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男たちの負け犬の遠吠えが詰まった襷をごみ箱に投げ捨てようとした蜂谷は、一瞬躊躇すると、それを無理やり通学バックに押し込んだ。


急激に戻ってきた日常と、否応なく巻き込まれる非日常に眩暈がする。

この世の中はどうしてこうもくだらないのだろう。


渡り廊下の窓から見える空を眺める。


昨日師長が「退院日和」だと称してくれた空は、今日は午後から傾き、あっという間に低く雨雲が広がっていた。

日差しもうっとうしいが、雨に濡れるのもつまらない。

蜂谷は痛む腹を抑えながら気持ち歩幅を広げた。


昇降口を抜けると、立水栓を蹴りながら尾沢が待っていた。


「よう」

「………」


応えるのも怠くため息をつくと、無視して外階段を下った。


「なあ。蜂谷」

尾沢は臆することなく後ろからついてくる。


「お前、今日これから予定は?」


「―――」

蜂谷は彼を振り返ると、目を細めて笑った。


「ぼくちん、今日から家庭教師が来るの」


「はあ?ふざけるなよ…!」


これが残念なことに事実だった。

蜂谷は一生家庭教師なんてつくことのないだろう友人を見てため息をついた。


昨日、病院まで自分を迎えに来た父、蜂谷勇人(まさと)は、宣言通りに息子を駅前の有名な寿司店に連れていくと、学校のこと、成績のこと、進路のことなどを話し出した。


通り一遍の「親子の会話」を澄ますと、彼は蜂谷の62という偏差値についてカウンターに肘をついて唸った。


「学校では悪い方ではないかもしれないが、有名大学を目指すとなると、ちょっと低くないか?最低でも70はないと…」


―――東大や京大にでも入れる気かよ…。


胸の内で毒付きながら、蜂谷は一貫いくらするのかわからない大トロを口の中に入れた。


「お前の高校のトップはなんていう子だ?」


「――――」


大真面目で覗き込んでくる勇人に、一瞬言葉が詰まる。


「どうした?トップの生徒の名前もわからないほど意識が低いわけじゃないだろう?」


勇人の目が一瞬光る。

眉間にぴくッと皺が寄る。


まずい―――早く答えないと……。


「生徒会長の右京だよ」


父親は小さく頷くと、うねうねと動くアワビに包丁を淹れ始めた店主の太い指を見つめた。


「その右京君は偏差値どれくらいなんだ?」


カウンターに肘をつき、さらに覗き込んでくる。


「さあ。75とか、そんくらい?」


言うと父親はまた頷きながら鮮やかに殻から引きはがされていくうねったアワビを眺めた。


「……家庭教師でもつけるか」


その本気か冗談かわからない言葉に、蜂谷は振り返った。


―――こいつ。本気で東大目指せとか言わないよな……?


「まあ赤門をくぐれとは言わないが……」


こちらの考えなど軽く見通したような父親は、視線だけで蜂谷を睨んだ。


「学年1位にくらいならないと、かっこつかないだろ?」


―――蜂谷創芸グループの次期社長として。


その言葉を飲み込んで、勇人は店主が寿司下駄に上げた、生の握りアワビを手に取ると、醤油もつけずに口の中に放り込んだ。



かくして家庭教師が週3回、蜂谷家を訪れることになった。


仕事に出張に忙しい父親と家庭教師が遭遇することはないし、義理母や弟がそれに構うことはないだろうが、帰りが遅れたり不真面目な態度をとってしまえばおそらく逐一教師から父親に連絡が入るに違いない。


蜂谷は携帯電話で時刻を確認しつつ校門に足を向けた。


「なあ!蜂谷!」

尾沢が声を張り上げる。


「何だよ。マジでカテキョーが来るんだって」


「一言でいい。一目でいい。多川さんに礼だけ言いに行こうぜ?」


蜂谷は腹の底からため息をついた。


「お前が勝手にあんなのに電話したんだろうが…!」


「でもちゃんと警察とかに連絡しない病院を紹介してくれたじゃん?治療だってちゃんとしてもらったんだしさ」


尾沢は、以前蜂谷が拉致られ暴行を受けたことを知らない。

しかし教えたところで無駄におびえさせるだけだ。


「――――」


この男の将来を思う。


父はアル中で入退院を繰り返し、母親はよそに男を作ってほとんど家に寄りついていないという。

自分と同等かそれ以上に不遇な家に生まれたとは思う。

しかし彼には、その人生を自分で立て直す気力もなければ、父母を説得する気量もなければ、自分でこの人生に幕を引いてしまう勇気もない。


蜂谷がいなくなった後は、多川のような街の隅に溜まっているごみ屑の中にまみれていくのだろうことを考えれば、自分はどうあろうと彼が多川たちに嫌われてしまうのは、いささか可哀そうだ。


