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無風になにかあると聞いて色々探ってみたが、これといったものは見つからなかった。

いつものように早朝から蒼翠の世話で動き回り、昼を過ぎれば仙人との修行に出かけ、夕刻前に帰ってくると再び蒼翠の世話に戻る、といった一日だ。ただ、その中でもいつもと少し違っていたのは、少しだけ顔が青いことと笑顔が少なくなったこと。しかしこれに関しては今の状況を考えると仕方のない話だろう。



討伐の日から、無風とはほとんど口を聞いていない。

あの日、妖を倒し戻ってきた無風に蒼翠がまずしたのは頬に平手を打つことだった。


『俺は! お前のこと褒めないからな!』


それだけ言うのが精一杯だった。多分、あれ以上言葉を続けていたら号泣しながら怒るという無様な姿になってたから、それだけ言って蒼翠は無風に背を向けた。それ以来、二人の間には高い壁が聳え立ち、どちらもが歩み寄れない状態になってしまった。

きっと無風は初めてのことに戸惑っているだろう。

こういう場合どうするべきか。と、ドラマの記憶を手繰り寄せてはみたが、本物の蒼翠は失敗=死が基本なのでなんの参考にもならない。



――でも仙人が言うってことは何かしらはあるはずだから、もっと探ってみるか。



そう考えて観察を続けた結果、ようやく無風の秘密を見つけたのは深夜にはいってのことだった。

それは一日の仕事を終え、蒼翠が寝台に就いた後のこと。無風が自室に戻るまでは一応見届けておこうと、術で気配を消して後を追おうとした蒼翠が見たのは。


「え……?」



蒼翠の部屋のすぐ外で地に両膝を着き、跪拝(きはい)する姿だった。



――もしかして、仙人が言ってたのはこれのことか?



しかし蒼翠が知っている跪拝とは少し違う。無風はあの日から変わらず普段どおりの生活を続けているので、ドラマのように主人の許しがでるまで一昼夜ずっと、というわけではない

ならこれは今夜だけのものかとも考えたが、生真面目な無風がそんな中途半端なことをするはずがない。ということは。



――まさか、あれから毎晩跪拝してるのか?



妖討伐からすでに五日経っている。もし毎晩こうして跪拝しながら通常の職務と修行をこなしていたとすれば、かなりの身体負担になっているだろう。驚きと心配を浮かべながら少しだけ観察を続けてみたが、やはり無風はその場から微動だたりともしなかった。

無風の謝罪が何に対するものかなんて考えなくても分かる。



――ただでさえ分刻みの毎日だっていうのに、こんなことで睡眠を削るなんて……。



霊力が高い者なら数日不休でも死ぬことはないが、疲労は当たり前に溜まる。こんな生活が続けば、いくら無風でもいつかは体調を崩すのは必至。無風のことはまだ許せていないが、こんな状態をいつまでも看過しておくわけにはいかない。蒼翠は目を閉じ、呆れを含む短い息をハッと吐くと徐に部屋の扉に手をかけた。



「俺が許すまでずっとそうやってるつもりか?」

「そ、蒼翠様……」



蒼翠の突然の登場に無風は驚きを浮かべたが、すぐに目を伏せ深く頭を下げて見せた。その姿に蒼翠が呆れながら口を開く。


「お前は俺がどうして怒っているのか分かっているのか?」



無風とは十数年共に暮らしてきたからこそ分かる。こうして真摯に頭を下げてはいるものの、無風の謝意は蒼翠が思うものとまったく別のものに向かっていると。だから蒼翠は呆れているのだ。



「私が命令に背いたからです」

「だったらあの時、身勝手に妖の下へ行ったこと悔いているか?」



蒼翠の問いかけに、無風は無言だった。

これが答えだ。



「悔いていないなら、どうして跪拝なんてする? 意味がないだろ」

「私が悔いているのは、蒼翠様にご不安な思いをさせてしまったことに対してです」

「つまり、命に従わなかったことを反省するつもりはないと?」

「…………もし」


無風はわずかの間、逡巡したかのように言葉を止めたが、すぐに引き結んだ唇を開いた。



「もし今後あの時と同じ状況になっても、私は蒼翠様をお守りするためなら同じ選択をするでしょう」



無風が譲れない絶対条件は、蒼翠の命。



「俺はそんなことお前に求めていない」

「そうであったとしても、私が耐えられないのです。もし蒼翠様に何かあったら、私は生きていけませんから」

「なっ……」



当然のごとく言い切った無風を見て湧きあがったのは、嬉しさなどではなく苛立ちだった。



――そう思うんだったら、どうして気づかないんだよ!



