コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
結局その日、潤伊くんは早退した。理由は体調不良らしいけど、保健室での、あの表情を見たらただの体調不良ではないと思う。それは、誰がどうみても元気な人のする顔だったから。なんで保健室にいたのか、潤伊くんに昔何があったのか。私は何も知らない。それどころか、知る権利も義務もない。そんな状況が悲しく、とても辛かった。
ブブッ
通知のバイブでポケットからスマホを出すと、潤伊くんからのメールだった。
【できたらでいいんだけど、今日の授業のノート写真に撮って送ってくれない?】
勉強するつもりなのか、一応の評価を取っておくためなのかわからないけれど、その文面からは学校を拒否しているとは思えなかった。私はいいよ、とだけ返信してノートの写真を送る。そして、一言。
【体調大丈夫?】
すぐに返信が来ると思っていた。大丈夫だよとか、明日学校行けないかもとか、マイナスなことでもプラスなことでもいいから何か返事が来て欲しいと。でも、そのメールが続くことはなかった。
「鈴香〜起きなさーい」
目覚ましがわりと言わんばかりのお母さんの声が聞こえた。いつの間にか寝落ちしていたらしく、写真を撮るために広げたノートだけが机の上に散らばっており、制服もハンガーにはかかっているものの、その姿は綺麗とは程遠かった。
下に降りると、美味しそうな目玉焼きの匂いと味噌汁の匂いが頬をかすめる。その匂いに空腹度が上がり、用意された朝ご飯を一瞬で食べ尽くす。いつもなら上がっていくはずの気分は、今日はおかしいぐらいに上がらない。多分、潤伊くんのことでそんな気になれないのだろう。
いつも通り顔を洗って髪をクシで解いて少ししわのついた制服を着てバッグを持つ。ドアを開けると眩しい日光が差してきて思わず目を細めてしまう。行ってきまーすと、いつもより小さい声で言った後に足を前に進める。いつも通りの朝。だけどいつも通りじゃない。
歩き進めていると、小柄な男子高校生を見つけた。声をかけようとした瞬間、すぐに止めてまた歩き始める。その高校生は、潤伊くんとは全くの別人だったから。
バカみたい。変に心配してたけど、潤伊くんのことは私には何の関係もない。関わる必要性もない。
変な羞恥心をなぜか怒りに変えて自分にぶつける。
20分程度歩いていると、校舎が見えてきた。私と同じ制服を着ている人も、潤伊くんと同じ制服を着ている人も多くなってくる。
「スズちゃんみーっけた!」
後ろから走ってきた澪ちゃんに抱きつかれる。それまでぼーっとしていた頭がそれにより一気に冴えていく。
「おはよ!」
「おはよ、美桜ちゃん」
美桜ちゃんの顔を見てほっとする。昨日は変に重い雰囲気にしてしまったからどう接しようか少し悩んでいると、美桜ちゃんはいつも通り話しかけてくる。
「噂なんだけど、社会の佐々木いるでしょ?」
「うん。佐々木先生がどうしたの?」
唐突な佐々木先生に話が読めず首を傾げる。
噂という言葉は基本的に好きじゃない。らしいとか曖昧な情報は大体が間違っているから。だから、美桜ちゃんがこれから話すことも私は信じないだろう。
「佐々木、風邪らしいよ」
「え?でも今日社会あるよね」
「そういうこと。社会が自習になるかも〜!」
美桜ちゃんは嬉しさを隠しきれないという様子で両腕を勢いよくあげる。肩にかけていたバッグが反動でこっちに飛んできた。それをギリギリで交わして、美桜ちゃんとすごくね今の!と笑い合う。
今日の5時間目が社会の地理だったはず。もしその情報があっているとしたら本当に自習になるかもしれない。
教室に入ると、昨日は空だった席に潤伊くんが座っていた。それを見つけて私は息をつく。すると、美桜ちゃんがニマニマと私の顔を見ていた。
「…え、なに?なんか顔についてる?」
さっきまでは何もなかったはずだが、一応顔を触ってみる。特に何もない。
「青春ですなぁ〜」
美桜ちゃんの言っていることがいまいちわからず、そのままにする。席に着くと、潤伊くんが話しかけてくる。
「昨日、ノートありがとね。助かった」
スマホを指さして言う潤伊くんの姿が可愛らしくて、少し思考が停止する。ハッとなりすぐに反応する。
「どういたしまして〜。そういえば、体調大丈夫ってメールしたんだけど」
遠慮がちに聞いてみる。何が地雷なのか、何が聞いたらいけないことなのかをちょっとずつ散策していく。
すると潤伊くんはすぐにメールを見て確認する。その後すぐに、気づかなかったぁと表情を崩す。いつも通りの潤伊くんだ。
「ごめんね、ノート写すのに必死で…」
理由を聞いてさらにホッとする。聞いたらいけないことだったとかではないようだ。
荷物を片付けながら、いつも通りの世間話になる。昨日のはきっと、考えすぎていたんだ。そう思い込むことにした。
先生が入ってきてHRが始まる。1つの連絡から、一気にクラスが騒がしくなった。
朝、美桜ちゃんが言っていた、佐々木先生の体調不良が当たった。5時間目が自習になり、みんなは歓喜の声をあげる。
その日のやる気がみんな上がっていった瞬間だ。
昼休みが終わり、5時間目がやってくる。一応と言わんばかりの社会のプリントだけがみんなの机の上にある。それも、たったの一枚。それをすぐに解き始める人や一瞬で机の中に入れる人で分かれた。数分経ってから尿意に襲われ、私はトイレに向かった。
トイレから出ると、廊下は教室とは比べ物にならないくらい静まり返っており、その静けさは、少しの恐怖を煽ってくるほどだった。ふと窓を見ると、屋上に見覚えのある紫がかった髪がなびいていた。すぐにその主がわかり、いつの間にか私は走っていた。想像したくもない未来が何度も何度も頭をよぎる。すぐに上がった息を整えながら、勢いよくドアを開ける。すると、涼しい風が全身を通った。
ドアは完全に開ききって、壁に当たり大きな音を立てる。その音に驚いた、フェンスの向こう側にいる人は私を見た。
「そんなところで何してるの…?潤伊くん!!」