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冷静になって見ると部屋の中は散々なものだった。脱ぎ捨てられたワンピース、萎れたコサージュ、パールのネックレスはかろうじてチェストの上に置かれていたが床には千切れた婚姻届が散乱していた。この状況を目にした宗介はさぞ驚いたことだろう、明かりの下で見遣ると髪もスーツも雨で濡れズボンの裾には泥が跳ねていた。革靴もグショグショだ。
「探したんですよ」
「はい」
「羽柴の叔父さんの家にも行きました。無事だと連絡を入れて下さいませんか?」
「はい」
果林は携帯電話を取り出すとタップしてLINEメッセージを送信した。返って来たのは「迷惑を掛けない事!」「心配させるな!」とお叱りのメッセージだった。
「ごめんなさい」
「本当に・・・本当に心配しました」
果林は事の|顛末《てんまつ》を打ち明けた。宗介は「その娘には思い当たる節があるから親御さんに注意しておく」と腕組みをして鼻息を荒くした。
「ワインを掛けられたから嫌になったんですか?」
「それもありますがやっぱり自分に自信が持てなくて恥ずかしくなりました」
「茶道や華道が苦手だとしてもなんの問題もないじゃないですか。果林さんが習いたいと言うのであれば母に習えば良いですよ」
「えっ」
「母は草月流の師範ですから」
「そ、そうだったんですか」
果林は一気に力が抜けた。
「カクテルドレスやイブニングドレス、色留袖などは婚姻届を提出したら追い追い揃えようと思っていました。今回は父の思い付きで果林さんに恥ずかしい思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。」
「そんな揃えて頂いても着こなせないと思います」
「心配無用です。少しづつ慣れていきますよ」
「そういうものですか」
「はい、私だって若い頃はやんちゃしましたから」
「やんちゃ、ですか」
書類の奥から古めかしいアルバムを持ち出した宗介は「これです」と指差した。そこには髪をリーゼントに固め紫色の派手なスカジャンを着た宗介がVサインをしていた。
「隣にいるのは宇野です」
宇野は真紅のハイビスカス柄のアロハシャツに|鋲《びょう》の付いたGジャンを羽織っていた。
ぶっ!
果林は思わず吹き出してしまった。
「宗介さんにもこんな時代があったんですね」
「18歳か19歳の頃です。両親には心配を掛けました。それが今では副社長です。パティシエールが副社長夫人になる方が簡単だと思いませんか?」
「簡単かどうかは分かりませんが宗介さんの意外な過去を知ってなんだかどうでも良くなりました」
「人生、なんとでもなります」
「はい」
「私と人生を歩んで下さいませんか?」
「はい」
「もう破らないで下さいね」
「ごめんなさい」 果林がアルバムをめくり思い出に浸っていると宗介が「こちらに来て下さい」とリビングのソファで手招きをした。リビングテーブルには未記入の婚姻届が一枚広げられていた。
「これ、どうしたんですか?」
「書き損じの時に必要かと思い数枚頂いて来ました」
「用意周到ですね」
「はい」
宗介は5本のボールペンと四角と丸の朱肉を持って微笑んだ。
「私は油性ボールペンで書きます」
「私もこの万年筆は止めます、お揃いの油性ボールペンで書きますね」
「証人は父と母になって貰いましょう」
「はい!」
初めに宗介が書き込み次に果林が書き込んだ。果林が印鑑を捺す瞬間、宗介は感嘆の声を上げた。
「宗介さんは大袈裟ですね」
「2年間の片思いなんです、涙も出ますよ」
確かに、宗介の目は赤く充血し目尻に涙が浮かんでいた。
「39歳の男の人が泣くなんて変ですよ」
「今夜だけ泣かせて下さい」
「分かりました」
果林は宗介の後頭部を優しく撫で手を繋いだ。
静かな時間が流れ日付が変わろうとしていた。
「宗介さん」
