百合の咲く丘 参
それから翠野さんは、静かな口調で自分の話をしてくれた。俺は百合の花の中に座り込んで膝を抱え、黙って話を聞いていた。
翠野さんの地元は、冬になると雪に埋もれてしまう北国。家族はお父さん、お母さん、そして歳の離れた弟と妹。翠野さんは大学進学のために実家を出て、東京に住んでいたらしい。
そこに赤紙ー召集令状が来て、関東の基地で飛行訓練を受けてから、この土地にある東風に配属されたのだという。
「翠野さんって大学生なの、?」
ふと気になって訊ねると、翠野さんが「そうだよ」と頷いた。
「何歳?」
「今年で二十だ」
それを聞いて、驚いてしまう。
現代の20歳の人たちと比べて、翠野さんは随分落ち着いていて大人っぽく見えた。現代の大学生といえば仲間同士でお酒を飲んではしゃいでいる姿とか、成人式で大騒ぎをしている姿しか知らないからかもしれないけれど。
「翠野さんの弟は、年はいくつ?」
「今年で十四だな」
「じゃあ、俺と一緒だ。翠野さんとは六つ……」
「……ちょっと、いいかな?」
翠野さんが話を止めるように片手を挙げたので、俺は怪訝に思って口を噤んだ。
「その、翠野さん、という呼び方、どうにも辺な感じがするな」
「え、?」
「弟と同い年の君から、そんな呼び方をされると、くすぐったいよ(苦笑」
翠野さんさなぜだか苦笑いを浮かべていた。
「……じゃあ、なんて呼べば」
「そうだな、下の名前でいいよ」
「下の名前って?」
「すち」
「すちさん」
「それもなかなか妙な感じがするな。
呼び捨てでも構わないよ」
想像しただけで耳まで熱くなってしまったのでそれは遠慮しておこう、とすぐに思った。
「それは流石に……!
すちくん、じゃ駄目かな、?」
「ふふ、っ(笑」
「!….どうして笑うの~!(むす、っ」
「すまない(笑
あまりにも慣れてない感じがして……」
たしかに、クラスの子たちとおしゃべりをする機会はほとんどなかったからな……
くん付けなんて、はじめてかもしれない……
そう考えていたら、なんだか不意にしんみりとした空気になって、それを感じとったのか
「くすぐったいけれど、
君がそう呼びたいなら、それでもいいよ
(にこっ」
「……(頷」
笑った顔が眩しかった。
しばらくすると、また翠野さんは話し始めた。
「弟は俺なんかよりも男らしくてね、兄のことも呼び捨てにするんだ。懐かしいぁ……」
すちくん、と下の名前で呼ぶことができることは、距離が縮まったような気がしてなんだか嬉しかった。
でも、弟さんと重ね合わさられるというのは、少し複雑な気がした。
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