遅くなり本当に申し訳ありません。遅いペースは続くと思いますが少しずつ投稿していきたいと思います…! (題名はまたしても出来心で付けました)
場面が変わって、周辺国視点のお話となります
「……おめでとう」
聞き馴染んだ声。暗闇の中、その声は耳になんの抵抗もなく滑り込んできた。大好きな声。もっと聞いていたい、もっと何か喋って欲しい。そんな声が、自分を祝ってくれている。
「……!」
ふと、背後から抱きしめられた。といっても自分は椅子に座っている状態だったので、肩を後ろから軽く抱かれているような感じだったが。
ふわ、と彼の匂いが漂った。安心する匂いだった。思わず、微かに笑みが溢れる。はにかんでしまったがためお礼の言葉が言えなかった。だから代わりに、肩のあたりにある彼の手に自分の手を重ねた。
「………目、もう開けていいぞ」
彼の声がする。少しだけ緊張しながら聞いた。
「いいの……?」
「あぁ」
了承の声と共にゆっくりと目を開ける。
目の前には、白いテーブルクロスのかけられたアンティークのテーブル。そこにこれまた白く大きな丸皿が置かれており、その上に、クリームがたっぷりと付けられ、色とりどりのベリーやらナッツやらがふんだんに散らされたケーキが載っていた。
「え……え、えぇええええ⁉︎ 」
一瞬、ぱこん、と口を開けて固まった後、すぐに歓喜の声で叫んだのを見ていた彼は、嬉しそうに笑った。
「え、え!なにこれ!めちゃくちゃおいしそう!クッキーケーキ⁉︎ わ、私が一番好きなやつっ‼︎ これ、私が食べていいの⁉︎ って、あっ‼︎‼︎」
今度は、テーブル中央に置かれた美しい模様の細い花瓶と、そこに生けられている花に気がついたようだった。またあの可愛らしい声が弾ける。
「ヤグルマギク‼︎ かわいい……っあとこっちは、ブルースター?かわいいしすごくきれい…!」
「……ヤグルマギクはお前の花だろ。あと、ブルースターは……まぁ、俺からの気持ち、ってことで。それから、これ」
目の前にスッと差し出されたものを見て、声にならない声を上げた。だめだ、嬉しすぎて何も言えないし動けない。かろうじて言えたのは、
「……………かわいっ……」
これだけだった。
今、目の前にはなんとも可愛らしいクマのぬいぐるみが差し出されていた。去年、彼のところに遊びに行っていて、ショッピングをしている時にたまたま見つけたぬいぐるみだった。ショーウィンドウの中のそれと目が合った時、あっけなく一目惚れした。周りと比べて身体の小さい自分では、それを抱けば上半身がぎりぎり隠れるか隠れないかくらい大きなぬいぐるみだったけれど、置き場所云々、扱いにくさ云々よりもその存在自体に惹かれたのだ。
あのクマがうちにいてくれたら。一人きりの夜でも、寂しくないだろうか。
「……ずっと気にしてたでしょ、そのクマのこと」
彼に問いかけられ、頬が赤くなったのを感じた。
「……うん」
「家にお迎えしてあげて。それから、いっぱい可愛がってあげて」
彼が優しくそう言って、そのクマを膝の上に置いてくれた。おずおずと抱きしめてみると、太陽の匂いのような、ほっこりする匂いがした。
「………ありがとう」
やっと、言えた。
「ありがとう、スオミ……!」
フィンランドが微笑んだ。
「……君が喜んでくれてよかった」
椅子に座ったエストニアのその頭に愛おしそうに手を置きながらフィンランドが言った。エストニアが嬉しそうに笑い声を上げる。フィンランドは、エストニアの目の前にかがみ込むと、す、とエストニアの頬に手を沿わせた。そのまま親指で彼女の目の下の辺りを優しく擦った。
「……スオミ?」
エストニアの声に、フィンランドは答えない。が、数秒押し黙っていた彼は、ふと表情を崩して微笑んだ。
