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「これ、何ですか?」
珍しく渡辺や小松も早めに帰った夜の展示場で、篠崎は客間のクローゼットから、なにやら大きなものを引っ張り出してきた。
「少し前まで展示場に置いてたんだけど、あまりに邪魔だから一旦しまったんだ」
言いながらコンセントを繋ぐ。
それは150㎝ほどの高さで、上下に窓が2つある冷蔵庫だった。
それぞれ、“複合サッシ”“樹脂サッシ”と吹き出しが付いている。
「一般的に使われている窓のサッシっつうのは、複合サッシなんだよ。従来通りのアルミサッシを樹脂で包んでる。一方、うちで採用している樹脂サッシは中まで全部樹脂。見た目は変わらないが、ほら、違うだろ?」
言いながら篠崎が由樹の脇から手を伸ばす。
(ちょっ!!)
図らずもいわゆる壁ドンの態勢と距離に由樹はドギマギしてしまう。
「ほら、触ってみろよ……」
(い、言い方っ!!)
至近距離で見下ろされて、焦りながら上下の窓を触り比べる。
「おいてめえ」
篠崎の呆れた声が降ってくる。
「サッシだって言ってるだろうが!ガラスを触ってどうする!」
篠崎の大きな手が由樹の細い手を掴む。
そのまま身体を反転させられ、上のサッシ、下のサッシに押し付けられる。
(これマニアの間では有名な、“背中ドン”ってやつ?)
「ん?」
篠崎がその態勢のまま首を傾げる。
「まだ冷蔵庫が冷えてねえな」
(……じゃあ、冷えるまで、離して下さい…)
すぐ後ろに寄り添っている篠崎の体温と、掴まれている手が辛い。
(最近やっとこの人にもだんだん免疫がついてきたのに)
思わず目を閉じて、本能的に疼いてしまう身体に耐えている由樹を、後ろから篠崎が笑う。
「どうした。また、トイレでも我慢してんのか?」
「ち、違います」
(てか、そのイメージ捨ててほしい)
「じゃあ、何だよ?」
覗き込もうとしてくる篠崎の距離が少し縮まり、背中と臀部に彼の身体が当たる。
「何も……ッ!」
消え入りそうな声で言う。
「ああん?」
篠崎の納得していない空気が背後から伝わってくる。と、
「フッ!」
「うわあっ!!」
耳元に息を吹きかけられた。
「何すんですか!」
思わず腕を抑えられたまま振り返ると、篠崎はケラケラと笑った。
「いやー?なんか赤いなと思って」
「………っ」
「やっぱりクソでも我慢してんのか?」
臀部を叩かれる。
「うぁっ」
「ははは、変な声出すなよ」
また笑っている。
「それとも小便か?」
その手が前に回る。
(や、やばい!今触られたら……)
そのとき、展示場入り口の方から声が聞こえた。
身体が硬直する。
この声は…………!!!
「あ、はーい」
由樹の手を離して行こうとする篠崎の腕を両手で引っ張る。
「ってえな!何だよ!」
「まずいです!」
「何が」
篠崎のこめかみにうっすら血管が浮き上がる。
「だから、まずいですって」
尚も透き通った声は展示場に反響している。
「何がまずいんだよ」
「あれ、俺の、彼女なんです!!」
「はあ?」
篠崎が廊下の方を見る。
「じゃあ、なんでお前が返事しないんだよ?」
「あの、実は、最近忙しくて彼女と会えてなくて…」
「んで?」
「たぶん、その、疑ってるんだと思うんです。その、浮気的なことを」
「は?」
篠崎は笑った。
「じゃあ、なおさら顔見せて安心させてやれよ。男の上司と一緒にいるってわかったら安心すんだろ」
「……超、逆効果です!」
「なんで」
声が高くなる。
「あ、どうぞ!中に入ってくださーい!」
篠崎が声を張り上げる。
(えー、何言っちゃってんの?この人)
ここは腹をくくるしかない。
由樹は諦めて俯いた。
と視界にとんでもないものが飛び込んできた。
それはスーツの上からでも十分にわかる、反り立った自分のムスコだった。
(まずい。逃げなくては…!)
こっそり行こうとすると篠崎に捕まった。
「どこいくんだよ」
「あの、ちょっと」
「は?彼女来るんだろ」
「えっとそうなんですけど、ちょっと一旦離してもらっていいですか?一旦!」
「なんだそれ。あ、おいっ」
「うわッ!」
強く腕を引かれてバランスを崩し、その場に倒れこむ。
と、由樹の足が篠崎の足を刈る形になり、篠崎もその場に倒れこんできた。
「…………!!」
ひんやりとしたフローリングの床に、由樹と篠崎は重なって倒れた。
「すみません!マネージャー、大丈夫ですか?」
「……いってーな」
由樹は慌てて起き上がろうとするが、自分より身長も体重もある篠崎はびくともしない。
と、廊下からひょこっと小さな顔がのぞいた。
「や、やあ。千晶(ちあき)。久しぶり」
由樹はヤケクソで篠崎の下から手をヒラヒラと振って見せた。
千晶は白いレースブラウスに、紺のAラインスカートを靡かせながら、ツカツカと客間に入ってくると、うつ伏せで倒れている篠崎を、細腕では信じられないほどの力を発揮して引っぺがした。
さらに、青くなっている由樹に股がると、その頬に一発、強烈な平手打ちをかました。