宗介の指先が果林の髪にゆっくりと埋められ見つめ合いそっと唇を重ね合った。
「温かいですね」
「温かいです」
宗介が唇を大きく塞ぐと果林の舌がその中へと忍び込んだ。絡まり合う舌先、何度も何度も飽きる事なくそれは続いた。どちらかともなく背中に腕が周りソファに崩れ落ちた。宗介は濡れた髪を掻き上げ「シャワーを浴びて来ます」床に膝をついた。果林の腕はそれを制し「私も一緒に入ります」そう言ってルームウェアを脱いだ。
「・・・・っ」
打ち付けるシャワーの中で2人は絡み合った。ボディソープの泡がぬるぬると果林の胸の谷間を流れ、それは宗介の下半身へと伝い落ちた。指先が互いを確かめ合う。言葉は無く激しい吐息がバスルームに響いた。
「果林さん、もう出ましょう。倒れそうです」
ミネラルウォーターを飲み干した果林と宗介はそのままキングサイズのベッドに倒れ込んだ。ほのかなシダーウッドの香が果林を包み込む。それだけでもう身体の芯が熱をもって宗介を|強請《ねだ》った。
「宗介さんっ」
果林の胸に口付けの雨が降る。
「なんですか」
「今日は着けないで」
「え」
「着けないで」
「良いんですか?」
果林が小さくうなずくと宗介はその身体を組み敷いた。
「ああつっ」
宗介は果林の手のひらを頬につけると指を一本、また一本と丁寧に舐めあげた。その目は|猛禽類《もうきんるい》のように鋭かった。
「やだ、そんな目で見ないで」
「駄目です、果林さんの顔が見たい」
ただ指をしゃぶられているだけなのに電流が腕を伝い|尾骶骨《びていこつ》を震わせた。それは|執拗《しつよう》に続き、気が付けば胸の突起をいじられていた。
「あっ」
|嬌声《きょうせい》が漏れると宗介はその場所に狙いを定めて離さない。首筋を舐めた舌先は小刻みに震えながら脇の下で円を描き脇腹を伝い降りた。
「そ、宗介さん」
「なんですか?」
「くすぐったい」
「じゃあこれはどうですか?」
それは突然の痛み、驚いて見遣ると猫が甘噛みをするように宗介の歯が果林を貪っていた。
「や、やだ」
「嘘ですね、喜んでいますよ」
果林の両脚は痙攣したように小刻みに震え、指先が大きく開いている。
「あぁ、忘れていました」
おもむろに果林の足首を握った宗介は足の指の間に舌を差し込んだ。前後する舌の動きに果林の身体はのけ反った。
「ああっ」
「こんな場所で感じるなんて、果林さんはいやらしいですね」
しっとりと落ち着いた言葉で責められる行為に果林は|翻弄《ほんろう》され、気が付けば宗介の身体は果林に覆い被さっていた。愛おしい人の重みを果林が抱きしめると宗介の指先は果林の中へと溶け込んだ。
「・・・・・!」
「ゆっくり動かしますね」
果林がうなずくとそれは味わうように前後した。指先の動きにあわせて中が呼吸し、宗介はその感触に興奮を覚えた。
「挿れますね、本当に着けなくても大丈夫なんですか?」
「赤ちゃんが欲しい」
「分かりました」
「宗介さんと私の赤ちゃんが欲しいの」
「はい」
宗介は果林の腰を両手でつかむと自身へと引き寄せた。
「・・・・・っ」
ゆっくりとめり込むその温もりに果林は身悶え、自然と脚が開いた。宗介は壊れ物を扱うように前後し、うねる快感に酔いしれた。
「ちょっと動きますね、痛かったら言って下さい」
「良いの」
「・・・え?」
「痛くても良いの、止めないで」
果林は薄っすらと目を開けると宗介に|懇願《こんがん》するように呟いた。その言葉に宗介の腰の動きは力強く速さを増し、果林の小ぶりな胸が上下した。
「果林さん、好きです」
「・・・・は、い」
「愛しています」
「は、はい」
「果林、愛してるっ」
「・・・・・・っ!」
名前を呼び捨てられた果林は足の指先から身体の中心へとアルコールが染み渡るような感覚に捉われた。頭に白く|靄《もや》がかかり全身から力が抜けた。
「んっ!」
自身を強く吸い上げられた宗介は強烈な快感を味わった後、全てを果林の中へと注ぎ込んだ。