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3.君が好きだから。
「凛ちゃん、今電話が来て結婚式用のドレス制作をお願いしたいって。いける??」
「いける、デザインの要望合わせの日程だけ任せた。」
「…分かった!」
最近凛ちゃんは少しだけ穏やかになった。
仕事に対するモチベーションも上がった。
布を断ち切る動きが軽くなった。
考え込む表情が減った。
「ねぇ、凛ちゃん。」
「この前からなんだよ。んな顔すんな。」
「……ごめん。無理言って。」
「お前のお願いを聞いた訳じゃねぇ。元々考えてたんだよ。」
俺は今も昔も変わっている。
「めぐるくんとサッカーしても面白くないよ」
「じゃ、じゃあ他の遊び!鬼ごっこでも…」
「もういいよ。他の子と遊ぶ。」
幼少期から人に壁を作られる子だった。
前向きで強い母が俺の生きる全てだった。
サッカーに出会ってみんなを知った。
その中で出会った相棒と俺の憧れの人。
その2人が結ばれて幸せならなんでもよかった。
「凛ちゃん前よりサッカー楽しそうじゃない?潔との練習、楽しみなのかな笑」
「…だったら嬉しいなぁ…笑」
変わったのは凛ちゃんだけじゃなかった。
強い人たちの中に入って輝いてフィールドの全ての視線を集める潔世一。
俺なんかの才能じゃ追いつけもしなかった。
いつもどこかで潔に対する劣等感があった。
「お前は何の為にサッカーしてんだ。」
「俺は潔と怪物がいれば…」
「分かった。お前は1人じゃ点すら取れねぇ野郎だ。仲良しごっこがしたいなら消えろ。」
潔には優しいくせに俺には冷たい。
でもね、凛ちゃん。俺が憧れたのはサッカーが上手いからだけじゃないんだよ。
「…サッカーなんか…嫌いだ。」
「ならやめろって何回も言ったはずだ。」
誰もいないと思ってた廊下で凛ちゃんは通りすがってそう吐いた。
「俺もみんなと一緒に進みたい。こんな場所で潔の背中を押したくない。」
「…あ”?」
「…凛ちゃんも俺を気にかけてくれたからそう言ってくれたんでしょ。…どうでもいいなら無視すれば良かったのに…ッ」
立ち去ればよかった。
1人の人間がしゃがみ込んで吐いた弱音なんか一々拾う意味はなかった。
でも凛ちゃんは不器用に手を差し伸べる。
そんな糸師凛の優しさに…俺は…
「潔が忘れられないんでしょ。だから困ってる。違う?」
「まったくちげぇな。まず忘れる気はねぇ。それと、」
凛ちゃんは振り向いて俺の目を真っ直ぐに見つめた。
「潔の記憶が戻れば俺は迎えに行く。潔がこのままなら俺は思い出として終わらせる。それだけだろ。」
凛ちゃんの目は至って真剣なだった。
泣きも笑いも困りもせずにただ冷静にそう言い放った。
俺を安心させる為だろうか。いや、妄想が行きすぎているな。
あんなこと、言わなければ良かった。
“潔に無理して会わなくても…良いと思う”
“…そう、だな。お前が正しい”
「凛が来るから潔が苦しんでるんだ。」
「俺が苦しめてる??」
「何を吹き込んだから知らないけどさ、潔がお前を思い出そうとしてる。聞いたでしょ、事故のトラウマが強いって。糸師凛を思い出すって事はさ、事故の記憶を辿る事から始まる。 」
いつもはめんどくさそうに重い体を動かす凪が今日は強く立っていた。
気づいていた。ずっと昔に知った。
凪は潔が好きだったこと。俺を憎んでいたこと。
「潔から忘れられてほしい。潔を思うならすべき選択は分かってるでしょ。」
凪だって俺が嫌いだからという単純な理由でこんなことをお願いしてる訳ではないだろう。
頭を深々と下げてお願いする凪が目に焼きついて離れない。
俺が潔に思い出して欲しいという欲望をぶつけることは悲しませる人を増やす行為。
「…潔を、任せた。凪。」
あの時顔を上げた凪の顔を見れなかったのは、自分の弱さに気づきたくはなかったから。
蜂楽に言われなくてもこの決断はしなくてはならないことだったから。
もういいんだ。忘れられて互いに人生を歩むことが周りにとって幸せなこと。
潔。お前に出会えてよかった。
好きになれてよかった。
守れなくてごめん。弱くてごめん。
こんな俺が好きになってしまって。
「潔、元気でな。」
誰もいない廊下の突き当たりで呟く言葉。
この名前を呼ぶのも最後だと噛み締めた。