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岐阜ここにきたもう1つの目的を果たすために俺と父親の2人だけで、鍛冶師のところに向かったのは日が明けてからだった。
もはや3回目となる山道を乗り越え簡易的に貼り直された結界を通り抜ければ、そこにはすっかり更地になってしまった工房の跡地に、いままさに立てられている掘っ立て小屋があった。小屋の裏手からはトンカチを叩く音が聞こえてくる。
第六階位のせいで住んでた家が壊されたことがある身としては、あまり人ごとに思えない光景に懐かしさみたいなものを覚えていると、ひょい、と建物の陰から1つ目のモンスターが顔をのぞかせた。
その頭にはハチマキのようにタオルが巻き付けられており右手にトンカチ、左手に釘を持っている。モンスターに似合わぬ実用的な姿に俺はどう声をかけて良いか分からず困惑。
困惑したのだが、1つ目のモンスターはそんなことなど気にした様子もなく元気に声をかけてきた。
『ああ、坊っちゃん。今日はどうしたんで?』
「何やってるの?」
『あぁ、これですかい。いま「閂カンヌキ」の家を建てるんでさぁ』
「……なんで?」
『後継あとつぎを見つけるまでは1人にさせるわけにもいかんですからね』
どうしてモンスターが手伝ってるんだと思い、そう聞いたのだが返ってきたのは答えになっているのかなっていないのか良く分からない返答。鍛冶師の老人が自分でやるならまだしもモンスターが手伝うもんかな。
とはいえ、彼の言っていることは分かる。
仙境の門番である閂カンヌキには後継あとつぎが必要なのだ。
そのために、あの老人はニーナちゃんをここに置いて行けと言ったのだから。
「来たのか、おめぇら」
ふと、急に建物の中から声が放たれた。
声のした方を振り向くと扉の無い入口から姿を見せたのは、やっぱりというか鍛冶師の老人だった。
そんな老人の手にもトンカチが握られており、ちらりと入口から小屋の中を見れば、完成した骨組みに床と壁を張っている途中だった。
家ってこんな速度で建つもんなんだ……と建築についてはさっぱり分からない俺が無学まるだしの感想を抱いていると老人は仏頂面のまま口を開いた。
「ここはまだ使えねぇから……こっち来い」
老人はそう言ってトンカチを床に置くと、1つ目のモンスターに向かって「休憩!」と一言だけ言ってから俺たちに背を向けて歩き出す。
俺と父親は少しだけ目線を交わして、鍛冶師の後を追いかけた。
そうして小屋の裏手側に回ると、そこには野ざらしになっている机と椅子があった。
老人は椅子に、どかっと腰をおろして俺たちに目線で座れと指示。荒々しいな……と思いながら、俺は着席した。
ちらりと老人が1つ目のモンスターを見ると、彼がペットボトルのお茶をクーラーボックスから取り出して持ってきてくる。
モンスターが現代的なものを持ってると違和感すごいな。
そんなことを思っている横で、父親が短く鍛冶師に尋ねた。
「お身体は?」
「……まずまずだ」
昨日、倒れていた人間とは思えない言葉に俺は少し本当かどうかを疑った。
流石にまずまずってことはないだろう……と思ったのだが、そんな俺の問いかけを無視するように老人は静かにこぼす。
「悪かったな」
「悪かった、とは?」
「……言えなくてよ」
やけにはっきりとしない言葉。
それでも、俺には何が言いたいのかが分かった。
いま謝っているのは仙境のこと。
そして、ニーナちゃんのことだろう。
「こっちにも誓約ってのがあってよ。簡単に言うなら『口止め』だ」
「センセイにも事情があってのことでしょう。それは、理解しています」
「お前ぇはいつも分かったようにいうな。大人の対応ってやつぁ、良くないぞ。宗一郎」
淡々と交わされる大人同士の会話にいまいち入りきれず、俺は沈黙。
しかし、思っていたよりも素早く俺に話が振られた。
「んで……どれを打てば良い?」
ちらり、と俺を見ながら老人がそう言う。
その目線は間違いなく俺の首に吊るされている遺宝に目が向けられていて、
「打ってくれる……ん、ですか?」
「そのために来たんだろ?」
「でも、ニーナちゃんを置いてけって……」
俺がそういうと、鍛冶師の老人は肩をすくめた。
そして、1人だけスポーツドリンクを飲んでいる1つ目のモンスターを呆れたように見ながら続けた。
「しばらくは、こいつがいる。今は良い」
その目には、これまでの狂気……あるいは、焦りのようなものも無かった。
ただ、淡々と現実を受け入れているような面持ちが浮かんでいた。
だから俺は安心して、遺宝を取り出した。
ピエロのような三色を絡めあったカラフルな遺宝を。
「それなら、これを妖刀にして欲しいです」
それは、ここに来たときから決めていた遺宝もの。
妖刀にしようと思っている遺宝だ。
当然、俺は色々考えた。
雷公童子にするのか、化野晴永にするか。
だが俺にはあの2人の遺宝は妖精として使う方が遥かに良いと思ってしまった。
妖刀にするよりも、有意義に使えると思った。
だから、刀にするのはマリオネットなのだ。
そういうつもりで差し出した遺宝だったが、鍛冶師は不思議そうに聞いてきた。
「1つで、良いのか?」
「うん。僕が持ってる中だったら、それが一番刀に向いていると思うんだ」
「……そうか」
老人はそう言いながら深く頷いた。
「分かった。なら、打とう。お前の刀を、お前だけの刀を打ってやろう」
そう言った老人に対し、深く安堵の息を吐き出したのは俺ではなく父親。
その気持ちは分かる。
父親は俺の刀を打ちに鍛冶師の元に来たというのに、ニーナちゃんを置いてけと要求されて気が気ではなかったんだろう……多分。
俺も自分の刀が打ってもらえることに少しの嬉しさを感じながら、もう1つ。
ここに来た理由を解決するために、ポケットから小さな桃を取り出した。
それは、もはや使う相手がいなくなった魔法の果物。
食べれば不老不死になるという仙境の桃である。
俺がそれを取り出した瞬間、1つ目のモンスターと鍛冶師の老人の目が一気に俺の手元に吸い寄せられた。
「ねぇ、おじいさん。これ知ってますか」
「……そりゃ、桃・か?」
老人の問いかけに、俺は静かに頷く。
「……そうか。あ・の・人・はお前にそれを手渡したのか」
どこか自分に言い聞かせるようにして、そう呟いた老人は続けた。
「そいつは、異界の果物だ。どこまで聞いているかは知らないが、いろんな噂話があんだろう。食べれば若返る。不老不死になる。死ななくなる」
「……うん」
「だが、そいつは正・し・く・ね・ぇ・」
「違うの……?」
化野あだしの晴永はるながは俺にそう言ったが……?
