ATTENTION
このお話は二次創作物であり、原作様とは何の関係も無いことを承知した上でお読み下さい。
・甘々です
・かっこいい太宰さんは居ません
ある土曜日の夕方。俺は珍しく仕事が休みになったのでゆっくり休もうと思っていた。朝から山積みの家事を片付けて、昼に少し筋トレをして、其れなりに有意義な休日を過ごしていた。
読み掛けの小説を広げて床に置かれたクッションの上に座る。淹れたてで熱々のコーヒーに角砂糖を二つ三つと溶かして、マドラーでくるくると混ぜる。透明な硝子のカップに唇をつけて、コーヒーを少し啜った。独特の苦みが舌先を刺激し、何とも言えない味わいが口に広がった。コーヒー片手に再び本に向き合う。しばらく熱中して読んでいたが、視界の端でもぞもぞと動くものが目に映り、現実に引き戻された。
「はよ」
「んー…15時には起こしてって云ったじゃないか…」
昼寝から目覚めた太宰は未だ少し眠そうな目を擦りながら、大きな欠伸をする。そして、のそりとソファから起き上がり、俺の隣に腰掛けた。
「…何だか善い匂いがするね」
「コーヒー飲んでるからな」
「ふーん…」
自分で訊いた癖に興味無さげな返事をされた。本当に自由気儘な猫其の物だ。
此奴と恋人になってからもう三ヶ月は経っただろうか。正直、マフィアで相棒を組んでいた時と然程変わらない様に思う。此奴が勝手に俺の家に上がり込んで、適当に悪戯をして、俺は其の度にうんざりしながら、諦めて此奴を家に泊める。其れの繰り返し。恋人と云うより最早悪友とか、腐れ縁の類だ。
「ねえ、お腹が空いたよ」
「何だ、何か作れってか?」
「うん、私和食が食べたいなあ。お味噌汁飲みたい」
「ン。一寸待ってろ」
読み掛けの小説をテーブルの上に置き、其の儘キッチンへと向かう。冷蔵庫を開けて中身を確認する。特に材料には困らなさそうだ。鰹出汁を取り、白菜と豆腐を切りながら献立を考える。取り敢えず味噌汁は作るとして、他に何か一品欲しい所だ。
「おい太宰」
「なあに?」
「手前、魚と肉ならどっちが良い?」
「うーん……お肉かな」
「了解」
其の会話を最後に、俺は黙々と調理を始めた。
味噌汁は完成。今炊いている白米もそろそろ炊けそうだ。太宰が肉が善いと云ったので、作り置きしておいた肉じゃがをレンジで温める。炊けた米と味噌汁をよそって机に並べた。
「太宰ー、出来たぞ」
「はいはい」
俺の呼び掛けに太宰がぺたぺたとスリッパを鳴らしながら姿を見せる。食卓に並べられた料理を見て、目を輝かせていた。
「わ、美味しそう」
「だろ。早く食おうぜ」
「うん。頂きます」
二人揃って手を合わせる。太宰は、まず味噌汁を一口啜った後、白米を口に入れた。其の儘もぐもぐと咀嚼し、飲み込んだ後、幸せそうな笑みを浮かべる。
「んー…美味しい」
「そりゃ善かった」
俺も肉じゃがを一口。我ながら上出来だ。
「ねえ、中也」
「あ?」
「また作ってね」
「……おう」
2人で夕食を摂った後、太宰はソファの上で本を読み出した。俺は其の隣で先刻読んでいた小説の続きを読む。時々太宰がちょっかいを掛けてくるのを適当に遇いながら、静かに時間が流れる。言葉を交わさないまま、暫くの時間が過ぎていった。
沈黙を破ったのは、風呂が沸いたと知らせる機械の音。嗚呼もうそんなに時間が経っていたかと思って時計を見ると、既に22時を回っていた。
「ねえ、今本が善い処だから、先に入ってくれるかい」
「ン、判った」
其の言葉に甘え、風呂場へと向かう。正直云って俺の入浴時間は短い。彼奴の云う「善い処」が何頁有るンだか知ったことでは無いが、俺が風呂から出る迄に彼奴が読み終わるとは思えない。今日は湯船に浸かるか……。そう思って新しく購った入浴剤を開けた。金木犀の甘い香りが鼻を抜ける。
髪と身体を洗って、湯船に浸かる。ぼんやりと思考をふらつかせながら暫く湯に身体を沈めていた。
風呂から上がったら、タオルで全身を拭いて、歯を磨く。手を動かしながら、徐々髪を切った方が善いかと思った。
「風呂、出たから手前も早く入れよ」
太宰にそう声を掛けると、はいはい判ったよお〜、という気の抜けた返事が返って来た。取り敢えず髪を乾かす為に洗面所へ向かう。熱風が髪の水分を蒸発させていった。ドライヤーを切って元の場所に仕舞い、俺は居間へと向かう。食卓の上に置きっ放しになった食器を片付けて、寝室に向かう。寝台に入って数秒経った頃、丁度太宰が風呂から出て来た。
太宰がもぞもぞと俺の隣に入り込む。何事かと思えば、後ろから腕を回された。風呂上がりで温まった身体から熱が伝わる。
「……中也、」