「……嬉しい。今日は、笑ってくれるんだね」
「何言ってるの、スオミ?私はいつも、笑って……」
ふと、口角を上げ続けていることが億劫であることに気がついた。刹那、ぴくん、と頬が痙攣したのを感じた。まるで、久しく笑っていなかった人のような。笑顔に慣れていない人のような。その事実に愕然とし、エストニアは頬に手をやった。
「え、なんで……私……」
「……エスティ、ちゃんと寝られてる?」
「え………」
さらに畳み掛けるようにそう聞かれたエストニアは、ギョッとした。考えてみれば昨日も一昨日もその前も、いや、もっともっと前から、寝つきが悪かった。寝られない夜もたくさんあった。長らく良く寝られていないのだ、快眠などもう何ヶ月前のことだろう。下手したら数ヶ月前、いや、数年前かもしれない。
「なんで……なんで分かったの……」
愕然として呟くと、
「……君のことだ、見ればわかるよ。でも……酷い隈だ、……かわいそうに」
フィンランドは両手でエストニアの小さな頬を挟み込み、その両眼を覗き込んだ。思わず見惚れた。
(あぁやっぱり……スオミ、かっこいいなぁ……)
「ねぇエスティ。そんなに、周辺国との交流が忙しい?そんなに貿易が終わらない?頭の良い君のことだ、でもそんなにITやコンピュータの開発が進まない?だから徹夜でやってたりする?………違う、よね。ねぇエスティ。本当は………」
問い詰められるようにフィンランドに畳み掛けられる。エストニアは思わず目を逸らし、下を向いた。すると、腕の中のクマと目が合った。
「…………………」
かわいい、クマのぬいぐるみ。クマ、熊………。去年のショッピングの時、初めてこの子に会った時、ウサギやリスやネコのぬいぐるみも周りに置かれていた。でも、なぜかこのクマの子に惹かれたのだ。
(クマ………熊………)
ふと、ロシアの顔が浮かんだ。小さい時は、ロシアやソ連と共に住んでいたから、近くに棲息していたクマの子もよく見た。だからなのか。
「……………っ」
不意に、思い出していたロシアの姿が歪んだ。虚像の兄は、瞬く間に幼い頃の彼の姿へと変貌していく。やがてその隣に誰かが立った。同じく幼い風貌のウクライナだった。二人とも笑っていて、身を寄せ合い、しっかりと手を繋いでいた。
ぼろ、と涙がこぼれ落ちた。
「……………ぅっ、…………」
噛み殺せなかった嗚咽が食いしばった歯の隙間から漏れてゆく。
「………エスティ。エスティ………」
フィンランドに抱きしめられた。
「……心の優しい君のことだ。だからだよね。だから、あんなに思い詰めていたんでしょう?ねぇ………」
エストニアはぼろぼろと涙を流しながらフィンランドに顔を押し付けた。
「………っそう、だよ……っ、わ、私っ……、笑えて、無かったんだ………っ!笑えるわけが、ないよっ………!にぃさん、兄さんが……兄さんたちが、あんなことになるなんて、………っぅ、わ、私は何も、……っできない、で…………‼︎‼︎ 」
フィンランドは、自分の服を掴んで泣きじゃくるエストニアの頭を撫でた。
「もう……何年経ったんだろうな……」
「……っ、分から、ない、けど………っ、でも、何年か前……今日……わたしの、この……、誕生日、に……っ、兄さんたちは、せ、戦争を………っ始め、て、………私だけこんな、幸せになっちゃって……駄目、なのに、兄さんたちはまだ、………っ、苦しんでるのに……っうぁ、ゔぁあああああああああああああああっ‼︎‼︎ 」
今まで溜めていた悲しみを全て吐き出そうとするかのように、エストニアはフィンランドの胸の中で号哭した。しかし、泣いても泣いても、その悲しみは軽減されるどころか降り積もってゆくことをフィンランドは知っていた。戦争が終わるまで、いや、戦争が終わってもなお、その悲しみが癒えることはない。
