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「―――これは?」
右京は薄く目を開けて女に聞いた。
「化粧下地。肌色のムラや表皮の凹凸を消すの」
「―――これは?」
「ベース。顔に凹凸をつけるの」
右京は目を見開いた。
「なんで凹凸を消して凹凸を付けんの?」
「―――プハッ」
隣で同じく大人しくメイクされていた永月が吹き出す。
「まあまあ、右京。一生に一度の経験だから楽しもうよ…!」
「――お前はいいよ、お前は……」
右京は目を細めながら永月を睨んだ。
「はい永月君、完成でーす!」
永月にメイクをしていた6組の女子が言うと、クラス中から歓声が上がった。
白シャツにシルバーのネクタイ、黒いベストにロング丈のエプロン。
「はあああ。眼っ福!」
女子たちの目がハート型になる。
「はは……」
永月が困ったように眉を下げる。
「はい!右京君はまだまだよー」
グイと首を戻される。
つけまつげが近づいてくる。
「チッ」
右京は大人しく目を瞑った。
◇◇◇◇◇
「お前、口開かないと、マジで女子だぞ」
メイクが完了した右京を見降ろしながら自分もイケメン店員の格好をした諏訪が言った。
「美少女かどうかは別として、な……」
「うっせー」
右京は蒸れて痒いウィッグをガシガシと掻きながら諏訪を睨んだ。
「…………中はどーなってんの?」
諏訪が隣の席に座り、おもむろにスカートを捲りあげてくる。
「―――おいっ!」
慌てて諏訪の手を払う。
「いやー!諏訪君、破廉恥―!」
女子が騒ぐ。
「この変態が…!」
女子のノリに合わせて言うと、諏訪は一瞬だけ見えた右京の膝辺りを睨んでいる。
「――――?」
「お前、その膝―――」
諏訪が何か言おうとした瞬間、教室がにわかに騒ぎ出した。
振り返ると皆の視線の先には、ちゃんと配られた衣装に身を包んだ蜂谷が立っていた。
「ありがとう!蜂谷君が来てくれて嬉しい…!」
執行委員の二人が寄っていくと、蜂谷は薄ら笑いを浮かべながら頭を掻いた。
「まあ、約束だったから。会長との」
隣に座っている永月と、前に立っている諏訪の視線が右京に注がれる。
蜂谷もこちらを見ると、口角をキュッと上げて笑いながら教室に入ってきた。
「―――蜂谷君てさ」
右京の後ろに立ってた女子が小さな声で囁いた。
「スタイルよくない?」
「思った―」
隣に立っていた女子も賛同する。
「いつも制服だらしなく着てるからわかんなかった。なんか、モデルみたいだよねー」
「じゃあ、メイクするね?」
演劇部のクラスメイトが、メンズ用のファンデーションを持って近づくと、蜂谷は、
「ん」
と言いながら、わざとキスをするようなしぐさで女子に顔を寄せた。
「ちょ……!びっくりした……!」
その女子が顔を赤らめ、周りの女子もキャーキャー騒いでいる。
「……なんか、人気だね」
永月が苦笑する。
「この間、校内に女の子連れてきたじゃん?それ以降なんか妙にモテてるらしいよ、蜂谷」
こちらを覗き込みながら永月が言う。
「なんで?普通逆じゃねえの?」
右京が首を傾げると、
「さあ?アダルトな魅力があったんじゃない?危険な男がいい~!みたいな」
―――危険な……。
右京は保健室で、薄いカーテン越しの西日に照らし出された、蜂谷の顔を思い出した。
こちらの反応を確かめるように見上げながら、自分の恥ずかしいほどに反りあがったソレを口に含んだ、艶っぽい笑顔を―――。
「右京?」
隣に座っている永月が、右京の顔の前で手を左右に振ってくる。
「あ、ああ。何?」
「――――」
永月はやっと自分の方を向いた右京に微笑んだ。
「ほんと、お前ってすごいな。あの蜂谷をちゃんと文化祭に引きずり出したんだから」
「え?ああ……」
急に誉められ面食らう。
「正直無理だと思ってた。だから心のそこから尊敬する。でも……」
永月が顔を寄せてくる。
「あんまりあいつに近づきすぎないでね?」
右京は永月の整った顔を見つめた。
「俺、あいつのこと、ちょっと調べてみたんだ」
「調べた――?」
「あいつ、俺が思ってたより相当ヤバい奴だったんだよ」
「――――」
右京は後ろの方で大人しくメイクされながら、時折女子と何かを話しては笑っている蜂谷を振り返った。
「……ヤバいって何?」
言うと永月は右京の耳に口を寄せた。
「あの手紙、もしかしたら、蜂谷が仕組んだのかもしれない」
「……え?」
目を丸くする右京と、真剣な顔で頷く永月を、諏訪が横目で睨んでいた。
「この話はちょっと人がいるところでは出来ないから」
永月はクラスメイトを見回してから言った。
