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色の無い世界で、死んだ様に生きている。
「……太宰さんがそんな人だなんて、思いませんでした」
君が私の、何を知っていると云うんだい?
「幾ら唐変木の貴様でも、此れは遣り過ぎだろう」
其処迄思うのなら、突き放せば良いのに。
「太宰、さん……何故、此の様な事を!貴方程の御方が、何故!」
私は君にそう思われる程、良く出来たものではないのだよ。
「太宰君。君には失望した」
貴方からの期待なんて、此方から願い下げです。
「お前なんか、友人では無い。俺の夢を返せ」
………そうだね。若し織田作が私に云うなら、屹度其れだろう。
私が君を、守れなかったのだから。
「……太宰」
………嗚呼、乱歩さん。
貴方は私に、どんな罵倒をするんですか。
「………お前は本当に、莫迦だよ。救いようが無い莫迦だ。」
______。
………そんな事、とうの昔に、知っている。
「……、……亦、此の夢…か…」
幾度と無く見た夢。
“彼”が死んでから、ずっと此の夢を見ている。
少許痛む頭を抑え、窓を見る。
薬瓶やカッターの散乱する部屋を、燦々と日光が照らしている。
「……探偵社、行かないと」
そう思い、立った瞬間に襲う吐き気。
胃の底から這い上がってくる様な不快感、喉元に迫り上がる胃酸の不味さに耐えつつ、探偵社へ行く用意をする。
しゅる、と音を靡かせて寝間着の襟衣を脱ぐ。
探偵社用の襟衣に着替える。
ばさっ、とベストを着る。
ぱち、と首元にループタイを付ける。
蝶が舞うかの様に、裾を翻して何時もの外套を身に纏う。
胸ポケットに道具を入れ、周囲からは見えないことを確認する。
そして最後に、部屋に唯一残っている鏡に向かって微笑む。
亀裂が入っている鏡に映る笑顔を確かめて、何度か頬を弄る。
「……よし、完璧」
何時も通り。
普段と変わらない笑みで有ることを確りと確認し浴室へ向かう。
浴室に備え付けであるシャワーの口を捻り、其れを頭から浴びる。
現在は真冬だが、シャワーから流れる水は驚く位常温だった。
本当に水を浴びているのかが不安になる程に。
……今日は如何だけ怒られるだろうか。
国木田君は般若の様な顔で怒る。
敦君は其れを遠目から見ている。
谷崎君は国木田君の事を宥める。
奥で与謝野女医が呆れて聞いていて、賢治君を買い出しに誘う。
鏡花ちゃんは今日は依頼が有ったから、今頃は探偵社に居ない。
乱歩さんは自分の机で、駄菓子を食べ乍此方を見て笑う。
いとも容易く想像できてしまう己の頭に嫌悪感を覚えて、シャワーを止める。
此位迄したら、入水だと皆思う筈だ。
そうすれば、何時もの“太宰治”の出来上がり。
浴室から出て、玄関へと向かう。
髪や外套から水が滴って床に落ちるが、特段困ることは無い。
元々汚い此の部屋だ、今更水滴1つ零れた所で如何もしない。
玄関へと辿り着き、何時もの革靴を履く。
ざらりとした布の感触が、迚も気持ち悪かった。
扉を開ける。
真冬の風が吹き、私に滴っている水滴を遥か彼方へと飛ばした。
外は、風の強さにそぐわず太陽が顔を出している。
寝起きには迚も眩しく、思わず顔を顰めた。
___光と云うのは、矢張り眩しいものだ。
そんな事を凍った思考の片隅で考え乍、金属製の階段を降りる。
1段、1段と降りる度に靴の端から錆が跳ねて、外套を揺らす風に乗って消えていった。
砂利の地面に脚が付き、己の白い息が目に入る。
「……そっか。今、“寒い”のか」
悴んで微かに朱が差している指先を見て、ぼぅっとそう考える。
「………色覚、味覚、嗅覚。その次は温度感覚……ね」
“彼”が死んで、1週間。
私の躰から、感覚……五感とも呼べる物が、どんどん消えている。
“彼”が死んで直ぐ、色覚が消えた。
色が、私の瞳に映る世界から無くなった。
“彼”が死んでから1日目、味覚が消えた。
何を食べても味がせず、無機物を食べている様な感覚だった。
“彼”が死んでから4日目、嗅覚が消えた。
料理をしても掃除をしても匂いはせず、海に居るかの様だった。
そんな日々を過ごし、遂に今日。
温度感覚が無くなった。
全く寒さを感じない。
人間に備わっている一般的な条件反射、医療的な観点等から考えて、今は寒いのだろう…と判断するしか無い。
恐らく凍えているであろう、自身の腕を軽く擦る。
時間は昼過ぎ。
探偵社へと急いだ。
「グッドモーニング!私の登場だよ!」
何時も通り、扉を開いてにこりと微笑む。
かつ、かつ、と革靴の音を響かせ乍国木田君の元へと歩く。
何故って?