「―――わったよ。礼だけな…」


言うと尾沢は心底ほっとしたような顔をし、小走りに蜂谷に追いつくと、並んで歩き出した。


◆◆◆◆◆


多川の事務所は、明るいところで見てみると意外に上品で、何かの施設を改装したらしいそこは、とても暴力団まがいの事務所には見えなかった。


キョロキョロと見回していると、蜂谷の意図を察したらしい尾沢が顔を寄せた。


「潰れたキリスト系の保育園を改装したんだって。エグいよな」


「―――」

言われてみれば確かに窓が低い。


おそらくは蝶々やらお花やらが貼られていただろう窓ガラスは、今は濃いスモークが貼られ、中の様子は伺い知ることはできなかった。


正面のドアを開け、尾沢は声を張り上げた。


「尾沢です!蜂谷を連れてきました!」


その言い方に、もしかして尾沢もグルかと思ったが、彼はこちらを見て小さく頷いた。その瞳に他意はない。


と、奥から見覚えのある男が出てきた。

蜂谷を暴行する際、足を抑え込んでいた男だ。


思わず身構えると、


「よう。お前、ちゃんと顔戻ったな」


口に水色のアイスキャンディーを咥えながら、彼はヘラヘラと笑った。


「多川さんなら奥にいるよん」

「うっす」

尾沢が言いながら靴を脱ぎ、慣れた様子で蜂谷の分までスリッパを出す。


「あ、でも」

男がアイスの棒を口から引き抜きながら言った。


「今、お楽しみ中だから、手短にな?」


「―――あ、うっす」

尾沢が少しうんざりしたような声を出す。


「?」


意味が分からなかったが、蜂谷はスリッパに履き替えると、いささか足取りの重くなった尾沢に続いた。


◇◇◇◇◇


「失礼します。尾沢です」


あの時は強制的に引きずられてきたからよく見えなかったが、おそらく自分が閉じ込められた応接室だ。


身体が勝手にこわばる。胃が痛む。


ーーー大丈夫だ。

今日は尾沢も一緒だし、日中だし。“お礼”に来ただけだし。


「ーー入れ」


多川の少し掠れた声が響き、尾沢はノブに手をかけた。


「……アアッ、はっ!!ああッ!」


開いたドアの隙間から漏れ出してきたのは、甲高い男性の声だった。


「――――っ!」


蜂谷は慌ててドアを開け放った。


自分が酒を飲ませられたソファに、多川がズボンを足首まで下げた状態で座り、その上に跨っている白く綺麗な背中が見えた。


女ではない。


黒い髪。

薄い腰。

白い尻。

細い脚。


「―――うきょ…」


そこまで言おうとして、男が振り返った。


「……多川さーん、この人たち、誰ぇ?」


その男は右京とは似ても似つかない青年だった。


「お友達だよ、お友達」


多川が楽しそうに笑いながら、少年を自分の方に向かせると、その赤い唇を貪るように吸った。


黒く太いグロテスクなものが、白くあどけない少年の尻に挿さっている。


「んん…、や、だ……。見られてるのにぃ…んんッ」


少年が嫌がりながらも自分から腰を動かすと、ヌチヌチとヌルついた音が応接間に響いた。


その腰を掴みながら存分に少年の唇を味わいつくした多川がこちらに視線を戻す。


「なんだ。蜂谷も一緒か。早くそれを言えよ……」


言いながら下卑た笑顔を向ける。


「顔治ったじゃないか。イケメンに戻って安心したぞ」


「あん、ダメだよ。僕以外の人に色目使っちゃ」

少年が口を尖らせる。


「ごめんごめん。お前だけだって」

多川が笑いながらその頭を撫でる。


吐き気を覚えながらも蜂谷は足を揃えると、多川に頭を下げた。


「この間は病院を紹介していただき、ありがとうございました」


言うと彼は視線を蜂谷に戻し微笑んだ。


「ああ、いいよ、そんなの」

言いながらゆっくりと腰を動かし始める。


「あ……は…、アあ…、アッ」

少年が喘ぐ。


「なんだ、わざわざ礼を言いに来たのか?律義だな」


多川は蜂谷のほうを向いたまま、腰の動きを早くしていく。


パンパンと、肉と肉がぶつかる音が響きだす。



胃が痛む。

熱いものが喉を上ってくる。


限界だ。

このままここにいたら、吐いてしまう。


「お邪魔しました。それでは―――」

蜂谷が踵を返そうとすると、


「おい」

後ろから多川の声が追いかけてきた。


「お前のところの生徒会長、あそこまでするなんて、相当乱暴なんだな?」


「―――!」

蜂谷は尾沢を振り返った。


