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悠さんと、会えないことが辛くてたまらない。
学校では誰からも見向きもされず、話も聞いてもらえず、こんな私に優しい言葉をかけてくれる人など誰もいない。そう思うと学校へ向かう足が根をはったかのように、とてつもなく重い。
唯一、月曜日と水曜日、学校帰りの桜舞公園で、悠さんに会うことだけが楽しみだったのに。その楽しみすらなくなってしまった。
しかし、私がどういう気持ちであろうと関係なく時間は無神経に進んでいく。学園祭の日があと少しでやってきてしまう。そう思うだけでお腹が痛くなるわ、泣きたくなるわ、ストレスがはんぱじゃない。
今まで、散々クラスのみんなで話し合いをしても意見が出なかったので、私は苦肉の策でクラスアンケートをとることにした。
昨日、寝る前に学園祭の話し合いという、地獄時間のストレスを減らすために思いついた付け焼き刃にしては我ながら名案だ。
アンケートの内容は、クラスの出し物を焼きそばにしようと思っているけれど、反対意見はありますか?もし、何か反対の意見があれば理由を教えてください。その際に、他にやりたいものの代案を書いてくれると助かります。というものだ。
そして、アンケートを集計すると私が思った通り反対意見はひとつもなかった。そのかわり賛成の意見もない。みんな学園祭の出し物など、どうでもいいのだ。
唯一、月だけが『誰もやりたくない、つまんねえ学園祭なんてやらなくていい。朝陽、お前もほっとけばいい』と書いて出してきたくらいだった。
クラス委員長を任されている私がほっとけるわけがないのに、こいつは何を勝手でバカなこと言っているんだ。月の意見などほっとこう。
なぜ、私が焼きそばにしたかというと、とりあえず私が下準備だけしておけば、当日の役割をふっとくだけで、みんなは当日それ通りに動いていれば、クラスみんなでやっているふうになると思ったからだ。
なので私は学校が終わったあと、目前に迫る学園祭のために学校近くのスーパーで、焼きそばの材料を買い出しにきている。
先生に学園祭でクラスの出し物は、焼きそばに決まったと伝えたら、百食ぶんの用意をしろと言われたからだ。
キャベツが十玉、麺が百袋、豚肉適量、サラダ油、青のり、紅生姜、焼きそばソース。他にもプラスチック容器、ゴム、割り箸など。
全部合わせるとかなりの量だ。私はレジで会計を済ませ、スーパーでもらった大きなダンボールに買ったものを全部詰め込んだ。
これを学校の家庭科室の冷蔵庫まで持っていかなくてはならない。もちろん、私なんかを助けてくれる人なんて誰もいない。
とりあえず十メートルほど頑張って持ち上げて進んでみたが、とてもじゃないけど女子高生がひとりで持っていけるような重さではない。
重くてダンボールを持っている指が痛い。それでも私はやるしかないのだ。なんとかダンボールを持ち上げたその時。
重さに耐えきれず、ダンボールの底が破れて中のものが全部音を立てて地面に落ちた。
指先の鋭い痛みに気づいて、ふと手を見ると、ダンボールで擦ってしまったらしく指先から血が出ている。
無惨にも地面に散らかった焼きそばの材料。しかしかと痛む指先。助けてくれる人などいないので、ひとりで高校まで運ばなければならないという虚しさ。あぁ、こういう時はもう何も考えないとこう、無心に…、ひたすら無心に…。
「あ、新しいダンボールもらってこなきゃ」
落ちて散らかった焼きそばの材料を、歩道の真ん中でそのままにして置けないので、とりあえず歩道の隅に集める。
私って、なんなだろう。もう何も考えたくもないのにそう思わずにいられない。考えてもいいことなどない。
私はひとりぼっち。誰も助けてくれない。私が憧れる完璧な人になりたい理由は、きっと今は晴さんのようになりたいからではない。
誰も私のことなど助けてくれないから、なんでもひとりで完璧にやれなければならないだけだ。
それに、晴さんや理依奈さんのように、優しくて、可愛くて、仕事ができれば、みんなだって私を見てくれる。きっとクラス委員長として信頼もしてくれる。どこかでそう思っているからだ。
でも、なんで現実はこんなに上手くいかないのだろうなぁ。悲しいなぁ…。辛いなぁ…。
あぁ、もう全部、本当に嫌だ。
落ちたキャベツを拾い集める手に、ぽたぽたと涙が落ちて、私は自分が泣いていることに気づいた。
急に背後から声が聞こえる。
「朝陽、お前、ひとりで何やってんだよ」
もう声の主はわかっている。なんでこいつは、いつもこういうタイミングで現れるのあろうか。こんな無様な私を見ないでほしいのに。
仕事を押し付けられて張りぼての偽善者委員長をやっている、そんな泣き虫で弱い大嫌いな私を見ると、月は楽しいのだろうか。
