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「なぁ無風、お前ってサンザシ飴とか作れないか?」
実は無風は料理がかなり巧い。手先が器用なだけでなく味覚や料理のセンスが長けているからか、どんなものでも要望を伝えるだけでササッと簡単に作ってしまう。しかもそれが好みぴったりの味であるゆえ、屋敷の料理人が肩身の狭い思いをするほどだ。
「食材さえあれば作れますよ」
「じゃあ、これから俺が食べたくなったら、コレ作ってくれるか?」
「勿論いつだってお作りします。ただ……一つだけお願いがあるのですが、聞いていただけますか?」
「願い? なんだ、もっと小遣いが欲しいのか?」
無風が願いごとを口にするなんて、珍しい。
「いえ、お給金ではなく、その……サンザシ飴を食べるのは、私が傍に控えている時だけにしてくださいませんか?」
「ん? お前がいる時だけ?」
「はい。特に最近頻繁にいらっしゃる炎禍(えんか)殿下がご滞在の時は、絶対に食されないようお願いします」
「なんだその独特な願いは。……まぁ殿下がいる時に何か食べようとは思わないから大丈夫だが」
蒼翠にとって兄であり邪界の皇太子でもある炎禍は、卑劣な性格をしているため特に注意が必要な人物。顔を合わせるだけでも警戒必須の相手の前で、飲食なんて危険すぎる。言われなくても気をつけるつもりだ。
しかし、だからと完全に安全かといえばそうではない。なぜなら。
「だが殿下はなぁ……」
「蒼翠様?」
「いや、お前も知ってるとは思うが、殿下は神出鬼没だろう?」
ここ数年、どうしてか炎禍がよく訪ねてくるようになった。別段、急務があるとかではない。何もないのに屋敷に来ては「私自ら弟の様子を見に来てやった。嬉しいだろう」だの「支配地より献上された豪華な贈り物を分けてやろう。ありがたく思え」だのと、感謝の押し売りばかりしてくるのだ。まったくもって意味がわからない。
蒼翠としては正直お近づきになりたくないので、角が立たないようやんわり断っているのだが、それでも来訪回数はまったく減らない。
「確かにそうですが……。────分かりました、では屋敷周辺に貼っている結界をさらに強固なものにしておきます。そうすれば殿下が来られても、すぐに気づけるようになると思うので」
「それがいいかもな。だが、なんだ? そこまで警戒するってことは、お前も実は殿下が苦手か?」
「そんなこと……皇太子殿下相手に畏れ多いことです」
「大丈夫だ、ここには俺とお前と白龍族の者しかいない」
将来の邪君の悪口は当然不敬にあたるが、聞いて告げ口する人間さえいなければ、怖くもない。そういって笑ってやると、無風の表情がわずかに和らいだ。
「……若干」
「ハハッ、俺もだ。仲間だな」
師と弟子ではなく、友人同士のような共通認識ができたことがなんだか嬉しくて、自然と笑みが溢れてしまう。
「正直に言った褒美に、お前の願いごとはちゃんと叶えてやる。だから最高のサンザシ飴を頼んだぞ」
「はい、かしこまりました」
どの店よりも美味しいものを作りますと頷く無風に、蒼翠は楽しみだと再び飴を頬張る。
その時だった。
露店が並ぶ表通りの脇から突然女性の悲鳴が聞こえ、二人はハッと振り返る。
「ん? なんだ?」
「何か事件でもあったのでしょうか……」
警戒しつつ、声の方向を見る。
その視線の先にいたのは────。
「……無風、助けに行ってやれ」
「ですが、蒼翠様は……」
「俺はそこら辺で座って待っている。後は頼んだぞ」
手短に指示を出し、蒼翠はそのまま背を向ける。すると無風は最初こそ戸惑いを見せたものの、すぐに蒼翠の命を遂行するために駆け出した。
遠ざかっていく足音を聞きながら、蒼翠は静かに天を見上げた。
──さすが、ドラマの展開どおりだな。
あの声の主は隣陽(りんよう)だ。
画面越しに何度も聞いているから、間違いない。それに遠目で見ても彼女だと確信もできた。
この町に着いた時はあまりの人の多さに隣陽を見つけられずに終わるのではと思ったが、どうやら杞憂だったようだ。
これで無風は予定どおり隣陽と出会った。あとは自然と惹かれ合い恋人同士になった二人を、影から守ってやれば悲しい未来は訪れないはず。
──俺が蒼翠であるうちは、絶対に無風に辛い思いをさせない。
それが自分の使命だと改めて決意を固め、蒼翠は二人の邪魔にならないよう大通りから外れた住居区域へと足を向けた。
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