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エレベーターと隣人
「ヒナ!早く!エレベーターに乗るわよ」
吉岡カエデは、7歳の娘ヒナとマンションの中央にあるメインエレベーターを待っていた。
機械と金属の軋む音が、少しだけ大きく聞こえる、と,同時に片側の昇りランプが点灯し、扉が開いた。カエデは、自分の両手に重い野菜と肉が入った買い物バックを、チラ見し、安売に釣られ、買い過ぎたことへの後悔と、丸毎のカボチャが入った利き手のバックが重すぎて、エレベーターの床に置きたい衝動にかられた。しかし、衛生上を考え踏みとどまる。
「ヒナ、11階を、押しなさい。」と、その時、1人の中年女性が、音も立てずに、エレベーターに乗り込んできた。ボタンの前を陣取ると,聞き取りにくい,か細い声で,
「…なんかい、ですか…?」
「 有難う御座います!11階をお願いします。」
女性は迷いなく、11階のボタンだけを押すと、いきなり振り向き、
「先週、引っ越しされてきたご家族ですか?」
「はいそうです。西側の奥、22号室の吉岡カエデと申します。この子は娘のヒナです。
失礼ですが、エレベーターを挟んだ北側のお部屋の方でしょうか?お留守でご挨拶ができていないお宅がありまして、、」
「それはどうも、部屋番号は16号です。エレベーター降りて2つ目です。青木トシコです。よろしく。」と、軋む音が止まり、扉が開いた。
カエデは,まだ手渡し出来てない粗品の、花柄のハンカチとタオルセットを今すぐに渡し、引っ越し挨拶を終了してしまいたい衝動に駆られた。
「青木様、お渡ししたい品がございますので、直ぐに取って返し、青木様のお宅に、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「…はい、いいですよ、お待ちしてます。」
カエデとヒナは、エレベーターから反対の西側の一番奥の自宅に着くと、荷物を置き、急いでタオルとハンカチが入った薄いピンク色の紙袋を手にし、一緒に行きたいと言う娘を連れ、小走りに北側のエレベータから2つ目の部屋のインターホンを鳴らした。
ドアが開き、トシコが、顔を出した。
カエデは直ぐ、トシコに何か違和感を覚えたが、気にせず粗品を渡し、一言挨拶し帰ろうとした。16号の住人が、
「あの…、” お茶飲んでいって下さい” あなたがいらっしゃるから、おいしいお菓子とお茶を淹れ、お待ちしていたの」
「えっ、本当ですか?有難う御座います。でも、今日はご挨拶だけで失礼します。夕飯の支度もありますし、青木様もお忙しいと思いますので、またの機会にぜひお願いします」
一瞬、トシコの顔が引き攣った様に見えたが、カエデは深々とお辞儀をし自宅に戻った。
カエデは、少し不安になった。トシコは、尋ねると言う意味を取り違えたのではないか?間違いなくドア越しに、お茶の匂いがしたし、着替えて化粧までしていたのだ。断った時、微かに顔が引き攣っていた。少しだけでも付き合う方が、良作ではなかったかと、不安になる。
カエデは、引っ越し早々,ご近所と絶対にトラブルになりたくないと思っているから、、、、、
次の日の夕方、5時半を過ぎた頃、自宅に帰り、夕飯の用意を始めると、…ピン〜ポン….
カエデは、ドアの覗き窓からトシコが立っているのが見え、少しギョッとした,だって,昨日の今日だから、、、インターホン越しに返事し、直ぐにドアを開ける。
「吉岡さん、お茶しませんか?」隣人は、満面の笑みで、、、、、
「えっ、、」カエデは、頭をフル回転させていた。
「娘さんに、美味しいお菓子もあるから、少しだけ遊びに来てください!」
カエデの頭に、近所トラブルの文字が、行き来する、、、、、既に?( この人、どうやら私に話して起きたい事でもあるのかも?マア、1回だけお茶すれば、解放されるだろう!次からは笑顔で断ればいいんだから、、、)
直ぐに後悔の嵐が、カエデの中で渦巻いた。(やはり断るべきだった)、番茶とカリントウを前に、トシコは殆ど離さず、気まずい空気がしこたま流れる。カエデは、仕方なく、当たり障りのない話をし、席を立つタイミングを探っていた。(…暗い、暗いよこの人、『お茶しませんか?』は一世一代の演技❓)、確かに、エレベーターで出会った時、全体的な印象から、存在感を消す暗いオーラを感じたではないか。
「ねーママ、ゲームやりたい!もう帰ろうよ❗️」、グッドタイミングの我が娘の一声攻撃で、ソソクサと退散できたのだ。お誘いには、”心から” の礼を述べた。
(( もう一切、関わる事はないです!))
次の日の夕方、5時半を過ぎた辺りで,……ピンポン…と、チャイムが鳴る。カエデは驚愕した⁉️ トシコだった。
「…吉岡さん、お茶、しませんか?…」
カエデは、背筋に悪寒が走った。
それから、ほぼ毎日、同じ時間にインターホンが鳴る。エレベーターの軋みと止まる音で、トシコが自分の帰宅時間を把握していることを知り、途中でエレベーターを降り、トシコから分からない非常階段を使って帰ったり、居留守をしたりと、悪戦苦闘した。そのお陰か、暫くして、ピタリとお茶攻撃は鳴りを潜めた。
引っ越ししてから,明日でひと月経つ。カエデは,少し遅れてしまったが、やっと新しい生活を始められると,ホットしていた。トシコの事も、考えてみたら悪気は無く、唯、友達になりたかっただけかもと、今は思い始めていた。
トシコの熱りが冷めたなら、エレベーターとかで、もしも出会ったときには、こちらから普通に挨拶を交わそう。と、カエデは自分に言い聞かせていた。
限りなく夜に近い朝、家族は皆、就寝中、突然、部屋のインターホンが鳴る……(エエっ、ウ、ウソ⁉️あーさーの5時半)
「…吉岡さん、お茶,しませんか?…」
完