___“太宰治”なら、そうするから。
「やぁ、国木田君!聞いて呉れ給え、私今朝入水してきたのだよ」
……喜怒哀楽は、激しく。
身振り手振りも付けて。
声のトーンはコロコロと変えて。
感情は、多少オーバーに表現する。
有りもしない物語を、まるで本当かの様に語る。
元有った事実を誇張して、嘘を重ねて、騙して、“自分”を做る。
“太宰治”はそういう人間だ。
「矢張り真冬の川は少し寒くてね、流石の私でも凍えて仕舞った!その後には亜麻色の髪の美女を見付けて、声を掛けたのだよ。そうしたら」
社の空気を震わせる音を出して、国木田君は椅子から立ち上がる。
私は、其の様子に吃驚した様な顔をする。
「……如何したんだい、国木田君。私の話に、そんなに惹かれたのかい?」
こう云えば、国木田君なら、屹度。
「そんな訳が無いだろう!貴様の其の態度に軽蔑しているんだ!」
矢っ張り。
想像した通りの回答が帰って来る。
単純。否、純粋と云った方が良いだろうか。
国木田君は探偵社の中で、敦君と同じ位に純粋だ。
己の信じる正義に心酔し、心の儘に突き進み、それを心の底から恥だと思わない。
典型的な一般人。
「何故……何故相棒を殺してそんなにも笑っていられる!何年間も共に過ごして居たのだろう!?俺には貴様が全く以て理解出来ん!」
……嗚呼、苛々する。
別に困らないじゃないか。“彼”が居なくなっても。
抑私は“彼”が嫌いである。その為、寧ろ祝杯を上げたい位なのだ。
「…うぅ〜ん、別に私は困らないからねぇ」
「な…ッ!」
「私彼のこと“嫌い”だったし、前々からそう思っていたのだよ」
だから、万々歳って感じかな。
私がそう返すと、国木田君は肩を震わせて俯く。
「……お前が探偵社員として過ごしている間も、そう思っていたと?」
「うん」
「同盟を組んで戦った時も、ずっと好機を伺っていたと?」
「まぁね」
「……元相棒を、殺したいと!?」
「嗚呼」
私がそう返答すると、国木田君は言葉を止めて静止してしまった。
すっかり動かなく成って仕舞った国木田君の横を通り抜け、敦君達の方へ声を掛ける。
底抜けに明るい莫迦の様に、空気を一掃する様に。
「却説、皆辛気臭い顔しないで呉れ給え!何時もの様に下らない話をして過ごそうではないか!」
私がそう云った瞬間、ぴたりと音が消える。
キーボードを叩く音。
書類を重ねる音。
筆を走らせる音。
紙を捲る音。
抽斗を開ける音。
凡てが消え、静寂が訪れる。
「……如何したの?急に静かになって!」
「太宰さん」
私が雰囲気を明るくしようとした声を、敦君に遮られる。
敦君の方へ視線を向けると、その瞳には怒りが映っていた。
「…幾ら太宰さんでも、其れは許せないです」
“彼”のとは似て異なる黒の手袋を着けた手を強く握り締めて、敦君は私に云う。
「中也さんは……此の、ヨコハマの為に戦った。此の街を守ろうとした!でも、太宰さんが……っ」
「私が、何?」
にこやかな微笑みの儘、必死で語る敦君に向かって言葉を掛ける。
敦君はびくりと肩を震わせ、怯える様な素振りを見せたが、直ぐに私をきっ、と睨んだ。
そして大きく息を吸い込み、重々しく其の口を開く。
「……太宰さんが、中也さんを殺した。抗争の最中、背後からの攻撃に気取られた隙に、銃で撃ち抜いた」
敦君の瞳が、皆の視線が、私を射抜く。
どれも敵意が籠もっていて、私は其の状況に合って。
_______予想通りだ、とほくそ笑む。
良い。其の儘、私の事を嫌って呉れ。
怒りを通り越して、殺意が湧いてくるほどに。今迄の事なんて凡て忘れて、私を殺せるくらいに。
「…別に、許して貰え無くても良いさ。許しを乞う気等毛頭無い」
決して口元に浮かべた微笑みを絶やさず、笑いながら話す。
私が何か云い、動く度に私の体躯に刺さる敵意が強くなっていく。
良い、其れで良い、もっと嫌え。
もっと
もっと、
もっと!
