綺麗な女子――いわゆる美少女。
少なくとも俺は、美少女は見慣れたものだと思っていた。それこそ幼馴染のアレしかり、モデルでタレントの七石先輩しかり。しかし今、俺の唇を指でなぞっている目の前の美少女はまるで違うものであると認識を改めざるを得ない。
はっきりとした顔立ち、鼻がとても高くて長いまつ毛、ぱっちりとした二重。可愛いとも言えるし綺麗とも言える――最強美少女の院瀬見つらら。
そんな彼女を至近距離で見ているだけで、何とも言えない気持ちが芽生えそうになる。
「…………」
「不思議な感じがします。指先で触れているだけなのに、翔輝さんを身近に感じることが出来ている気がして……」
一見すると、かなり一線を越えたような行為に思える。キスをされているでもなく単なる指先による行為なのに、何でこんなにも緊張するのか。
このままだと俺の方が妙な気分になるし、院瀬見に対して物凄く意識してしまいかねない。だがまだ俺の中では確定した気持ちでも無いし、今は冷静にならなければ。
「も、もういいよな?」
「――あっ……は、はい」
俺に言われてハッとしたのか、俺の唇に乗せていた院瀬見の指は一瞬にして引っ込んでいた。
「あー……えー……とだな。そ、そろそろ――」
何を言えばいいのか分からない――そんなタイミングで、部屋の扉が誰かによって叩かれている音がした。
「だ、誰か来たみたいなので、わたし、出ますね」
「そ、そうだな」
考えてみればここは男子禁制の女子寮だ。
新葉《わかば》の部屋に気軽に来ているということもあって特に気にしていなかったが、部屋を訪問してくるのは間違いなく女子だけのはず。
そうなると俺がここにいるのはかなり危険な状況なのでは?
「お邪魔するよー!」
「えっ!? あっ――」
そう思っていたら、院瀬見の動揺を気にすることなく誰かが部屋へと上がり込んでくる足音が聞こえてくる。
院瀬見が制止出来ないくらいの女子なのかと思っていたら、
「……何だ、お前か」
聞こえた声で何となく思っていたが、新葉だった。
「そうがっかりしなくてもいいじゃんかー! あたしが迎えに来てあげたっていうのにさー」
「そんな約束なんかしてないぞ」
「してないよ? でもね、時間がすごくやばいのだよ。お分かりかい?」
「時間?」
確か新葉の部屋に来たのは昼前くらいだったはず。そこから院瀬見に連れられて、今何時くらいだろうか。院瀬見の部屋には時計は飾られていないので、とりあえず俺は携帯で確かめてみることに。
「うえっ!? ゆ、夕方……!? 嘘だろ……」
時間なんて一切気にもしていなかったしそれどころじゃなかったとはいえ、まさかの夕方、それももうすぐ夜の始めくらいだとは予想外だ。
「お昼ご飯も食べずに何をしていたのかなぁ? ねぇ、つららちゃん?」
「ごっ、ごめんなさい! 草壁先輩」
「んー? 怒ってないよー? でも、つららちゃんも知ってると思うけど、門限がきちゃうとさー……特につららちゃんはー」
「は、はい……うっかりしてました」
新葉や院瀬見が暮らしている女子寮マンションは、一応ある程度の規則のようなものがある。そこが普通のマンションと違うところだ。
一年の時から居住している新葉の場合はその辺りがやや緩めになっていて、身内でも無いものの、ほぼ姉妹としか見られていない俺を泊めたりするのはセーフだったりする。
しかし本来住む予定の無かった院瀬見の場合は特例のようなもので、事情がまるで異なっているらしい。
「そういうわけだから翔輝は返してもらうね」
「ど、どうぞ」
新葉に文句を言いたいところだが規則を破るわけにはいかないので、とりあえず院瀬見の部屋から出るしかなかった。
「じゃ、じゃあな、つらら」
「翔輝さん。あの、次は三日後って聞いているのでわたし、そこで待ってますから。だから、その前にお話ししたいです。連絡待ってます……」
「……分かった。じゃあまた」
三日後に何かあったっけ?
「ほれ、翔輝! 帰るよ」
「うるせー! 一人で歩けるから引っ張るなよバカ新葉!」
「なんだとぉー!!」
色々と惜しい時間だった。しかし時間も忘れるくらいに院瀬見のことを意識してしまったことは、新葉《こいつ》にも秘密にしておかねばならない。
新葉の部屋に戻された俺は意味が分からない院瀬見の言葉を思い出し、新葉にそれとなく聞いてみた。
すると、
「三日後? あたしは知らないよ?」
「はぁ? 何で知らないんだよ! たまには役に立てよ! 院瀬見が言ってたんだぞ? 何かあるだろ、何か」
「あんたとつららちゃんの話を何であたしが知ってるわけ?」
「役に立たない奴め。じゃあ、つららの連絡先は知ってるだろ? 教えてくれ」
「……つららちゃんのことをつららとな? ほぅ? ほほう?」
ちっ、気づかれたか。
「呼んでるだけで大したことでもない。それより早く教えろよ」
「あ! 三日後で思い出したけど、七ちゃんがイベントが近々あるって言ってたから多分その日かも! そういうことなら、これね。つららちゃんに連絡してみるがいいさ」
そういや次のバイトの日を聞いてなかったな。そうか、それのことか。
新葉にニヤニヤされながらも何とか院瀬見の番号を聞き出し、俺は自分の家に帰ってすぐに通話アプリのライネを使って院瀬見に連絡してみることにした。
「しょ、翔輝さんですか?」
「音声通話……の方で良かったんだよな?」
「あ、合ってますっ!」
文字だけでも良かったが、あの別れ際の表情はそうじゃない感じがあった。どうやら通話で正解だったらしい。
「えーと、三日後のことなんだけどー現地集合だよな?」
「そのことなんですけど、お仕事が終わったら行きたいところがあるので、一緒について行ってくれませんか?」
やはりバイトのことだった。
「ん? 買い物でもするのか?」
バイトもそう長く拘束されるでも無いし、寄りたい所くらいはあるよな。
「そんなとこです。翔輝さんはその日の都合は大丈夫ですか?」
「暇だから問題無いな」
「じゃああのっ、お願いします!」
バイトといえば、あの推し女の聖菜の問題があったが大丈夫だろうか。とにかく、その日に買い物に付き合わされるのは違いないし何とかなるだろ。
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