今、自分たちにできることといえば───今、自分たちにできることをする、それだけだろう。堂々巡りのようだが、これが一番理にかなっていて一番現実的なことだ。
「…………」
エストニアの泣く声が、昔の、自分が泣く声にぴたりと重なった。
───第二次大戦で、カルヤもナチも、日帝も失った。枢軸の中で一人、取り残されたように感じた。敗戦も同胞の喪失も、悲しくて悲しくて、気が狂ってしまうのではと思うくらい泣いた。泣いて泣いて泣き明かして、そして───いつの日か、エストニアに出会えたのだった。同じ頃に日帝の子にも巡り会えた。彼の名は日本といった……今では、大切な親友の一人だ。お陰で今はその悲しみから脱却できたように思う。
だったら今、自分にできることは、これしか無いだろう。
フィンランドは思いっきり、ぬいぐるみを抱いたままのエストニアを自分の方に抱き寄せ、力一杯、抱きしめた。
「……君が今、少しでも幸せを感じられているなら……それで、良い。決して、ロシアとウクライナがあのままでいて良いっていう意味じゃ無い。でも君が幸せじゃなきゃ、彼らのことをそうやって思いやれない。君みたいな人がいなきゃ、誰がロシアとウクライナのことを考えてやれるんだ?だから、君は……」
「………っ」
「……今の君のままで良いんだよ……」
フィンランドはエストニアのことを強く強く抱きしめたまま、淡々と言葉を紡いだ。まるで自分にも言い聞かせているようだった。
決壊してしまったダムのように、涙は止まらなかった。しかしそれでも、フィンランドが根気強く背をさすり続けてくれたおかげで、徐々に落ち着きを取り戻していけたエストニアだった。
「…………っ、ごめん、なさい…………」
程なくしてエストニアは、しゃくりあげながら小さくそう言った。フィンランドは首を振った。
「……謝らないで。君は何も、悪く無い」
「…………」
エストニアは涙を拭って、ぬいぐるみを抱きしめた。背中を摩るフィンランドの手が温かかった。
しかし彼らには、束の間の平穏しか与えられなかった。平和なひとときは急に破られた。それは、彼らの日常に小さくヒビが入った瞬間だった。
リビングに備え付けられていた固定電話が酷くけたたましい音を立てて鳴り響いたのは、その時だった。フィンランドは顔を上げた。少し離れたところに備え付けられた、シック調の固定電話がベルの音をこれでもかと響かせている。応対しようとフィンランドがエストニアから離れようとした時、エストニアが「……大丈夫」とだけ呟いて椅子を降りた。クマのぬいぐるみを椅子に座らせると───ちょっとだけ、まるで祈るようにその頭を撫でてやってから───そのまま歩いて行き、受話器を手に取り耳のあたりに押し当てた。
「………はい。……もしもし?……………」
エストニアの微かな声がする。フィンランドはそんな彼女の横顔を見つめた。エストニアは淡々と応対していたようだった……が。
「うん、私。どうしたの……ねぇ、ちょ……落ち着いて?一体、何が…………」
どこかおかしな様子のエストニアを、フィンランドは不安げな眼で見た。電話の内容ははっきりとは分からないが、どこか不吉だった。予感は的中した。その刹那、だった。
「…………………え?」
戸惑ったようなエストニアの声。程なくして、半開きになった口唇がフルフルと震えだす。掠れた声で「……そんな」と呟いた彼女は直後、受話器を取り落とした。落ちた受話器がスピーカーボタンにあたり、ひどい音を立てて落下する。スピーカー機能がオンになり、受話器の向こうの声が部屋中に響き渡った。
