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8.潔世一は自信がない。
最近の潔は元気がない。
話しかけてもたまにぼーっとしながら口を開けている時がある。
シャンプーの途中に考え事をして泡が目に入って焦っている姿にも慣れてきた。
やっぱり変だ。
「ってな訳で俺の部屋まで来たと。」
「お前のじゃねぇ、俺のだ。」
部屋の扉を開けると玄関から凪が出てきた。
片手にスマホを握っている。
横から玲王が顔を出して俺を中に入れてくれる。
「…原因の予想はついてる。」
「俺も、凛と最近話してないし凛自身が潔の誘いを断ったらしいね。」
「凛の事だから、現段階の潔よりも時光や蟻生みたいな強さが欲しいのもあるよな。」
一つのテーブルを3人で囲んで話し合った。
練習が終わって疲れ切った体に水が染みた。
明日から糸師冴との合同特別練習が始まる。
俺は潔とは組めなかったから凛ちゃん達の様子を見ることはできない。
最近の潔の様子には凛ちゃんが関わっているのは確定だろう。
「悩むと眠たくなってきた〜。本人に聞かない??めんどくさいし。」
「凪、寝るなら自分の部屋に帰れ〜。」
玲王が横たわった凪を無理矢理起こす。
「俺もそろそろ帰るよ。明日の為にもう少しだけ練習しときたいから。」
「分かった、潔に宜しく頼んだ。」
玲王は凪を抱え込んだまま俺に手を振った。
手を振り返すと玲王の部屋を出る。
そのまま練習着でトレーニングルームへと走った。
扉が開くとやはりボールの音の正体は凛だ。
「…なんだよおかっぱ。」
凛は最後にシュートを決めると転がってきたボールを足で止め、俺を睨む。
「やっぱり念には念をって言うじゃん?俺も練習しとこうと思って!」
「…俺は帰る。」
凛が俺の立つ扉へと向かい出すのをなんとか止めようと腕を掴む。
「俺と一緒にしようよ。楽しいよ?」
凛は嫌そうな顔をしながら手を振り払った。
俺の目を少しだけ見ると口を開く。
「何がお前を動かしてんだ。」
「…え?」
凛の口から出た言葉は予想外のものだ。
威圧感はもちろんあった。でもどこか儚さを含んだ不思議な言い方に違和感を覚える。
「潔世一か?アイツとサッカーがしたいからお前はボールを追いかけてんのか。」
「違うよ、潔とするサッカーは確かに楽しい。自分じゃ思いつかないプレーをする潔に憧れてる。でも俺がサッカーをするのはね。」
俺は凛の落としたボールを拾うと足で何回かリフティングしてみた。
「誰かに俺を知ってもらいたい。俺は俺のエゴを信じて結果を出す。その目標が俺のサッカーの全てだよ。」
凛は俺の答えに対して鼻で笑うと背中を向けて行ってしまった。
ボールを手に持って少しだけ立ち尽くした。
自分にとってサッカーが何なのか、自分が一番分からないから。
適当に繋ぎ合わせた答えに凛は気づいていたんだろう。
悔しい、寂しい、寒い、ここに居たい。
生き残りたい…そう強く感じた時自然と涙が頬を伝ってきた。
「もう1人は嫌だよ…」
自分を慰める為に呟いたとたんトレーニングルームの扉が音を立てた。
反射的に視線を向けるとそこには帰ったはずの凛が立っていた。
「凛ちゃ…」
「立て、おかっぱ頭。相手してやるよ。ただし仲間を見つける何かぬりぃことはすんなよ。逃げてぇなら帰れ、諦めるんだな。」
凛の言葉にハッとして急いで立ち上がった。
そして手に持っていたボールを手前の凛の足に向かって転がした。
「いいね、そうこなくっちゃ。」
涙を肩の服で拭うと歯を見せつけた。
凛はボールを足で上に跳ねさせて無駄のない動きで手に抱えた。
「…あれ、蜂楽は??」
食堂に行くと氷織と黒名、雪宮と千切が席を囲んでいた。
そのメンバーに凛はまだしも蜂楽と國神が居ない事に気づく。
「國神は部屋で試合映像見てる。俺も後で合流するつもりだけど…蜂楽は確かに居ねえな」
口に入れたご飯を飲み込むと千切がそう答えてくれた。
他のメンバーも首を傾げる。
「蜂楽くんならトレーニングルームに行ったよ。僕も誘われたんだけど今日捻った足がまだ治り切ってなくて…。」
後ろからそう答えてくれたのは時光だ。
時光は頭に手を添えてそう笑っている。
「ありがとう、行ってみるよ。」
時光とみんなにお礼を言って俺はトレーニングルームへと向かった。
歩いて数分ほとでルームの入口へと辿り着く。
する と中から声が聞こえて足が止まった。
「凛ちゃん、楽しくなってきたでしょ??」
「楽しくねぇ。お前のエゴとやらを壊しにきたんだ。遊びじゃねぇぞ、おかっぱ。」
「いい加減名前で呼んだほしんだけど〜」
「必要ねぇ。口より手を動かせ。」
ボールをから会うこと、地面を走る音、2人の話す声。
全ての音が部屋の中で響いている。
何故凛と蜂楽は2人で練習をしているのか。
心の中が少しだけモヤっとした。
「よぉ、潔。お前も練習か??」
「蜂楽は一緒じゃないの、珍しいね。」
立ち尽くしていると凪を背中に乗せた玲王が横に立っていた。
「え、や、うん。そうなんだけどやめた。國神と映像見る約束してたんだった!」
その場を誤魔化して走って逃げた。
2人が何をしていたのか、どうして2人だけで練習をしていたのか。
自分にはどうだっていいし、関係がない。
でも気になった。真実を知る勇気はなかった。
凛を好きになってから自分の嫌な感情が見えるようになってきた。
嫌だ、こんな自分。怖い。気持ち悪い。逃げたい。離れたい。もう、終わりにしたい。
「はぁ…はぁ…はぁ…ッ」
「潔世一を切り捨てたか…それともあいつの単なるミスか。」
「…糸師…ッ冴…?」
上手く呼吸ができない。
視界も徐々に歪んできている。
足に力が入らず冴に向かってよろけてしまう。
冴は俺を手で支えて耳元で囁いた。
「凛はお前を選ばない。」
冴の言葉で何も考えずにただ突き飛ばした。
冴がよろけて壁に手を着く。
「凛は…凛はそんな奴じゃない。例え俺を選ばなくてもそれは傷つけたいからじゃない。」
感情的になって言葉が溢れ出す。
つい声も大きくなっていく。
「…お前なんかとは違うだろ。サッカーができても人は操れない。俺は間違ってないし好きになって後悔はしてない。」
「…ほんとにお前らは似てるな。まぁいい。ただそんなに悩むくらいならやめとけ。」
冴は冷たくそう言い放して立ち去って行く。
その背中さえも見届けられない。
吐きそうなほどに気持ち悪かった。
格好つけて感情的になった後で後悔する。
俺は凛を好きなままで居られる自信がない。
…俺が俺じゃ亡くなる前に、凛は切り捨てなければならない日がくる。
そんなことは分かっていた。