かび上がらせた。
「おお、何と美しい。まるで巨大な宝石のようじゃ・・・・」
ラクシュミーバーイがうっとりと呟く。
「成程、さらに強力な結界が張られていますね。これでは何者も入ることは出来ない・・・・」
ブリュンヒルデがやや緊張した声で言うと、フレイヤが念話を返した。
「そうだ。この結界は例えトールが蘇ってミョルニルの槌を全力で振るっても破壊することは叶うまい。ヴァン神族のルーン魔術の精華とも言うべき宇宙最高の結界よ。ヴァン神族以外の何物も通さぬ」
フレイヤの口調に自慢めいた響きがあるのは仕方がないことかも知れない。
魔術に疎い重成にもあの美しい星を包む結界の金剛石をも凌ぐであろう強固さははっきりと感じられた。
「さあ、ブリュンヒルデ。船をもそっと私の船に近づけるがよい」
ブリュンヒルデが言われた通りに我が船をフレイヤの船に近づけると、二梃の船をフレイヤの神気が包み込んだ。
「では行くぞ」
フレイヤの号令で二梃の船は速度を増してヴァナヘイムに突入した。
エインフェリアとワルキューレは一瞬、結界にはじかれて船もろとも宇宙の藻屑と化すのではないかという恐怖にとらわれたが、フレイヤの神気が結界を無効化し、何事も無く無事に通過できたようである。
彼らの眼下に黄昏に包まれた壮麗な宮殿の姿が広がった。数え切れない程の噴水や花壇が連なっているようである。
無骨な、それでいて荘厳な造りのヴァルハラとは対照的な、繊細にして華麗な宮殿が落日の淡い黄金の光の波に包まれており、エインフェリアとワルキューレは使命を忘れて、誌的なまでの光景に見入った。
「あれこそが我らヴァン神族の王にして我が父であるニョルズの居城、ヴァナクヴィースル」
厳かに告げるフレイヤだったが、すぐに緊張の気配を帯びた。
「む・・・・早速誰かがこちらに来たな。これは、・・・・クヴァシルか。やはりな・・・・」
「アースガルドからの来訪者よ。この地はお前たちが足を踏み入れることは断じて許されぬ。即刻立ち去るがよい」
クヴァシルと呼ばれる神の念話が一同の心に鳴り響いた。
「待ってくれ、クヴァシル。この者達は私の恩人なのだ。どうか・・・・」
「フレイヤよ、貴方がその者たちの力を借りてアルフヘイムを守ったことは知っている。だが、貴方の父も其の外の者も誰一人としてアース神族に関わることを望んでおらぬのだ。貴方に免じてその者たちの命までは取らぬ。すぐにその者たちを追放し、ニョルズ様に詫びるがよい」
クヴァシルと呼ばれる神の声にはほんの僅かの妥協も許さぬ氷のような冷酷さと狷介さが感じられた。
「待ってください。ここまで来て何もせずおめおめと帰ることは出来ません。どうか、話だけでも・・・・」
「黙れ。ワルキューレ如き下級神が口を挿むな。身の程知らずの愚昧な者共が」
クヴァシルが一喝した。先程までの感情を抑制した冷徹な態度が一変し、憎悪と敵意を露わにしていた。
「命までは取るまいと思っていたが、やはりアース神族は許せぬ。この清浄なヴァナヘイムを汚しおって・・・・。覚悟しておけ」
叩きつけるように言って、クヴァシルは念話を打ち切った。
「一体どうしたというのですか。何故態度がああまで・・・・」
「奴の名はクヴァシル。ヴァン神族において、アース神族嫌いの急先鋒よ」
呆気にとられたワルキューレとエインフェリアにフレイヤがため息交じりに答えた。
「何せ奴は、かつてアースガルドから人質として来ていた賢者ミーミルに散々愚弄され、罵倒されてついには激高し、その首を刎ね飛ばした張本人であるからな」
「そうですか・・・・。彼がミーミル様を・・・・」
「皆、地上を見てくれ!」
エドワードが叫び、他のエインフェリアとワルキューレは船窓に駆け寄ってヴァナヘイムの地上に注目した。
かつてアルフヘイムで見た獣頭の土人形兵が宮殿を守るように陣形を組んで整列している。その数は百を超えているだろう。
「ゴーレム・・・・」
「我がエルフ達が操るゴーレムと同じに考えてはならぬぞ。神が操るのだ、その強さは段違いだ」
フレイヤが告げると、ローランがデュランダルの柄を握りながら問うた。
「あの数の土人形どもをこの人数で相手しろと言うのか?まあ、俺は構わんが、こっちには小僧と小娘がいる。こいつらはどうするのだ?」
ローランの視線の先には敦盛とエイルがいた。
「ゴーレムの動きは私がある程度止めることが出来る。ヴァン神族の神気で動くゴーレムはより強いヴァン神族の神気を当てることで無効果できるのだ。だが、流石にあの数全ては止められん。残りはお前たちが相手せねばならん。だが、戦おうとするな。相手の攻撃を躱し、宮殿に入ることのみを考えるのだ」
「躱すことに専念せよか。どうも性に合わんな」
又兵衛が不服そうに言い、義元が頷く。
「お前たちがヴァナヘイムに来た理由を忘れるな。ゴーレムを倒したところで、我が父や他の者達の心象を悪くするだけであろうが」
有無を言わせぬ口調でフレイヤが言う。
「さあ、船を下ろすぞ。皆、覚悟を決めろ」
二梃の船はヴァナクヴィースルから少し離れた平原に着陸した。そしてエインフェリアとワルキューレはそれぞれ連れて来ていた愛馬に跨った。
重成は片鎌の槍を握る。ゴーレムとは戦うなと言われたが、馬上では槍を握らないと落ち着かないからである。
「さあ、行くぞ」
自らも斑馬に跨ったフレイヤが号令を発し、一気に駆け出した。エインフェリアとワルキューレが遅れじと続く。
それに応じるように獣頭の土人形兵が動き出した。アルフヘイムで見たいかにも鈍重なゴーレムの動きとは打って変わって機敏な動きである。
確かにゴーレムを操っている神気の桁が違うのを重成ははっきりと感じた。
先頭を駆けるフレイヤとゴーレムがまさに接触しようとするその瞬間、フレイヤが気合を発し、神気をゴーレム達に叩きつけた。ゴーレムを操っていたクヴァシルという神の神気がかき消され、ゴーレム達はその動きを止める。
フレイヤの神気を受けなかったゴーレムが拳を振りかざし、叩きつけるがエインフェリアとワルキューレはいずれも見事な馬術でそれを躱した。
このままゴーレムの群れを突破し、宮殿に突入できるかと思ったが、宮殿の正門を守る煌びやかな甲冑を纏い、巨大な槍を手にした神将の姿が確認された。
「聖なるヴァナクヴィースルに足を踏み入れることは断じて許さぬぞ。アース神族のそれも下級なワルキューレやエインフェリア如きが・・・・」