前回までのあらすじ
劇団員アクターが学校に強襲し、それを撃退したイツキたち。
しかし学校内には他の児童や教師の姿がなく、唯一の手がかりは屋上に向かうことだけだった。
―――――――――――――――
「……『屋上においで』かしら」
ニーナちゃんが黒板に書いてある英語を翻訳してくれる。
全く分からないのでとても助かる。俺もいつかは『翻訳魔法』を使えるようにならないとな。
なんて、そんなことを頭の片隅で考えながら俺は言葉の意味を考えていた。
間違いなく俺たちは誘われている。
だって他にメッセージを読む人間がいないんだから。
しかし、屋上に来いと言われて『はい、そうですか』と簡単に向かえるわけがない。何しろモンスターが待ち構えているのは必至。
「イツキ。どうする?」
「屋上? まだ行かないよ」
どんなモンスターなのか分からない以上、こちらから先に仕掛けるのが一番だ。
しかし、別に俺たちが直接向かう必要はない。必要ないからこそ、俺は手を叩いた。
パン、と乾いた音が教室の中に響いて俺の手元に生み出されるのは体長5cmほどの小さな妖精が2人。
大きな帽子に黒いブーツを履いている。
俺の目になってくれる『レプリコーン』たちだ。
「屋上、見てきて」
『うィ』
レプリコーンたちにお願いすると、1人が率先して教室の窓から飛び出した。
そして、そのまま壁を伝うと屋上に向かっていく。
レプリコーンたちは同族の間で視界を共有することができるので、遠く離れた場所の状況を教えてくれるのだ。いわば妖精版の監視カメラと言ったところか。
教室の中に置かれていたケーキ、それに刺さっているロウソクがじくじくと小さくなっていくのをしばらく待っているとレプリコーンたちから思ってもない言葉が返ってきた。
『いない。いない。何もいない』
「うん? いない?」
『そう。そう。屋上には、何もいない』
そんなバカな、と思っている俺の横からニーナちゃんが、ずいっと顔を覗かせる。
「本当にいないの?」
『いない。いない』
「でも、屋上に来いって……」
ニーナちゃんはそう言って再び黒板に書かれている『Come To The Rooftop!』を見つめ直す。スマホも辞書も持ってない俺からすれば、ちゃんとした意味を調べる手段はないがニーナちゃんが言ってるからそれが正しいんだろうと思っている。だってイギリス出身だし……。
「ねぇ、レプリコーン。誰もいないの?」
『いない。いない。バカでも分かる。気になるなら、自分で見ろ』
俺は更に質問にを重ねたのだが、レプリコーンには逆に怒られて消えてしまった。
こ、こいつ……。
自由すぎるだろ……。
と、消えてしまった相手に怒っても仕方がない。
仕方がないので俺はニーナちゃんと同じようにもう一度、黒板に書かれている文字を見る。
「屋上にいないんだったら、これが嘘かもしれないのよね」
「そうだね。でも、嘘だったら屋上で何も待ってないのも変じゃない?」
「罠の可能性かのーせーだってあるじゃない」
「もし罠が仕掛けてあるんだったら『レプリコーン』が見つけてると思うんだ」
俺は静かに首を振る。
レプリコーンはちょっと自由に振る舞っていたが、基本的に呼び出した祓魔師たちの『お願い』を聞いてくれる。なのに何もないって言ったってことは嘘じゃない。
ニーナちゃんもそれが分かっているからか、眉をきゅっと寄せた顔で考え込んでいるようだった。
「だったら屋上には何もいない?」
「……かもね」
もしかしたら、それ以外の何かがあるのかも知れない。
だとしてもそれは外から行っても分からない。
だから、
「行こう。ニーナちゃん」
「そうね。行きましょ」
学校内にモンスターが蔓延はびこっている以上、ニーナちゃんだけを1人で行動させるわけにはいかない。俺はニーナちゃんと一緒に教室を後にすると階段を登った。
俺が前で、ニーナちゃんが後ろ。
階段を登るたびにひたり、ひたりと音を立てて、何だかそれが不気味だった。
そういう学校の恐怖は夜の学校だけだと思っていたのだが、日中なのに自分たち以外の音がしないという非現実感がなんとも言えない感情を湧き起こすのだ。
そうして俺たちが三階を乗り越え、四階に向かおうとした瞬間。
下の階からドタドタという足音が聞こえてくると、ニーナちゃんが俺の服を掴んだ。
『だ、だ、第一もォん!』
野太い男の声が階下から聞こえてくるのと同時、ぬっと階段の下から顔を覗かせたのは巨大な男、その顔。多分、顔だけで3メートルくらいある。床すれすれに顎があり、天井には髪の毛をこすってしまっている。
さらにはそんな大きな頭の後ろに芋虫みたいに連なっている胴体と無数の人間の脚が生えている。
まるで巨大なムカデみたいなモンスター。
『食べても食べても減らないものってなァんだ』
その問いかけに俺は少しだけ考えて、
「カレーパン」
『……カレーパン?』
モンスターの顔に浮かぶのは明らかな疑問。
おそらく相当な知能がある。階位は『第三階位』くらいだろうか。
そんなことを考えながら、俺は右手で『導糸シルベイト』を編んだ。
「『焔蜂ホムラバチ』ッ!」
詠唱するのと同時。
俺が生み出した炎槍はモンスターの顔、その額を一直線に貫いて爆発。
頭の中をぐしゃぐしゃにかき回して、四散させる。
ゆっくりと巨体が黒い霧になっていくのを見ながら、俺は踵を返してニーナちゃんの手を引いた。
「行こうか」
「う、うん。それは良いんだけど……」
歯切れの悪そうなニーナちゃんは、俺の服を掴んだまま聞いてくる。
「さっきのなぞなぞって、なんでカレーパンが答えなの?」
「好きな食べ物だから?」
ニーナちゃんの問いかけに思わず疑問形で返してしまう。
特に意味なんてないし、そもそもモンスターのなぞなぞなんかまともに答える必要なんてないだろう。
だからこそ適当に答えたのだが、ニーナちゃん的にはどうにもそこが引っかかっているようで、
「さっきのって体重よね」
「え? あ、うん。そうかも……?」
確かに食べても食べても減らないものは体重か。
いや、言ってる場合か? それ。
なので俺はそれを流してから、四階に向かった。
何故だか知らないが四階にはモンスターがいなかった。もう祓ってしまったのか、それとも運が良かったのか。
どっちだか分からないが、せっかくのチャンス。
無駄にすることなく屋上へと伸びる階段に足をかけた。
うちの学校は階段で屋上まで出られる作りになっている。
最上階へと向かう階段の先にあるのは古びたアルミの扉。曇りガラス。
どこの学校にでもあるような銀のアルミには、赤いペイントで『Welcome!』と子供のような字で書かれていた。
英語が分からない俺にだって、そこに書いてある意味くらいは分かる。
招かれているのだ。
「行くよ、ニーナちゃん」
「うん」
俺は扉に向かって『導糸シルベイト』を伸ばして、ノブを掴む。
直接、手で触ることが条件の魔法があるかも知れない。
だから俺はそのままノブをひねって、扉を手元に引いた。
「……え?」
そこに屋上はなく――遊・園・地・が・あ・っ・た・。
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