尾沢は「言って当然だろ」というようにこちらに目を見開いた。


そうだ。尾沢がそれを隠す理由はない。

口止めをしなかった自分が悪い。


蜂谷は息をついた。


「あいつは曲がりなりにも俺を更生しようとしてるんでね。俺には手加減ないんですよ」

わざとうんざりしたような表情を作って言う。


「でもまあ、俺にだけなんで。多川さんの手を煩わせるような奴ではないと思いますけど」


「ふーん」

多川は楽しそうに微笑んだ。


「高校卒業後は山形に戻るのかな?」


「……?さあ、そうなんじゃないで――――」

そこまで行ったところで蜂谷は目を見開いた。


ーーーなぜ山形なんて知っている?


慌てて尾沢を振り返る。


彼は何が何やらわからないらしく、多川と蜂谷に視線を往復させている。


「ははは。お前が言ったんだろ。この間一緒に飲んだ時にさ」


多川が笑った。


ーーー飲んだ時?酒を飲まされたときか?

そういえば、右京について何か聞かれた気がする。


「――――」


―――落ち着け。


別に右京が山形出身なのがバレようが、なんてことないはずだ。

多川だってそれ以上聞いてこないし、言ってこないし。

ただの世間話だ。

多川が右京を狙っているわけではない。

狙ってるなら、もうとっくに―――。


「いつまで見学してるつもりだ?」

多川が笑う。


「礼なら聞いた。もう行けよ」


「あ、それではこれで失礼します」

尾沢が頭を下げ、蜂谷もそれに倣う。



頭を上げた蜂谷の視界に、少年の華奢な背中が入る。


その細い腰を多川の太い指が、見せつけるように掴む。


「ア……!!」


ひときわ激しく打ち付け、そのまま動きを早くしていく。


「は…ああっ!!アアっ!あああッ!!」


少年が口の端から涎を垂らしながらその快感に耐える。


「イッちゃう!!ああ!多川さん…!イッちゃうよお!」


細い体が跳ねる。


その身体が一瞬、学生服を乱された右京と重なる。


「ーーーーー」


蜂谷はその痴態から目を逸らすと、今度こそ踵を返し、応接室を出た。


◆◆◆◆◆


蜂谷は多川の事務所を出ると大きくため息をついた。


「な。何ともなかっただろ」


尾沢もほっとした様子でガラでもなく蜂谷の肩を組んだ。


「にしても、あのホモ野郎はしょっちゅうあんなことしてんのか?あれ、下手したら未成年だろ」

蜂谷は声を潜めながら歩き出した。


「ああいうショタが好きらしい。そういうところは気持ち悪いよな」

尾沢が笑う。


ーーーそういうところも、だっつの。


言いたい言葉を飲み込み、蜂谷は携帯電話を取り出した。


「でもその点、俺たちはああいうロリ系じゃないから安心安全!だろ?」


よほど緊張していたのか、軽口まで飛び出す尾沢の腕を振り払いつつ、時刻を見る。

この時間からでは電車で帰ってギリだ。着替えておきたかったのに。


蜂谷はため息をついた。


とディスプレイに1件通知が入っている。


ショートメールだ。

あて先は―――。


「………非通知?」


その言葉に尾沢も画面をのぞき込む。



画像



「右京の写真…?なんのこっちゃ」

尾沢が首を傾げる。


「いたずらだろ、どうせ」

蜂谷は慌てて携帯の画面を閉じた。


「別に右京の写真がバラまかれようが俺らに関係ねえのにな?」

尾沢が笑う。


「変なのが流行ってんだな……ってあれ?」


駅と反対方向に歩き出した蜂谷を尾沢が振り返る。


「おいおい。帰らねえの?」


「野暮用」


「あらあら!家庭教師の先生が来ちゃうわよ、圭人ちゃん!?」


尾沢がふざけて言うが、蜂谷は振り返らなかった。


ーーーやはり仕掛けてきやがった。永月の野郎。


思った通りだった。


ああいう涼しい顔を装いながら承認欲求が高いタイプは、これ見よがしの挑発に、絶対に乗ってくると思っていた。

皆の前で馬鹿にされたのが、よほど気に障ったらしい。


たとえ前回同様本人が出てこなかったとしても、

絶対に尻尾を掴んでやる―――!


気が急いて、前かがみになると、まだバストバンドを巻いている胸が痛む。


「―――くっそ……」


蜂谷は白シャツの上からバンドを掴むと、それを抑えながら今度はゆっくり歩き出した。



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