そう疑問に思っていると、老人が続けた。
「坊主。なぜ、“魔”は人……その中でも、とりわけ子どもを狙う?」
「人の魔力を食べるためでしょ?」
「あぁ、じゃあ何故魔力を食べる」
「どうしてって。人を食べれば階位が上がるから……」
「それも正解だが、言いたかったのはそれじゃねぇ」
老人は静かに首を横に振る。
振ってから、ゆっくりと続けた。
「魔力は生・命・力・だ。命の力だ。多くを持てば、それだけ永ながくを生きる。お前だって知ってるだろう。『第七階位』のアカネの姉ねぇさんはもはや数百年を超えて生きている」
「えっ!? そうなの!!?」
急に飛び出してきた衝撃情報に思わず大きな声を出してしまう。
「なんだ。知らんのか?」
一方で、鍛冶師は意外そうに目を大きく開いてから父親の方を見た。
「宗一郎。お前は知ってるだろう」
「……いえ、初耳ですが」
「何? じゃあ、今のモンには言ってねぇのか。まぁ良い」
いや、全く良くないけど。
しかし鍛冶師は手を振って「今の無し」と言ってから、取り直した。
「『第七階位』は伝説だ。数百年に一度しか生まれん。だが、生まれ落ちた『第七階位』は若さを保たもったまま数・百・年・を・生・き・る・んだ。坊主、お前さんもだぞ」
「うぇッ!!??」
「無論、殺されなければな」
思わず変な声が出た俺をたしなめるように、老人が静かに続けた。
そうして老人はお茶を口に運ぶと……それから口を離し、ペットボトルのキャップを閉めている間、俺は何も言えなかった。
魔力が生命力ということは、父親から聞いて知っていた。
だが、俺はあくまで『そういうもの』としてそれを流していた。それから先を、深く考えるようなことなんてしなかった。
だが確かに言われてみれば、道理は通っている。
多くの魔力――生命力を持っているんだから長生きするというのは理にかなっているように思うのだ。
いや、というかアカネさんって『第七階位』だったの……?
言ってよ……。なんで教えてくれないの…………。
急に与えられた情報をどう飲み込もうとして、飲み込めない。
だが、老人はそんな俺を待つことなく続けた。
「祓魔師は、いや……人間は生まれ持った階位から逃れられん。何をしても、生まれた時点で寿命が決まっている。だが……ソイツは、仙境の桃は丹田を拡張する」
「拡張、ですか?」
問いかけたのは、俺ではなく父親。
その表情には、強い疑問が浮かんでいる。
そんな疑いを丸ごと吹き飛ばすかのように鍛冶師は深く頷いた。
「そうだ。つまり、桃は魔力の階・位・を・ひ・き・上・げ・る・。分かるか? そうして階位が増えた人間は、他の人間より多くの生命力を持つことができる。だから普通より若いまま、永くを生きる」
老人の語りに、俺は静かに頷いた。
それはきっと、そうなんだろう。
『第七階位』が数百年を生きるというのは信じがたいが……まず、いったんそれを飲み込もう。だが、長生きするのは何も『第七階位』だけではないはずだ。
魔力持ちが長生きをするのであれば、普通より多くの魔力を持った『第六階位』や『第五階位』だって殺されなければ長生きするはずだ。
「いつしか、その語り草に尾ひれがついて不老不死になるだの、若返るなどという話が生まれたってわけだ。桃は宝だ。ほとんど全ての祓魔師や“魔”からすれば喉から手が出るほど欲しい代物シロモンだろうが……不老不死になるような、そんな大層なもんじゃねぇ」
鍛冶師はそう言うと「それにな」と前置きだけして、続けた。
「坊主。結局のところ、お前さんには不要の代物だ。上限の測れん『第七階位』であるお前さんがそいつを食べても、魔力総量はわずかに増える程度だろう」
「…………うん」
まぁ、それはそうなんだろう。
普通の階位は『第六階位』までで、それを超えた測定不能が『第七階位』なんだから。
「だが、もしお前さんの周りに階位を上げたいと強く願うものがいれば、そいつに食べさせてやるのが……良いだろうよ」
老人はそれだけ言って、ふと視線を遠くに向けた。
その視線がとても儚く見えたから、俺は思ったことを尋ねた。
「おじいさんは、食べなかったの?」
「……ずいぶん、ひでぇことを聞くな」
仙境の門番であるなら、食べていてもおかしくはない。
そう思って聞いたのだが、老人はくしゃっと苦々しく表情を歪めてから吐き出した。
「……死ねなかった人間は、長生きなんてしたくねぇんだ」