「今日は大雨の予報です。外出は控えるようにしましょう。」
ニュースキャスターが透き通った声で言った。あの職業には憧れるが、俺はもう少し違う仕事に就きたい。
「傘持って行きなさいよぉ。」
家中に響く大声で母が言った。まったく、神聖な耳に迷惑だ。
「いってきます…。」
俺は家を飛び出した。普通に歩いているが。
今日もノートに魔法を書き込む。どれも打ったことはないが。けれど知っているように書き進めていく。そうだ、用途も書かなければ。
知らない仲間も描いてゆく。みんな俺に優しくしてくれる。ライバルは厄介だが仲間になると頼りになる。現実にもこんな奴らがいたらなとも考えるが、教室の中にはそんなやつもいないだろう。
「はーい、授業始めますよ。」
俺はノートを閉じ、授業を受けることにした。いつも通りのことだが。
今日も何も変わらない。俺は根暗な俺のまま。ああ、この雨にこんな気持ちも流れればなぁ。
ノートの片隅に落書きを始めた。勉強だけはかっこいいと昔からずっと続けていたため楽勝だった。成績も優秀なため、この落書きや魔法を書き留めるようなことをしていられる。そして黒い炎を纏った騎士を描いた。
これは黒き炎、デイブレイク。俺の本当の名前、にしたかった。現実はもっと違う名前だけれど。
黒い炎を操って人々を恐怖に落とし込む。けれどライバルによって改心させられ、仲間を増やして、世界を救ってゆく。黒髪で赤い瞳を持っており、ゴタゴタした黒と赤を基調とした鎧を着ている。これが俺の中でのデイブレイクだ。
しかし、俺はこんなデカい剣も持てないし、キリリとした表情はできないだろう。やはり、こんな妄想やめた方がいいのだろうか。
時間が過ぎていくばかりだ。
ようやく学校から帰ることができる。今日は家でコスプレの衣装を作りたかった。手先は器用だし、売ったら金になるし、何よりも着てくれている人の笑顔が好きだった。
雨が強い。道路も川のようになっている。興味が湧いて、バスを乗らないことにしたが、歩いている奴など1人もいない。
水に流されそうになりながらも進んでいった。道の真ん中に何かある。
それは蓋の外れたマンホールだった。マンホールは全てを飲み込もうとしているように見えた。当然、俺もその対象だ。
水の流れに逆らえない。マンホールが近づいて来ている。真っ黒な穴が足元のすぐ近くにに広がっている。
怖かった。本当の漆黒はこれなんだ。デイブレイクとは違うな。
そう思いながら俺はマンホールへ落ちてしまった。
「デイブレイク様、お目覚めになりましたか?」
目の前には女神らしき者がいた。
「えっと、誰ですか…。」
「女神です。」
女神はそう微笑み近づいて来た。
怖すぎる。なんでマンホールに落ちただけでこうなるんだよ。知らない人に追われるのは嫌だよ。
「大丈夫ですか?デイブレイク様。」
「だから、お前っ、俺なんて誘拐しても金出せないよ…。」
「何をおっしゃるんですか?私はデイブレイク様を世界に運ぼうとしているのです。」
「お、俺死んだのかよ…。」
女神は答えずに続けた。
「あなたは魂の状態です。そこであなたが元の世界で名乗っていた名前を付け、勇者になってもらいます。」
「いや、そんな勇者なんて…。デイブレイクには似合わないし…。」
「さあ、行ってらっしゃい。あなたの旅路での幸運を祈っています。」
女神はそう言い、俺の背中を押した。
やりたくない、剣で命を取るなんてまっぴらごめんだ。それに旅をするなんて命懸けだ。ゲームや漫画とは違う。
これは夢な気もする。けれど女神に押された感覚は背中に残っている。存在する。
俺を光が包んだ。旅立ちの時だ。
知らない天井だった。そして女が俺の顔を見つめて来た。
「おはようございます。よく寝れましたか?」
俺はベットでどうやら寝ていたようだ。
「えっと、その…。」
どうしても陰キャでコミュ障なのは治らなかったようだ。けれど彼女は気になったことを解決してくれた。
「ここはとある村の宿です。あなたが草原で倒れているのを見て、助けました!」
彼女は得意げに続けた。
「私はチリィです。あなたは光の勇者様ですね?」
「光だって?」
「ええ、明らかにそうですよ。」
デイブレイクは俺の中での設定だと黒き炎の敵だったはずだが、光に勇者に誤った設定だらけだ。きっとどれもこれもあの女神のせいだ。きっとあの女神という仕事は上司が面倒であんな環境なのだろうな。
「私をあなたの旅に連れて行ってください、どうか魔法の仇を取りたいんです!」
彼女は縋り付いて来た。俺の顔がほてった。
何が目標でどこに行けば良いのかも知らないのにパーティができそうだ。
けれどそれを聞ける勇気もない。
「お願いします!」
「あっ、はい。」
いつもの悪い癖で、「あっ」がついた返事をしてしまった。俺はもう一生断るということができないのだろうか。その流れで今回も断れなかった。
「では下の階で待っています。準備ができたらお声がけください。」
彼女はそそくさと部屋から出ていった。
自分の姿を見てみると想像していたデイブレイクとは全く違う服装をしていた。
純白のなめらかな衣類に、黄色い目。近くには金の装飾がついた鎧があった。まさに光の勇者に相応しい。けれどデイブレイクには全く合っていない。
苦闘しながらも鎧を着て、部屋の外に出た。この宿は小さいらしく、数部屋しか見つけられなかった。下に着くと、チリィが待っていた。
「さぁ、出発です。準備できましたか?」
きっとここではいと言わないと外にも出られず、宿だけで一生が終わるだろう。面倒なゲームのようなものだ。
俺は息を深く吸って言った。
「はい。」
俺の声は震えていた。
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