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◆◆◆◆
何が起こったのかわからない。
新谷はただ瞬きを繰り返した。
背中を押し付けられたひんやりと冷たいシューズクロークの感触と、互いのスーツとコートを介しても尚、温度がわかる篠崎の体が、変にちぐはぐで、熱さのためか冷たさのためか、恐怖のためか期待のためか、全身がガタガタと震え出した。
痺れるほど唇を合わせ、溶けるほど舌を絡ませてから、篠崎は囁くように言った。
「新谷……」
一体自分は、何をしているのだろう。
つい数時間前まで一緒にいた上司を思い出す。
「え。結婚すんの?」
由樹の言葉に素っ頓狂な声を出した彼は、篠崎とは対照的な色素の薄い瞳を見開いた。
「いえ、例えばですよ。例えば、俺が結婚すると言ったら、篠崎さんは喜んでくれるかなって…」
言うと、彼はその顔のまま言った。
「エー、オメデトー。ヨカッタネー。なんだ、ここ数日呆けてたのはそのせい?」
「あ、いえ、まだ決めたわけでは……」
慌てて否定したが、紫雨はギロリとこちらを睨んだ。
「てかさ、その前に君、篠崎さんの結婚にお祝いとか言ったわけ?」
「え?あ……何も……」
「マジで。元部下としてどうかと思うんだけど」
言いながら紫雨は唐突に立ち上がった。
「林―」
出入り口付近にいる林に向けて叫ぶと、紫雨はそのまま由樹の腕を掴んで立ち上がらせた。
「俺たち現場見学―、直帰―」
林が壁時計を見上げる。
「まだ4時ですけど?」
言いながら紫雨を横目で見る。
「往復に3時間はかかるもんなあ?」
言いながら紫雨がぐいぐいと由樹を引っ張る。
「え?あ、ちょっと……!!」
慌ててコートを掴みながら由樹は林に助けを求めるように手を伸ばしたが、
「お疲れさまでした。お気をつけて」
その手は冷たく振り払われた。
そのまま隣町の中心街にいき、篠崎へのプレゼントを選んでもらった。
「はい。決心が鈍る前に、渡しておいで」
そして追い出されるようにキャデラックから捨てられた。
紫雨が篠崎のマンションを知っていたのは意外だったが、ほぼ同期だったというし、もともとは同じ展示場だったのだから、考えてみればおかしなことでもなかった。
(あの2人もなんか確執がありそうなんだよな)
探るに探れない二人の関係に、由樹はため息をつきながら、祝いの品を胸に抱きしめた。
篠崎に祝いの品を渡して、帰る。
その際に少しでも、彼の心に触れられたなら……。
そんな淡い期待を抱いていた。
それが………。
何がどうなって、なんでどうして、こんなことになってしまったのだろう。
数日前、展示場で抱きしめられた時の比ではない動揺が、体中を駆け巡る。
少しでも冷静を保とうとシューズクロークに押し付けた手に、篠崎の大きな手が重なる。
もう一つの手は由樹の耳を覆うように顔を引き寄せ、そして撫でるように後頭部に回ると、逃げられないように押さえつけながら、熱い舌がさらに奥に入ってきた。
「んん………んぅ……」
開くしかない口から、自分でも呆れてしまうほど、素直で無防備な声が漏れてしまう。
重なった手を思わず握りしめると、何倍もの強さで握り返された。
(まずい。こんなつもりじゃなかったのに……)
由樹は口内を貪られる快感に耐えながら、薄く目を開けた。
光る篠崎の目と、視線が合う。
(俺はただ、確かめたくて……)
「ん……はぁ……っ」
舌の根元から強く嘗め上げられ、由樹は声を上げながらもう一つの手で篠崎の腕にしがみ付き、目を瞑った。
『そんなの、あのときと同じじゃない』
彼女の声が響く。
(そうだよな。そう思うよ。俺だって)
……それでも……
それでも、俺は今……