「文化祭が終わったら俺に時間をくれる?誰もいないところで話そう…」
「―――――」
右京は多少メイクをしてアイラインで強調された永月の瞳を見つめ頷いた。
「……そんな心配そうな顔しないでよ」
なにを思ったか、永月が困ったような顔をし、耳に口を寄せてくる。
「……俺への答えがイエスでもノーでも、ちゃんと教えるから安心して」
と、後ろにいた女子たちが口を抑えて悲鳴を上げた。
たちまち他の女子たちにも広がり、皆が2人を見つめる。
「ちょ、距離近くないですか……!」
「と、尊い…!」
「文化祭はこのためにやってると言っても過言じゃない…!」
「あのぉ!お二人は、正直どこまでいってるんですかぁ?!」
女子たちが二人を取り囲んだ。
「写真一枚良いですかー?」
「私も!」
「私も!」
「宣伝用に」
「眼福用に」
「夜のオカズに」
「……おい、最後に言ったやつ、前に出てこい」
右京が呆れて女子の大群を睨む。
「いいからいいからー。はい!並んで並んでー!」
女子たちが携帯電話を構える。
「便乗~。なんちゃって」
永月が右京の肩に手を置き抱き寄せる。
「きゃ~!」
また女子たちの驚喜の声が飛ぶ。
「はい、チーズ!」
100点満点の笑顔のイケメンカフェ店員と、戸惑ったまま苦笑いした女装カフェ店員の写真は、呼子の看板に貼られた。
◇◇◇◇◇
「作戦としては、前半でお客さん稼ぎたいので!」
執行委員の2人が、キャスト役の20名に言う。
「9時から13時を前半、13時から17時を後半として、前半に目立つ人を持ってきたいと思います。
すなわち!会長と永月君は前半にお願いします!
だからといって後半が客薄になっても困るので、全校生徒に顔が知られている蜂谷君は、後半の目玉にしたいと思います」
「もう全部自分たちで決めやがって……」
右京が目を細めると、
「いいじゃない。これでずっと一緒にいられるでしょ」
横で永月が微笑んだ。
「大丈夫。変な客が来ても守るから」
「―――あ、ああ」
右京はあいまいに笑った。
「俺も前半で」
教室の後ろの方で聞いていた諏訪が手を上げる。
「えー。生徒会は前半と後半で分けたいし、できれば前半サッカー部、後半野球部って集客も分けたかったんだけどー」
執行委員が口を尖らせると、
「無理。閉会式の会場準備があるから、後半出れない」
諏訪が突っぱねた。
「チッ。わかったわよぉ」
もう一人の執行委員がキャスト写真を入れ替える。
「蜂谷君は後半でいいよね」
蜂谷は後ろの方に重ねられた机の一つに腰掛け、静かに手を上げた。
「蜂谷」
その時、廊下から声がした。
振り返るとそこには8組の尾沢が立っていた。
「……多川さんが来てる。ちょっと顔出せよ」
言いながら顎でしゃくっている。
「…………」
蜂谷は鋭い目で一瞬尾沢を睨んだ後、教室の天井を仰ぎ見ながらため息をついた。
そして足を開いてドンと両足で着地すると、宣伝用のプラカードの一つを肩に担いで教室を出ていった。
「―――う。なにあれ。かっこいい」
執行委員が小さく呟く。
「でも、本当に戻ってきてくれるのかな?」
「なんか午後になったらいつの間にかいないとかありそう…」
「やっぱり前半に持ってきた方がよかったかも…?」
女子たちが口々に言っている。
「”タガワさん”って有名な人?」
右京は永月を振り返った。
「いや、聞いたことないけど……」
「この高校のOBだ」
いつの間にか隣に立っていた諏訪がこちらを見下ろした。
「中退したから厳密にいえばOBじゃないが、学年で言えば俺たちの3つ上。
中退してすぐに翌檜會(あすなろかい)っていう組に入ったんだけど、どうやらそこで揉めて。
今はその下っ端連れて自分たちで黒鉄會(くろがねかい)っていう会を作って、若い奴を勧誘しては、勢力を広げつつあるらしい」
「―――へえ」
永月は低く呟いた。
「蜂谷ってそういう奴とも付き合いあるんだ。本当にヤバい奴なんだな…」
「――――」
右京は小さく息をついた。
「―――おい。右……」
諏訪が声をかけようとしたところで、彼は立ち上がった。
「よし。俺、店始まる前にトイレ!」
「え?あ、なら俺も……」
永月が振り返ったときにはもう右京はいなかった。
「おい待て!」
慌てて出した諏訪の手が、右京の残像を掴む。
「は、早い……!」
「ウンコだから遅くなるかもー!!」
廊下の遥か彼方で声が聞こえるが、もうその姿はどこにいるかわからなかった。
「……くっそ!言うんじゃなかった…!!」
諏訪も走り出す。
永月は茫然としながら、各クラスのキャストや入り始めた一般客でごった返す廊下で立ち尽くしていた。