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目が覚めると、いつもの部屋だった。
オシャレでもなんでもない、ただの部屋。
入った当初は色々と頑張ろうと思ったのだが、どうにも俺にはインテリアをどうこうする才能がないらしく、諦めた。そもそも汚れないようにするだけでも精一杯。
そんな普通の1DKに大学のころから、そして俺は社会人になった今も住み続けている。
「会社行きたくねぇ~……」
ベッドの上を転がって、俺は呻いた。
仕事自体は嫌いじゃない。
同僚にも恵まれていると思う。ただ上司は最悪だ。
とにかく仕事を押し付けてくる。
そのくせ立ち回りがうまいそいつは、人にさせた仕事も自分の手柄にしやがるのだ。
「ああいうの本当にどうにかしてぇわ……」
溜息を零しながら起き上がると、手に昨夜の夜にやっていたゲーム機が触れた。
現在ハマっているのは「クレセント・ナイツ」という乙女ゲームだ。
中でもレイという騎士にハマってしまい、部屋の一角にはグッズコーナーまで作ってしまった。
「いっそこのレイが上司ならなぁ~~眼福だったのに」
ゲームを起動させると、オープニングが流れ出す。
それを見ながらも、会社行きたくないな……と思うあたりそろそろ辞表でも書くべきかもしれない。
「レイとならうなくやれそうなんだけどなぁ……」
※
「……ル!カイル……!」
気がつくと、柔らかい毛布の感触が頬に触れていた。
「……ん……?」
ぼんやりと目を開けると、すぐそばに見慣れた顔があった。レイだ。レイ・エヴァンス。
「レイ……?」
レイは俺を抱きかかえるように支えていて、その顔にはいつになく険しい表情が浮かんでいる。
「起きたか」
低く響く声が耳に届いた。
「……どうして、ここに……だって……」
俺の言葉に、レイの眉間の皺がさらに深くなる。
その目は冷たく見えるけど、どこかに焦りが混ざっているような気がして、息苦しさを感じた。
「しっかりしろ、カイル……頼むから……」
辛そうに目を細める彼の顔に、なぜか胸が痛んだ。
少しずつ意識がはっきりしてくる。思い出すのは、自分が一人で馬を走らせて――そして倒れたこと。
「俺は、ただ……」
頭がぼんやりしていて言葉が出てこない。そんな俺を見て、レイの声が鋭くなる。
「ただ、なんだ?理由も言わずに一人で馬を走らせて、こんなところで倒れるまで無理をする理由が、何だ?」
その声には、怒りだけじゃなく、心配が滲んでいた。それが余計に胸に刺さる。
「頼む、放してくれよ…!」
身を捩ろうとしたが、力が入らない。自分の体力の限界を知りながら、それでも逃げたかった。
「レイ……俺はここにいるべきじゃない……」
自分の声が震えているのが分かった。それでも止められない。胸の奥に押し込めてきた感情が堰を切ったように溢れ出していく。
「俺じゃきっと、お前の役にはたたないよ……結界がどうとか、フランベルクを守るとか、そんな立派なこと、俺には無理なんだよ……」
涙が滲んでくるのを感じた。
「お前だって本当は、俺がいない方が楽なんだろう……?噂も消えるし、結界だって揺らがない……俺が全部悪い」
絞り出すような声で叫んだ瞬間、レイの目がわずかに見開かれた。その瞳に、驚きと悲しみが混ざっているのが分かった。
「俺だって……俺だって怖いんだよ!お前が最近ずっと冷たくて、遠くて……俺が嫌いになったんじゃないかって思うくらい!」
体が熱くなり、涙が止まらない。自分でも何を言っているのか分からなくなる。
「俺がここにいる意味なんて、もう分からない……!こんなに孤独で、こんなに辛いのに、誰も気づいてくれない……!」
声が途切れると同時に、レイから顔を背ける。力が抜けて、もう何も考えられなかった。
「……俺は、どうしたらいい……?」
静寂が降りる。すべてを吐き出した後の空虚感が、胸の中に広がっていく。
レイは動かない。俺の声に押し黙ったまま、俺を見下ろしている。
「……お前、俺の気持ちなんて……」
そこまで言いかけた瞬間、レイが膝をついて俺を抱きしめた。
その力強さに驚く暇もなく、耳元で低い声が響く。
「お前は、俺のそばにいなければならない。俺がそう望んでいるからだ……!」
その声には、抑えきれない焦燥と切実な想いが滲んでいた。
「俺を置いていくな……俺にとってお前は必要なんだ、カイル……」
その言葉が胸に突き刺さるようだった。涙が止まらないまま、俺はただその場で俯き続けるしかなかった。