「おはよー」
「おっはよー」
いつも通りの朝。登校2日目。今日から授業が始まる。
「スズちゃん2時間目体育だから着替えなー」
体育技姿の美桜ちゃんが朝の支度を済ませながら言ってくる。まだ校門が開いて20分も経っていないのに着替えが終わってる所から、結構前もって準備するタイプなのだろう。
更衣室の場所を聞いてから体育着を持って更衣室に向かう。入ると、なぜか潤伊くんがいた。
「なぜ⁉︎」
「ちょっと待ってこっちが聞きたいかも」
潤伊くんは脱ごうとしていたスラックスを履き直して私を見つめる。というか睨んでる。
「女子の更衣室は隣。書いてなかったっけ…?」
私は一旦更衣室から出て看板らしきものがないか見てみる。すると更衣室の扉の横に男子と書いてある表札がかけてあった。
「ほんっとにごめん!」
「ま、僕以外の男の子はいなかったわけだし、これからはちゃんと見なよ?トイレとか間違えたらだいぶ…」
「そこは間違えない!絶対!」
拳を作って意志を固める。すると潤伊くんがフッと笑った。
なんで笑っているのかわからず考えてみると、ずっと男子更衣室にいたままだったのを思い出し、逃げるようにその場を離れた。
「あっははははwwそんなっことあったの⁉︎」
「そんなに笑わなくても…」
体育の休憩中、美桜ちゃんに朝の出来事を話すと腹を抱えて笑っていた。
「スズちゃんってホント、ドジっ子だねぇ」
ドジっ子というキーワードにびっくりする。
私はドジっ子というよりただのバカなのではないかと首を傾げると、無自覚⁉︎とまた美桜ちゃんが笑っていた。ツボが浅いなぁと思いつつも今までの私も行動を振り返ると確かにドジという他ないような気がしてきた。
「おーい。そこの女子2人ボール投げの順番だぞー」
橋本先生に呼ばれて2人でボールを受け取り美桜ちゃんから投げていく。
美桜ちゃんは中学のことソフトボールをやっていたこともあって30m近くまで投げていた。
「スズちゃんドジして1mだったり」
「バカにしすぎじゃない…?」
いたずらっ子のような顔をして笑う美桜ちゃんに呆れながらもボールを握って円の中で助走をつける。威勢だけいい声を出しながらボールを投げた瞬間。
ボールから手を離すタイミングを間違えてボールは私の背中側を通り…。
「えーっと、記録は1m!」
記録員の澄み渡った声が校庭に響く。それから美桜ちゃんの大爆笑する声も。
恥ずかしさで顔が熱くなる。穴があったらもっと深くして入りたい…!そう思った体育だった。
「2回目の記録は〜?やっぱ1m?」
「20だよ!」
「めっちゃふつ〜」
「普通で良かったよ…」
美桜ちゃんのからかいにツッコム軽い会話をする。
それから少し暇になったのを感じて美桜ちゃんは他の女子たちと話に夢中になる。その話題に入れるような自信はない。けど、1人でぼーっとしていると悲しい奴みたいに思われそうだった。それだけは回避したくて、隣の席の潤伊くんを探した。
その時に気がつく。潤伊くんがいない。どこに行ったのかと思い、視線を色んな方向に向けると、自然と、保健室のカーテンが開いていた。ガラス越しから見えた人影は、養護の先生と。
「潤伊くん…?」
体育が終わり、移動のため理科室へ向かっていた。その時も潤伊くんはいなかった。
(なんでいなかったんだろ…体調悪かったのかな。でも、楽しそうに話してた気がする)
もし体調不良なら寝ているか座っているのが妥当だろう。でも、体育の時に見た潤伊くんは、楽しそうに立って先生と話していた。ただの体調不良というわけではないだろう。なら、なぜ保健室にいたのか。
潤伊くんは私の中では明るくて、楽しい人だと思っていた。けど、実際は違っていたのかもしれない。あれが、もしかしたら偽りの人だったら。
考えただけで鳥肌ができてしまう。嫌な思考を振り払うように、私は小さく首を振った。
「スズちゃんどうしたの?なんか具合悪そう…」
私の視界に美桜ちゃんの顔が入ってくる。綺麗な目、ふわふわした髪、何より特徴的なのは美桜ちゃんの右頬にあるホクロだろうか。
私は素直に聞いてみる。
「潤伊くん、体育の時に保健室いた。なんで?」
急な質問に動揺したのか、私が潤伊くんを探していることに動揺したのかわからないけれど、確かに美桜ちゃんの顔は一瞬歪んだ。その瞬間を、私は見逃さなかった。
「なんか、知ってるの?」
少しの沈黙。5秒ほどだったけどとても長く感じた。
「潤伊は…いろいろ複雑なんだって」
「複雑?」
抽象的な表現におうむ返しをする。その言葉に美桜ちゃんは頷いて続けた。
「実は、去年なんか、色々あったみたいで」
「色々って?それがなんて体育を休む理由になるの?」
私は先走ってしまい、質問の波を起こす。美桜ちゃんのちょっと待って、という言葉に我に返り、改めて質問した。
「潤伊くんは、体育以外にも授業に出てないことってあるの?」
美桜ちゃんは少し顔を伏せて、遠慮がちに首を縦に振った。
キーンコーンカーンコーン
少し気まずくなった雰囲気をチャイムが遠慮なしに終わらせる。理科室に潤伊くんの姿は見れなかった。
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