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生徒会室の照明は、日が暮れ、運動部が下校してもまだついていた。
「よくやるわ…」
蜂谷は校門に座りながら、その2階の窓を見上げた。
文化祭が終わり、さらに土日を挟んだが、右京が安全になったとは言い切れない。なぜなら―――。
おそらく……いや、確実に永月の目的は遂行されていない。
だがここで自分があいつを捕まえて、吐かせようとしたところで、のらりくらりとかわすのは目に見えている。
証拠も黒い封筒を売ったあの女店員の証言だけではあまりにも弱い。
文化祭の後の反応や、先ほどの右京との様子を見ればわかる。
あいつに自分から白状する気は毛頭ない。
何が目的かわからない以上、右京を見張っているしかない。
―――てかこいつの親は何してるんだ。送り迎えくらいしてやればいいのに。
右京の過去話は聞いたが、親についての個所は訛りがきつくて本当に聞き取れなかった。
だが。
”天国”っていうのは聞こえた。
つまり、他界しているのだろうか。
両方とも?まさかーーー。
とりあえず今日は、永月は部員と共に駅まで行き、電車に乗るのも確認した。
あいつ自ら動くことはない。
しかし前回もミナコちゃんたちを召喚したことを考えると、あいつが帰っても油断はできない。
―――ちっ。面倒くせえな。
いっそのこと、永月を拐って、吐くまでボコるか。
しかし身長も体重も向こうの方が上だ。
さらに全国大会を控えているサッカー部のエース。
もし闇討ちに成功したとしても、あんなに目立つ生徒をボコったとなれば、こちらの処分も免れない。
そうなったら、あいつらが出てくる。
それはまずい。
今は、まだ――――。
せめて永月の目的が分かれば。
「おい」
真下から低い声がして、蜂谷は振り返った。
「――――!」
「この間はどーも」
そこには先日とは違う男2人を引き連れた、多川が立っていた。
◇◇◇◇◇
多川の事務所まで半ば強制的に連れてこられた蜂谷は二十畳ほどの応接室を見つめた。
防音の強化ガラス。ドアにも防音パッキンが入っている。
3人掛けの皮のソファに左右に男たちがニヤニヤしながら座り、目の前のオットマン付きのリクライニングチェアには、多川がゆったりと座っている。
「まあまあ、そう硬くならずにさー」
多川は煙草だかヤバい葉っぱだかよくわからないものを口に咥えながら、こちらを見て笑った。
「この間は悪かったよ。お前をただの髪色なんかで疑って」
多川が言うと、右隣の髪をオールバックに結わえた男が笑いながら蜂谷の髪の毛を撫でてくる。
それを軽く手で払うと今度は左側の男から後頭部を掴まれた。
「おいおい、手荒な真似すんな。お前らじゃだめだ。ユウコとエリ連れてこい」
多川が言うと、奥の部屋からスリットが入ったスカートを着たクラブ嬢のような女性が2人、入ってきた。
男たちの代わりに両隣に座り、蜂谷の肩に、腕に、豊満なバストを押し付けてくる。
「何のつもりですか?女には困ってないですよ」
蜂谷はにこりとも笑わず、多川を見上げた。
多川はもったいつけるようなゆっくりとした動作で、傍らのローテーブルに置いてある酒を飲んだ。
「回りくどいのは嫌いか?」
「ええ。こう見えて門限があるんでね」
「くくく……そうだろうなぁ?」
多川の目が光る。
「蜂谷創芸グループの御曹司だもんな、そりゃご家庭も厳しかろうな…?」
「―――――」
どうやら自分のことをある程度本気で調べたらしい多川を蜂谷は睨んだ。
「未来の社長様の経歴に傷がついたらこちらとしても心苦しい。それでは単刀直入に聞くとしよう」
多川は目を細めた。
「“赤い悪魔”について。知ってることを全部吐け」
「……まだ言ってるんですか?俺が知ってることなんて何にもないんですけど。赤い髪同士の交流会や親睦会なんかもないもんでね」
