目の前で殉職した戦友の形見である剣を空いてる片手に持ち、やったことの無い二刀流をこの土壇場で行う。
構えも何も知らぬから我流で構えてアングリーベアにこれまでの狩りで一度も向けてこなかった【明確な殺意】を初めて相手に向ける。その殺意は彼の野生の勘に警鐘を鳴らす程のものだった。
本能が叫んでいる。コイツは獲物では無い。自身を脅かす天敵! と……。
アングリーベアも腹を括ったのかフルフェイの時は警戒から守りに入っていたが、ナルナの殺気を感じ、守るだけ無駄と判断したのか守りを捨て攻めの姿勢を見せる。人のように特定の構えがある訳ではなく、自然体で立つことが彼ら野生動物の構えのようだった。
片腕を失っているはずだが、流石自然界を生き抜いてきた猛者と言うべきか、困惑こそしていたが今はもうそんな素振りはなく、ただこちらを見てどう狩りをするかを考えているかのようだ。
対するナルナは扱ったことのない二刀流をどう扱うかを思考しつつ相手の動きを見る。ナルナもフルフェイもお互いが扱っていた剣は二刀流をする用に作られておらず、重量があり本来は構えることすら困難なレベルだが、多少魔法の使えるナルナは自身に【身体強化】の魔法をかけることで筋力を底上げして無理やり二刀流という形にしている。そんな状態で彼は特殊個体と相対しているのだ。
「この剣を扱える扱えない関係ねぇ…。扱ってお前を斬るそしてフルフェイの仇討ちを成し得る。」
不格好ながらも武器を構え、先にナルナが仕掛ける。身体強化により、俊敏さも上がり重量が増してるにもかかわらずそれを感じさせぬ速さで距離を詰め負傷している右腕の方から攻める。
「防ぐ手段は無いなら、避けるしかないよな?」
ナルナの読み通りアングリーベアは避けた。だが、その避け方は予想外な方法だった。
その剣に斬られぬよう身体を逸らすのではなく、空いてる左腕で地面を強く叩きその力で地盤が揺れ、そしてヒビが入り地面が崩れ凹凸が出来上がる。その振動と凹凸によりバランスを崩し、通せた攻撃も通らず安全を確保するため攻撃をやめて後ろに下がり再度警戒体勢に戻る。
「戦闘慣れしてるなお前…」
すると今度はこちらの番とでも言わんばかりにアングリーベアは距離を詰める。足場は不安定のはずだが、相手は野生で生きてきた生物。多少の高低差など障害にすらならず、むしろ人であるナルナのみが不利益を被ることとなり戦闘の流れは相手がつかみ出している。
一つ一つの攻撃は至ってシンプルなものばかりだ。体当たりに、鋭利な爪で引き裂く攻撃。両腕あれば拘束して噛み付く。全てシンプルな攻撃だ。が、そのシンプルさがなぜ通用するかはそれを繰り出す己自身の体躯が優れているから行えること。『クマ』である事が前述したことを行える理由だ。
これを、人がやったところで通用するわけはなく魔法を一度打たれて終わりか切り裂かれて終了だ。しかし、相手はそれらの攻撃を受けても耐え切れる厚い毛皮と肉がある。だからこそシンプルな攻撃でも通用するし、俺ら人からすると致命傷を負う可能性を秘めており、警戒すべき攻撃なのだ。
どれだけシンプルでも実力の足りない冒険者は立ち向かわず、まずは避けて確実に攻撃を入れられるときに入れるのが定石だ。もちろん例に漏れず俺もその策を使う。
「…にしても片腕を失ってなお高い機動性はやはり、野生の生き物って感じだな。」
崩れた足場をものともせず突進を繰り出すアングリーベアをサッと避けて、少し距離をとる。攻撃のタイミングかもしれなかったが、慣れぬ二刀流で冒険はするものではない。今は確実にヒットアンドアウェイを可能とする時だけ攻撃をするのだ。その中で慣れてきて初めてそういった行動をする権利が手に入る。
(恐らく避けられる可能性は考えてるはずだ。そのあとの行動次第では俺も経験がなんだとか言ってられないが……。)
突進を避けられたアングリーベアはすかさず左前脚を軸にUターンをして、背後に回ったナルナ目掛けて飛びつく。
「!?
まっず……」
ナルナが突進を避けたときの体勢ではそこから更に遠くに逃げることは困難であり、まるでそれを狙っていたかのように綺麗なUターンを決め、仮にナルナが後ろに下がっても飛びかかりの範囲内。その計算まで含めていたとしたら彼は確実に『猛者』という言葉がお似合いな相手だ。
狩りに適した鋭利な爪を質量を乗せた叩きつけでナルナを襲う。避けることの出来ないナルナは少しでも傷を軽減するため爪による攻撃はなんとか避けて、その後迫り来るボディプレスを受けることになる。本来の用途とは違う方法で剣を持っていたこともあり、機動力が落ち、避けられた攻撃も受けることとなる。
「ぐがっ……!!?」
全身に激痛が走り、至る箇所からミシミシと鈍い音が鳴り響く。確実に骨が逝った音だ…。それを理解したと同時にここで今自分は死ぬんだと確信した。
自身の肉体でナルナを潰したアングリーアングリーはゆっくりと起き上がり、立つことも困難なナルナを爪でつまみニチャァと笑う。
(くそ………コイツこんな強いのかよ…。カッコつけてフルフェイの仇取るつもりだったが…どうやら俺もそっちに向かうことに…)
自分の最期を悟り亡き戦友に謝罪してる時、ふと過ぎるとあるスキルの存在。
【リスタート】
この最悪のシナリオを消してありえたもう一つシナリオに進むことが可能な唯一のスキル。激痛を伴うが、物理的な痛みなど今更恐るほどのものでもない。戦友を失う悲しみの方が何倍も痛みを伴った。
そう思うとリスタートを使うことに恐怖はなく、アングリーベアに食われる瞬間スキルを発動し眩い光を放ったと共に彼の視界に移る世界は崩れていき、そして意識を手放すこととなる
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