肩の辺りから声が聞こえたかと思うと、間も無く首に柔らかい感触がした。ちゅ、ちゅ、と可愛らしい音を立てて首筋に口付けられる。
「何だよ」
後ろを振り向くと、頬をほんのりと紅く染めて、上目遣いで此方を見詰める太宰の顔が有った。物欲しげに潤んで揺れる柘榴石の瞳が俺を捉えて離さない。普段の態度は前と何も変わらない癖に、偶にこういうことをする。
「…駄目?」
「……否?」
そう答えると、太宰は安心した様に笑った。そして俺の唇に自分の其れを軽く触れさせる。何度か啄む様に口付けた後唇を舌で軽くなぞると、太宰は素直に口を開けて舌を差し出す。
「ん、」
隙間から差し入れた舌で太宰の其れを絡め取る。口内で舌同士が擦れ合う度に腰が疼いて堪らない気持ちになる。背中に回された腕がぎゅっと俺の服を掴んだ。上顎を舐めたり、舌を甘噛みしたりしていると、太宰が苦しそうに空気を求めた。
「……っは、はぁ…」
唇を離すと、既に蕩けきった太宰が乱れた呼吸を調えようとしているのが判った。自分でも顔を憶えていない程沢山の女と身体を重ねてきた筈なのに、接吻一つで堕ちてしまう。其れが何だか酷く愛らしく思えて、思わず手を伸ばして頭を撫でた。
「中也…好き」
髪を撫でていた手を頬に滑らせると、其の儘滑らかな肌を伝って顎を持ち上げる。蕩けた顔の太宰を寝台に縫い付けて、触れるだけの接吻をする。寝間着の釦を外そうとすると、太宰が「あ、」と小さな声を漏らした。
「ン?」
「…今日は、そういう気分なわけ、じゃ、」
歯切れの悪い回答。恥じらいというか、躊躇いというか。太宰は気まずそうに目を逸らして、唇を噛んだ。
「じゃあ、もう寝るか?」
そう訊くと、太宰は少し間を置いてから首を横に振った。なら一体如何云うことだ?と頭にはてなを浮かべていると、太宰が恥ずかしそうに口を開いた。
「そういう気分じゃ無い、卦度……唯、接吻が、したいのだよ」
言葉尻は段々と小さくなっていったが、俺の耳には確かに届いた。俺が呆気に取られている内に太宰は顔を逸らす。耳迄紅く染まっていて、今の言葉を恥じているのかと思うとどうにも愛しくて、思わず口許が緩んだ。
「何笑ってるのさ」
「否?手前にも可愛い処有ンだなって」
そう云って再び口付けると、太宰は満足そうに笑った。其れから何度も角度を変えて接吻を繰り返す。
「、っ…ふふ、すき」
「接吻が?」
「接吻も、中也も」
舌っ足らずな声でそんなことを云われて、思わず其の細い腰に腕を回して抱き寄せた。太宰は嬉しそうな顔をして、俺の胸に頬を擦り寄せた。
「もっと接吻して」
太宰は俺の胸に頬を寄せたまま、上目遣いでそうねだってくる。何時ものすました顔とは違う飾り気の無い姿が何処か幼く見えて、思わず口許が緩んだ。
「我儘だな手前」
「仕方無いじゃないか」
甘えるような、少し拗ねたような声に堪らなくなって太宰の頭をわしゃわしゃと掻き回す様に撫でた後、額に軽く口付けた。其れから瞼や頬、鼻先にも接吻をしていく。唇に触れるだけの接吻を繰り返しながら太宰の様子を窺うと、太宰は心底幸せだとでも云いたげな笑みを浮かべていた。軽く舌を出して、唇に触れる。其れは薄く開かれて、俺の舌を招き入れた。
互いの熱を分け合うように深く深く舌を絡め合う。食んで、甘噛みして、吸って、擦り合わせて。太宰は其の一つ一つに身体を震わせ、甘い吐息を漏らす。暫くそうした後ゆっくりと唇を離すと、太宰が俺の身体に腕を回して、飛び込む様に抱き着いてきた。
「だいすき」
舌っ足らずな甘い声が耳元で響く。嗚呼、好きだ。太宰の声も、顔も、体温も、此奴を構成する何もかもが。本気でそう思う。そんな想いを少しでも伝えてやりたくて、背中に回した腕に力を込める。抱き締められるのが好きらしい太宰は嬉しそうな笑い声を零した。
「手前の髪擽ってぇよ」
癖毛気味の蓬髪が俺の首筋に当たって少々落ち着かない。其れでも太宰は俺から離れようとしなかった。
「だいすき、だいすき。あいしてる」
譫言の様に繰り返し云う太宰が何だか子供みたいに愛おしくて、堪らず其の柔らかい髪を撫でた。「俺も」と応えると、太宰は嬉しそうに俺の胸に頭を擦り付ける。
「……ねえ中也」
暫くそうしていると、不意に太宰が口を開いた。
「如何した」
「死ぬ時迄ずっと一緒だよ」
其の台詞に似合わない、温かく溶けていくような声色。俺は太宰の頭を撫でながら答えた。
「莫迦云え、死んでも一緒だろ」
我ながら照れ臭い台詞だったと思うが、太宰は瞳を輝かせて「うん」と云った。嗚呼、此奴は可愛いな。其れから少しして、規則正しい寝息が聞こえてきた。矢張り眠かったらしい。俺は太宰の髪をそっと撫でてから、其の儘目を閉じた。
コメント
1件
めっさ最高です!