「凛ちゃん…待って、聞いちゃだッ…」
「潔が記憶をなくした…」
俺の声を遮って玲王が呟く。
凛の見開かれた目はさらに開いた。
止まったように動かない凛の肩に潔の父親が手を乗せた。
「凛くん、落ち着いて聞いて欲しいんだ。」
潔の父親は凛の正面へと立つと口を開く。
「世一は事故のトラウマから事故の瞬間の記憶が飛んでる。それは一時的なものかもしれないし、一生ものかもしれない。それでね…」
俺が潔の父親を止めようと足を踏み出すと凪が俺の腕を強く掴んで離してくれない。
「いつか知ることになる。今も後も変わらないんでしょ?玲王。」
凪は手を離す気配はない。玲王も頷く。
でも、このままじゃ凛ちゃんは…。
「事故に関与する人物…凛くん、君がその欠けた記憶の可能性があるんだよ…。」
泣く立場なのは俺じゃない。
こんなにも胸が苦しくなるのは俺じゃない。
もっともっと辛くて受け入れられないはずなのになんで…なんでそんな顔をするの。
「潔と話してきます。大した怪我がなくて本当によかった。」
潔の父親の手をそっとはらうと凛ちゃんは俺たちを見向きもせずに歩き出した。
「凛ちゃん…」
ねぇ、凛ちゃん。
悲しいなら、苦しいなら、逃げ出したいなら。
せめて顔には出してよ。
「失礼します…お前の母さんは?」
「今は多分先生と話してる途中だと思いますけど。母さんに何か?」
「…だよな。」
「?」
病室の壁際のベットに上半身だけを起こして座る潔。
今目の前にいる潔世一は俺の好きだった潔世一なんだ。
俺を守ってくれた命の恩人であり俺の恋人。
「俺が誰だか分かるか。」
こうなる運命だったと言うなら、せめてこの現実を目の当たりにしたい。
「…君は…」
潔が何かを言いかけてやめた。
俯いたまま何も話さなくなる潔。
「言えない…俺は君にとってなんだったの?」
「事故のこと、聞いたのか…?」
「うん、トラックにぶつかったって事だけな。記憶がないことも聞いた。でも…その記憶が君なのかは分からない。」
安心したのか、それとも絶望したのか。
突然身体から力が抜けた。
「俺はお前の…あぁ、友達だよ。お前が守ってくれたんだ。ありがとう。」
正しい選択なんかなかったと思う。
正直に恋人だと言ってしまえばもう二度と思い出してくれることはないと思った。
「思い出せるように努力はするよ。だから、そんな顔しないでよ…」
潔の言葉にはっとした。
顔には出さないようになるべくいつものように行こうと思っていた。
なんで、なんで俺の顔が変だって分かる?
「疲れてんのかもな。最近仕事も忙しかったし、事故で色々あったから。」
「君が、そんなにも寂しそうな顔をするのは俺のせいなのか?」
潔が俺に両手を伸ばした。
引き込まれるようにしてその腕の中に飛び込む。
「ごめん、何も分からなくて。」
嬉しい気もした。余計に寂しくも感じた。
後悔だってした。正直に言えばよかったと。
下心で抱きしめる俺と友達として慰める潔に申し訳なくも感じた。
感じることは少なくはなかった。
「蜂楽、俺たちが思うほどあいつは弱くない。分かったろ?」
「だね…、でも…幸せな未来が想像できないんだ。凛ちゃんには笑っててほしいのに。 」
俺の一言に病室の扉の前で2人の様子を見ていた凪と玲王が黙り込む。
何も言えないのはその通りすぎるから?
凛ちゃんが、幸せになれる望む選択肢が用意されていないから?
なら、潔なんか諦めちゃえばいいのに。なんて口には出せなかった。
まだ弱い俺には覚悟が足りないから。
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