「ははは」
多川が笑う。
蜂谷はいい加減うざったるくなってきた女の手と胸を振り払いながら続けた。
「噂レベルでしか聞いたことないです。会ったこともなければ、仲間やダチがヤラれたこともないですし。つい最近までその存在をただの都市伝説だと疑っていたぐらいなんで」
「へえ。都市伝説」
多川が笑顔のまま首を上下に振る。
「トイレの花子さんや、口裂け女と同等レベルだと思ってたんで」
「そーう」
多川はオットマンの上の短い脚を組み替えた。
「でも今は違うと?」
「は?」
「今は都市伝説ではなく、実在してるんだなーくらいには認識が変わった?」
「えっと、まあ」
「それはなんで?」
「なんでって。あんたが必死で探してるからだろ」
思わず言うと、多川はこれまた短い指をパチンと鳴らした。
奥からスーツを着た男たちが高そうな一升瓶を持って入ってくる。
「……それだけか?」
「はあ?何が言いたいんすか」
男たちの人数と、さっと避けた左右の女性たちの気配にただならぬものを感じながらも多川を睨む。
「もしかして、お前の周りに―――」
「?」
「いたんじゃないのか。赤い悪魔に会ったってやつが………」
「―――そんなの……」
『いるよ!赤い悪魔は!』
その声変わりも済んでいないような声が脳裏に蘇る。
『僕、見たことあるんだっ!』
そのあどけない学ラン姿が脳裏に浮かぶ。
「―――そんなの?」
多川が笑うと、蜂谷の左右には、先ほどまでとは比べ物にならないほどの大柄の男が座った。
「そんなの、知らねぇよ……!」
蜂谷が言うと、多川はふうーっと白い煙を吐き出しながら椅子に凭れた。
そして低く唸ると、蜂谷の左右に座る男たちに、
「ヤれ」
と低く命令した。
あっという間に組み敷かれ、蜂谷は事務所の天井を睨んだ。
足を押さえつけるように跨れて、両腕を頭の上で固定されて拘束帯を巻かれた。
「何すんだ、てめえ!!」
暴れるが男たちの力は強靭でビクともしない。
「蜂谷。お前、酒は好きか?」
言いながら立ち上がった多川が、スーツの男から一升瓶を受け取りポンッと栓を開ける。
「――――っ!」
「この間は大変失礼なことをした。だから今日はすこぶる飲ませてやるよ」
多川が言うと、押さえつけている2人の男を含め、応接室にいたメンバーが揃って低い笑い声を出した。
スーツの男が白いロートを手渡す。
何をされるか分かった蜂谷が暴れ出すが、男たちの力は緩まない。
「ほらほら。遠慮するなよ。“刹那”って知ってるか?北東北じゃあ有名な酒らしいんだけど、これ1本でなんと5万円もするんだぞ?」
「――――っ!」
口を無理やりロートで広げられる。
食いしばろうとする歯にガツガツ容赦なく当てながら、ロートが喉元まで押し込まれる。
「さあ。乾杯だ。蜂谷」
一升瓶の口をロートに宛がわれる。
「あ、言い忘れたことがあるなら、今この場で聞くぞ?」
「―――っ!!」
「ほら、言ってみろ?」
「―――――!」
―――何を迷ってんだよ。馬鹿か、俺は。
言えばいいじゃねえか。
宮丘学園の副生徒会長である諏訪の弟が見たって言ってたって。
赤い悪魔に助けてもらって、その髪型も姿も見たらしいって。
言えばいいだろーーー。
このままじゃ、あんなえげつない量の酒強制的に胃の中に入れられて。
急性アル中で死ぬかもしれないのに。
でも、弟がもしこいつらに拉致られたら、諏訪が殴り込みに来るだろうし、
諏訪が巻き込まれたら、
あいつが―――、
あいつが黙っているわけない……。
「―――ん?どうだ?」
多川が見下ろす。
「―――られえ」
「ん?」
多川がロートを引き抜く。
「………俺は、何も知らねえ」
「―――そうか」
多川は蜂谷の頬を掴み先ほどよりも乱暴にロートを突っ込むと、
「それは、残念だ」
一升瓶を垂直に傾けた。