___もっとッ!!
にっこりと、其れはもう気持ち悪い位に私は笑う。
否、笑うというよりも口を歪ませた、が近しい表現かもしれない。
そして、気味が悪い表情の儘舞台役者のような大仰な仕草で両手を広げた。
あの日の記憶を______消え逝く彼の体温を思い出す様に、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……彼の死に際は、実に見物だったよ」
「躰が襤褸雑巾の様に薄汚れていて」
「腕が片方千切れていて、傷口はとぉっても汚かった」
「見るのも厭だったからねぇ、傷口を思いっきり握って遣った」
「そうしたら、顔を涙でぐしゃぐしゃにし乍“辞めろ”ってね!」
「面白過ぎて暫くの間、ずっと握っていたよ」
「口元から血が垂れて、喀血した時は嬉しかったなぁ」
「全身血と砂埃塗れで、貧民街の野良犬よりも穢れてた」
「御自慢の帽子は穴も開いて破れて汚かったから、目の前で燃やしてやったよ」
「チョーカーで首を絞めて、彼の顔を引き寄せた時はすっごく興奮したなぁ……」
「いっつも余裕振ってるあの顔が苦しそうに歪むんだもの!」
「写真に収めておきたかったよ〜」
「最期は、大嫌いな私に泣いて迄縋ったのに」
「其の私に撃ち殺されるんだ!」
「私が銃の撃鉄を引いた時のあの顔が忘れられない……!」
「本っ当、惨めで滑稽で穢れてて汚くて吐気がする程」
「人生で、2度も味わいたく無かった経験だ…!」
「最ッ高だった!もう夜は眠れない位に!!」
「………ね?救いようが、亡いでしょう?」
感情を体全体で表現するように、確りと指先まで力を込める。
「これで私がどんな人間か判ったかい?」
集団で固まっている皆の元へと、一歩ずつ歩を進めていく。
歩く足が少し震えた様な気もしたが____それは〝太宰治〟らしくない。
一切の感情を殺して、笑みを浮かべた儘皆に近付く。
「さぁ、好きにし給え。殴っても殺しても良いよ?私は逃げも隠れもしない。ただ君達に与えられる〝正義〟を、………甘んじて受け入れよう」
私はそう言い、親指と人差し指で銃を型取る。
その手を自分の蟀谷へと持っていく。
そして、不気味なくらいに穏やかな笑顔で。
「……………ばーん」
と、笑いながら低い声で呟いた。
ひっ、と、誰かが悲鳴を上げた。
誰かが後退りをした。
誰かが拳を握り、俯いて肩を震わせていた。
「…?如何したのだい、皆?」
私が進む。
皆が後退する。
私がもう数歩進む。
同じ数だけ、皆が後ろへと下がる。
その繰り返し。
「ねぇ、ほら…早く」
皆の姿を確りと視界に映して私は又も微笑む。
そして、慣れた手つきで外套の胸ポケットに手を入れ、中には入っている金属製の物を手に取る。
………懐かしい質感。
手に馴染む重さ。火薬から香る硝煙の匂い。
長年連れ添ってきた、“死”を告げる殺しの道具。
それの撃鉄を引く。かちり、と音が鳴った。
「!?太宰さんっ、やめてください!!」
「んー……銃殺は綺麗じゃないなァ…失血って汚いし…」
敦君達が、私の出した銃を見て一斉に体を強張らせる。
そんな皆を一瞥し私は、ふっ、と嘲笑う。
其の儘、笑みを崩さずに______
「……却説、君達は」
「____私に、どんな死を与えてくれるのかな?」
*******
初投稿です
シリアス難しいですっ
でも書くのを止められませんっっ
今ここまで見てくださった皆様!
最後まで見届けてください。
今の、太宰さんが屑のままで終わらないでください。
私はどんでん返しがだぁいすきなので((
ぜひ今後とも宜しくお願い致します…!!