「これはどういう事だ?山の巨人族共はどこに消え失せた」
先程まで圧倒的な力で最強の山の巨人族を蹂躙し、強者の余裕を誇っていたラウナークの顔貌に動揺の色が浮かんだ。
「弟達よ、探せ、探し出すのだ。何としても父上を、我らが王を完全なる状態で降臨させる為に必要な指輪を所持する巨人を探すのだ」
山の巨人族と戦い、さらに大地震をまともに喰らってムスペルの騎兵は激減し、残りは三十騎程になっていた。
その全てが傷を負い、流石に気力が萎えているように見えたが、姉であり司令官であるラウナークの叱咤を受けて再び活力を取り戻したようである。
「燃やせ、燃やし尽くすのだ。木々を山々を、大地を。そうすれば小賢しくも身を隠した奴らがたまらず飛び出てくるはずだ。弟達よ、火を、炎を放て。この醜い世界をお前たちの力で清めよ」
ラウナークの猛々しくも清冽な気に満ちた声に打たれ、ムスペルの騎兵の瞳に炎が噴きあがった。
真紅の一角獣も主の破壊の意志に感応し、傷ついた四肢を猛烈な勢いで動かす。
ムスペルの騎兵の生き残りは四方に散開し、縦横に疾駆しながら炎の剣を振るい、紅蓮の砲弾を飛ばしてヨトゥンヘイムの豊穣な大地を焦熱地獄に造り変えていった。
一方、ラウナークは弟達を駆り立てながら己自身はその場を動かずに瞑目している。おそらく感覚を研ぎ澄まし、山の巨人族の潜んでいる場所を探っているのだろう。
「奴らめ、地中を移動しているのか・・・・?」
ラウナークの超感覚が巨人達がヨトゥンヘイムの大地の下に潜み、何処かに向かっているのを捉えたようである。
「小賢しい奴ら共め、どういうつもりか知らんが・・・・。この私から逃げられるとおもうのか?地虫の如く地中を這いずり回るなどと恥知らずな真似をする輩共に相応しい惨めな死にざまを与えてくれよう」
ラウナークは蹄を高々と上げ、余裕の笑みを浮かべながら闊歩し始めた。
「ブリュンヒルデ、皆、無事か・・・・」
大地震を受けてもほとんど傷を受けることがなかった重成が仲間の無事を確認した。
「ええ、何とか・・・・」
ブリュンヒルデもかすり傷程度で無事のようである。だが流石に大地震の衝撃と事態の変化に付いて行けず、精神的には相当参っているようである。
他の面々もさしたる傷は負っていないらしい。山の巨人族は重成達のいる場所には岩が降ったり、大地に割れ目が生じたりしないよう、力を制限してくれたのだろう。
「・・・・」
重成は呆然となった。この状況で自分たちはどのように動けばよいのか思案したが、答えは出そうにもない。
そんな重成の鼓膜にかすかな声が響いた。
「小さき者達よ・・・・」
「長?」
重成だけではない。他のエインフェリアとワルキューレにも声は届いたようである。
「御無事か?今、貴殿たちはどこに・・・・」
「うむ。今わしらは大地の中に潜みながら、少しずつ移動しておる・・・・」
「移動?何処へ?」
「スキーズブラズニル・・・・」
「何ですって?」
突然全く耳にしたことの無い言葉が出たので、エインフェリアとワルキューレは面食らった。
「覚えておるだろう?孫達はこのヨトゥンヘイムに眠る船を復活させて、他の星々に渡るつもりであったと・・・・」
重成達は合点がいった。
「成程。その船に乗ってヨトゥンヘイムから去るのですね。仕方ないやも知れませぬ・・・・」
「いや、去ることなどあり得ぬ」
長は決然として言った。
「我々がこのヨトゥンヘイムの大地を捨てる訳が無かろう。あのような汚らわしい奴ら共に同胞を殺され、大地を汚されたままおめおめと尻尾を巻いて逃げるなどと、あり得ぬ・・・・!」
この場にいないはずの長の、グラールの、イズガの深甚な怒りと闘志が伝わって来るようであった。
「ならば、どうするのですか?」
「スキーズブラズニルを復活させ、その力で炎の巨人共を殲滅する・・・・!」
「・・・・そんなことが出来るのですか?」
穏やかで思慮深い人柄であるはずの長の怒りと殺意に圧倒されながらも、重成は疑問を呈せずにはいられなかった。
ほぼ壊滅状態にあるムスペルの騎兵の残党はともかく、あの強大な四姉妹の次女を倒す手立てなどあるのだろうか。
「出来るはず・・・・。いや、やらねばならぬ。一族の仇を討つ為、この美しきヨトゥンヘイムの大地を守る為、何としても奴らを滅ぼされねばならぬのだ・・・・!」
「・・・・」
「だがあの半馬の巨人め、早くもわしらが地中にいるのを捉えおった。このままでは、スキーズブラズニルの元までたどり着くことすら叶わぬやも知れぬ・・・・」
「・・・・」
「そこでじゃ。無理を承知で頼みたい。我らがスキーズブラズニルを復活させるまで、お主達で何とかあの半馬の巨人を足止めしてくれぬか?」
「私たちで、あの巨人を・・・・」
重成がその秀麗な顔貌にはっきりとためらいの色を浮かべた。これまでどのような圧倒的な敵を前にしても戦うことに迷いや恐れを抱いたことの無い重成であったが、この時ばかりは流石に別であった。
あのような圧倒的な巨大な肉体と破壊の力を有する敵にどのように戦えばいいのか、まるで見当がつかなかった。
これまでの人生で骨身を削りながら鍛錬して身に着けた武技も、あの巨体相手ではまるで意味を成さないだろう。
「お主達の小さな体であの巨大な化物と戦うのは至難の業であること重々承知しておる。だが、時間を稼ぐだけで良いのだ。お主達は己の身を守ることを優先しながら、何とか奴を足止めしてくれ」
「・・・・」
「頼む・・・・!」
長の顔は見えないが、必死の形相を浮かべているであろうことは容易に想像できた。一族同胞の仇を討つ為、愛する郷土を守りたい為という山の巨人族の切なる願いを何とかして叶えてあげたいと思ったのは、重成一人ではないだろう。
重成は指揮官であるブリュンヒルデの表情を確認した。彼女は先程まではやや弱気になっていたように思えたが、今は長の懇願を聞き、覚悟が定まったようである。
ブリュンヒルデはその双眸に深い光を湛えながら重成をじっと見つめ、力強くうなづいた。
「分かりました。私たちの力でどこまであの巨人を足止めできるかは分かりませんが・・・・。持てる力を尽くしましょう」
重成は迷いの無い声で長に答えた。