二人は主従であり師弟でもあるが、気持ちは決して一方通行ではない。ずっとそう思って共に暮らしてきたのに、無風には伝わっていなかったことが悔しくて、蒼翠はグッと拳を握りしめる。

堪えていないと泣いてしまいそうだった。



「……お前は大馬鹿者だ」

「蒼翠様……?」

「俺の命が大切? いなくなったら生きていけない? 平気な顔でそんなこと言うくせに、なんで俺が怒っているのかまだ分からないのか?」

「それ……は……」



蒼翠のことならなんでも、時には本人よりも知り尽くしているのに、どうして自分が関わることになるとこんなにも鈍くなるのか。



「俺があの時、妖の下へ向かうお前の背中をどんな気持ちで見ていたと思う? お前を失うかもしれない……もう二度と言葉を交わせないかもしれない……それなのに俺はお前を助けるどころか動くこともできないで……っ……」



言葉にしているうちにあの日の光景が頭に蘇り、恐怖に息が詰まる。

ああ、だめだ。まただ。蒼翠は自分に何が起こっているのかすぐに気づくと、反射的に胸を押さえ壁に寄りかかった。

あの討伐の日から、このことを思い出すと不安で呼吸が乱れるようになった。



「っ……くっ……」

「蒼翠様? どうされたのですか?」



吸い込んだ息がうまく吐き出せずにいると、蒼翠の異変に気づいた無風が驚きの声を上げて立ち上がろうとする。

しかし、それを蒼翠は止めた。



「動くなっ……」

「え……?」

「お前の……助けは……っ、要らない……」

「ですがっ」



過呼吸に苦しみながらも、蒼翠は助けの手を拒む。するとその瞬間に無風はハッと何かに気づき、綺麗な顔をぐしゃっと苦悶に崩した。



「蒼翠様……申し訳ありません……私が間違っていました……」



無風は地面に額が着くほどに頭を下げ、謝罪を口にする。



「私の過ちは、私の行動によって蒼翠様がどれほど苦しまれるかを考えなかったことです」



ようやく答えに辿り着いた無風の言葉を、蒼翠は荒い息の中でゆっくりと噛み締める。

ああ、やっと気づいてくれた。



「蒼翠様も今の私のように、私に何かあったらと心配してくださったんですね……」

「あたり……まえ、だろ……っ」



子どもの頃に拾ってから一緒に暮らしてきた無風は、もうただの従者でも弟子でもない。何よりも失いたくない、大切な家族なのだ。



「本当に申し訳ありませんでした。今後はこのような……蒼翠様を不安にさせるようなことは絶対にしません」

「絶対……に?」

「はい。もし先日のようなことがあった時は、必ず蒼翠様にご相談します」



無風は約束を守る男。きっと今口にしたことは、何があっても違えることはしないだろう。そこは信じることができる。



――そろそろ許してやる頃か……。



顔を上げてこちらを見る無風の顔は、真っ青を通りこして血の気を失っている。それほどまでに心配をかけてしまっているのに、これ以上話を引き伸ばしたら自分も無風と同じ過ちを犯すことになる。それは本意ではない。



「許すのは……今回だけ……だからな」



多少は軽減したもののまだ苦しい息が続く中、蒼翠がゆっくり手を伸ばすと、無風は「はいっ!」と言って立ち上がった。

伸ばした手を掬われ、そのまましっかりとした体躯に抱き上げられる。

「少しだけ我慢してください。寝台までお連れします」



蒼翠だって平均的な上背があるのにもかかわらず、綿を運ぶように軽々と横抱きで運ばれ、蒼翠は寝台へと連れていかれる。



「横になる前に、まず呼吸を落ち着かせましょう」



二人で寝台に腰を下ろすと、今度は無風に柔らかく抱きしめられた。そのまま凭れかかると、触れている場所から伝わってくる体温と、無風の鼓動の音がこわばっていた気持ちを穏やかにしてくれる。



「ゆっくり息を吐き出してください」



背中を優しく撫でられる中、蒼翠は言われたとおりに息を吐き出す。と、繰り返していくうちにだんだん呼吸が楽になり、不安だった気持ちも少しずつ晴れはじめた。多分、これで過呼吸は治ってくれるだろう。

蒼翠は届く鼓動に耳を傾けながら、ふと無風の足に目を向けた。



――足、やっぱ痛いよな……。



連夜、長時間の跪拝を続けていたとなれば、膝にかなりの負担がかかっているはず。きっと下衣の下は赤く腫れているか内出血していることだろう。

蒼翠は無言のまま手を伸ばし、無風の膝を柔らかく撫でた。



「っ……蒼翠様?」

「膝、痛いだろ」

「い、いえ、これぐらいは平気です」

「だとしても、お前の身体に傷は残したくない」



これは無風が未来の聖君だからとかではなく、本心として大切な人に痛い思いをして欲しくないから。蒼翠は掌に霊力を集中させ、回復術を発動させる。早く治れ、早く治れ、と願いながら。



「……蒼翠様は本当にお優しいですね」



蒼翠の背と肩を支え抱く力がわずかに強くなり、鼓動が近くなる。



「だから私は――――」

「ん? 何か言ったか?」



術に集中していたため言葉を聞き逃してしまった蒼翠が頭を上げる。しかし無風は淡く笑い返すだけで、それ以上は何も言わなかった。



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