『エスティ‼︎ エスティどうしよう……ねぇどうしたら良い⁉︎ おねがっ、お願いっ‼︎ すぐ来て……あっ……う、嘘、でしょ………あっ、ねぇやだ……やだやめて………っ‼︎‼︎ 』
受話器の向こうで悲鳴が上がった。エストニアはその場にへたり込んだ。その大きな目は今や極限まで見開かれ、恐怖に細かく震えている。フィンランドはエストニアのところまで駆け寄ると、落ちた受話器を拾い上げてすぐさま怒鳴った。
「俺だ、フィンランドだ‼︎ 何があったか知らんが、俺で良ければ話を聞く!だから───」
言い終わらなかった。
銃声が鳴り響く。悲鳴が耳をつんざいた。受話器の向こう、大勢の者たちが逃げ惑う気配がする。
「───っ‼︎ 」
カヒュッ、と喉が鳴った。フィンランドは自分の呼気が荒くなるのを感じた。
誰か、撃たれた……?まさか。
『リト!リトしっかりしろ、リト‼︎‼︎ 』
『いやっ、やだぁ………!いやぁああああああっ‼︎‼︎ 』
『しっかりしろ!大丈夫だ、誰も撃たれてない!威嚇射撃だよ、だから顔上げ───』
再び銃声。悲鳴が爆発した。フィンランドは浅い呼吸を繰り返しながら、呆然と手の中の受話器を見つめた。
(何が…………この電話の向こうで、何が起こっているって言うんだ───‼︎‼︎ )
『フィンランドさん‼︎ フィンランドさんそこにいるの⁉︎ 』
先ほどとは打って変わった少年のような声に、不意に自分の名を呼ばれて、フィンランドは肩をビクつかせた。受話器を握った手が震える。
「……っあ、あぁ、いる」
『お願い!お願いすぐ来て!いつもの広場のとこ‼︎ どうしよう、ベラねぇが、ベラねぇがっ………‼︎ 』
フィンランドは酸欠気味になりながらも必死に頭を働かせた。ベラねぇ……ベラルーシのことか?………当たっていた。
『ねぇさんが、ベラルーシが!銃持ってて、僕らのこと、狙って………っ‼︎‼︎ 』
声でなんとなくはわかっていたが、やはり電話口にいるのはエストニアの姉と兄である、リトアニアとラトビアのようだった。
「……すぐ行く」
フィンランドはそれだけ言うと受話器を置いた。必死に深呼吸をすると、過呼吸気味だったのをなんとか落ち着かせることができた。見れば、エストニアは血の気の引いた顔で微かに震えており、徐に手で口許を覆った。ショック症状として表れた嘔気と必死に戦わんとしている彼女を前に、フィンランドはチラと部屋の隅を見た。部屋の角に、真っ黒で細長いケースが立てかけられている。エストニアには許可を取って置かせてもらっていた。中には───言うまでも無い、フィンランド愛用のライフルが収められている。
自分もしゃがみ込んで、えっ、えっと嗚咽混じりに喉を鳴らすエストニアのその小さな背をさすり上げてやりながら、フィンランドは奥歯を食いしばった。最後に自分が銃口を向けた国は彼女らの父親───ソ連だったことを思い出しながら。
コメント
6件
今回は珍しくほのぼのだと思ったらやはり不穏でしたか ベラに何があったんだろう… なんだろう、今更だけどカンヒュでこんな重い物語読んだことないから今すごい複雑?な気持ちになってます(もちろんいい意味です) ますます次回が楽しみです!!!
ほのぼのフィンエスかな、と思ったらしっかりどん底に突き落とされました。そうだった、無情はそういう話でした...平和ボケしていた! 最悪の事態に震えながら次回を楽しみにしています!
ふぁぁぁあああぁ!(?) 何と言葉にしていいのやら…… なんか……なんというか…切ないというか、苦しいというか、辛いというか、複雑な心情というか…… ほんとに今色んな感情が渦を巻いてて言葉に代弁出来ません!!(泣) 今回も面白かったです、ありがとうございます!