力なく目線をあげて見ると、やっぱりいつもの月が立っている。片手にはスケボーを持っていた。
私がこうやってひとりで学園祭の準備をしている間、こいつはのうのうとスケボーを楽しんでいるだけだ。そりゃそうだ。やりたくないことはやらなくていいと思っている自分勝手。クラスアンケートにも、月はほっとけばいいと書いていた。
月は、いつも自由で、自分の好きで信じたことしかやらないし、言わないし。きっと月から見た私は…。
苛立ちの嫌な感情とともに口から言葉溢れ出てくる。
「哀れでしょ。ウケるよね。学園祭の準備も信頼がない私には誰も協力してくれない。前、月は私に言ったよね。張りぼての委員長だって。偽善者だって。全部、月が言った通りだよ。おまけに泣き虫で弱い。そんな私が嫌いなんでしょ。バカみたいだよね。笑ってバカにしていいよ。もう、私は、こんな私でいたくない」
私が涙で顔をぐちゃぐちゃさせながら、そう吐き捨てると、月は静かにまっすぐ私を見て口を開いた。
「笑わない。俺は、もうお前のことを、張りぼての委員長だとも、偽善者だとも、思ってない。泣き虫だけど、だから弱いって思ってない。朝陽、お前は…本当は…俺にとって…」
私は嗚咽が酷くて、月が何を言ったのか最後のほうは聞こえなかった。
「お前、指、怪我してんじゃねえか。ちょっと見せろ」
月は私の指から血が出ていることに気づくと、すぐに自分の学生鞄から応急セットを出して、私の指を消毒したあと絆創膏をはってくれた。
「月って絆創膏とか持ち歩くんだね。なんかいがい」
少し休んで落ち着いた私は、月にはってもらった絆創膏をもう片方の手で撫でながら呟いた。
さっきまで怪我した指がしかしかと痛んでいたのに、絆創膏に守られたことで今度はぽかぽかとしている、なんだか一緒に心まであたたかくなった気がして今は気分は悪くない。さっきまであんなに嫌な気持ちだったのに不思議だ。
「スケーターはよく怪我するんだよ。だから、いつでも応急セット持ってんの。他には工具も持ち歩いてるぞ」
月が小さな笑顔を見せる。その表情が職場体験の保育園で見せていた思いやりのある彼を、私に思い出させる。
「もっと学校に必要なもの入れときなよ」と、私がくすりと笑ったら「うるせえ」と、月がめんどくさそうに言った。
そのあと落ちたものをふたりで拾って集めた。結局、ひとつのダンボールだけでは高校まで運べないので、月がスーパーから何個かダンボールを貰ってきてくれて、荷物を運ぶための台車まで借りてきてくれた。
そして、ふたりでなんとか家庭科室の冷蔵庫まで焼きそばの材料を運ぶと「あと、なんかやることあんの?」と、月が私に訊いた。
「あとは、ガスを借りる手配と、当日の看板作り、キャベツを切って下準備するくらいかな」と、応えると「なんで、そんなにもあんのにお前はひとりでやってんだよ」と、月が呆れた顔をする。
誰も私なんかを手伝ってくれないとは言えなくて、私がうつむくと「俺が手伝うから、もう顔を上げろ」と月が言った。
そして、月はスマホで誰かに電話をかけ出す。
「達也っ。お前、学園祭までに焼きそばのガスを借りる手配をしろ」
「えー。なんで俺がっ」と、月のスマホから達也君の声が聞こえてくる。
「うるせえ。お前なんもやってねえだろ。学園祭、当日も俺にスケボー教えてほしいんだろ?」
「そうだけど。じゃあ、次はオーリー教えてくれよ」
「黙れ。お前は、まだ初心者が最初にやる技のショービットだ」
「えー。俺も早く月みたいにスケボーでオーリーして飛びたいよ」
「すぐに飛べるわけねえだろ。とにかく、学園祭の当日までにガス借りとけよ」
「しょうがないなぁ。わかったよ」と、渋々応える電話ごしの達也君だった。
月がスマホをきって私を見た。
「よし。これでガスはなんとかなった。さっさと残りのことやるぞー」
「なんで、月は、私の手伝いをしてくれるの?クラスの誰も手伝ってくれないのに」と、ふと気になって私は訊いてみた。
「んなもん、当日サボるためだよ。俺、学園祭みたいなお祭り騒ぎは苦手だから、スケボーやるから行かねえ。だから、今手伝うのは当然だろ。くだらねえこと言ってないでさっさと終わらすぞ」
そのあと、私と月は、家庭科室でキャベツを包丁でざく切りにした。月は包丁なんて使ったことないと言いながらも、私が包丁の持ち方や、ざく切りのやり方を教えたら、文句言わずに手伝ってくれた。
キャベツの下準備が終わってからは、教室に移動して屋台の看板作りをした。
意外だったのは、月は字が驚くほど綺麗だったのだ。そして、あっという間に看板のメニューの字を丁寧に綺麗に書いてくれた。
月が手伝ってくれたおかげで大変だったけど、なんとか当日までに学園祭の準備を間に合わせることができたのだった。