4.会いたい
「調子はどう、よっちゃん。」
「大丈夫、何ともないんだけどさ。母さん、糸師凛は最近こないの?」
「…名前…思い出したの…??」
「…記憶はないよ。会ったんだ。あの糸師冴の弟を忘れるなんかやばいよな…笑」
窓の横の丸い椅子に座ってリンゴの皮を細かく切る母さん。
眠れていないのか疲れているように見える。
「何か気がかりなことでもあるの…?」
切り終えたりんごを俺の目の前の皿に置き、手に持っていた小さなナイフから手を離す。
そして俺の目を優しく見てそう言った。
「…ない。でも糸師冴の弟がそんな簡単にひきさがるとはお前ないんだよ。」
「それは思い込みすぎてない?潔。こんにちは〜、潔の母さん。」
母の言葉を聞く前に病室のドアから凪と玲王が入ってきた。
「凪ッ!ノックしてから入れって毎回言ってんだろ?あ、これ、つまらないものですけど。」
凪の頭をぽんと叩くとすぐに母さんを向いて白い紙袋を取り出した。
袋からしてつまらなくはなさそうだ。
「いつもありがとね〜。よっちゃん、先に帰るね。必要なものがあったら連絡して。」
「わかった。ありがと、母さん。」
すると母さんは軽く手を振って玲王と凪に頭を下げて病室を出て行った。
「なぁ、玲王。凪。凛くんは最近どうしてる、?」
俺の質問がまるでおかしなことのように目を丸くする2人。
「え、俺なんか変なこと言った…?」
「いや、…元気だと思う。仕事が忙しくて中々顔が出せないんじゃねーのかな…」
玲王が恐る恐る答えてくれたもののどこか様子がおかしい。
眉を八の字にして首を傾げる玲王とずっと下を向いて立ち尽くす凪。
かと思えば急に俺のベットの横に近づいてきた。
「潔、思い出したんじゃないんでしょ。」
「凛くんのことか?それは…まだ。」
「じゃあなんで気にかけるの?今の潔にとっては凛なんか他人でしょ。」
「違う、今は分からないけどこれから思い出す…あんな悲しい表情、俺のせいで… 」
「会ってどうするの。慰める?思い出したって嘘でもつく?どちらにせよ自己満足でしょ。凛のことを思い出すことを口実にしてるだけだよ。」
「凪…ッ…潔、お前、…!」
自己満足という言葉に引っかかった。
思わず凪の頬を叩いた。
凪の大きな体はびくともしなかった。
「…人に叩かれたのは初めて。」
「俺も、人を叩いたのは初めてだよ。」
凪はまた俯いてしまって表情は見えなかった。
玲王と目が合うもばつが悪そうに目を逸らされる。
そうだ。俺が凛くんを思い出すことは、こんなにも人を悩ませてしまうことなんだ。
当たり前に呼んでいたであろう名前を口にするだけで目を丸くされる。
記憶がないせいかどこか穴が空いたみたいに空白がある。
名前しか知らないあの子に、会いたくなる。
「…潔は、凛が好きなのか?」
玲王が俺にそう投げかけた。
「…え、」
わからない。わからないけど。今は…
「はっきりしてよ、潔。潔が確証もってくれないとさ、俺が悪者のまんまじゃんか。」
「悪者…って、まさかわざとこんな真似!?」
「気になってるんでしょ。普通いくら優しくても記憶のない奴なんか気にかけない。それもそんな当たり前な感じで聞かない。」
「潔、お前の心の中には今。誰がいる?」
玲王の釣り上がった瞳が俺の目を奪って離さない。
「俺は…」
病室の窓から吹き付ける風に少しだけ微笑み返してみた。
「え、…凛がいなくなった!?」
コメント
2件
凪くんやっぱ潔くんと凛くんのこと気にしてくれてたんだ…続きめっちゃ楽しみです!