暖かな陽光がカーテンの隙間から差し込んでくる。
気がつけば、俺はふかふかのベッドの上で横になっていた。
「……寝てた……?」
ゆっくりと上体を起こすと、身体が少し重い。
でも、昨日の疲労感はずいぶんと和らいでいる。
にゃあ、とリリウムが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「……リリウム、俺を心配してお前もあっちに来てくれたのか?」
頭を撫でるとリリウムはまた、にゃあ、と鳴く。
「起きたか」
窓の方からレイの声がした。
俺はそちらを見る。……不思議な気分だった。
俺は俺でレイはレイで……うん。まあ……それだけで十分なんだけどね。
「レイ……」
「カイル」
歩み寄るレイの表情は穏やかだけど、眉間にはわずかな皺が寄っている。
「……何か、あった?」
「……お見通しか。昨夜の残滓がまだ残っている……」
レイは窓の外を示す。そこには、微かに漂う黒い影のようなものがあった。
まだ消えていない――昨夜の名残。
「俺にしか消せないやつだね?」
そう言うと、レイの目が申し訳なさそうに伏せられた。
「すまない……」
低く落とされた声に、俺は思わずくすりと笑う。
その音に、レイは少しだけ驚いたように目を細める。
「馬鹿だなレイは……一緒に守るって約束したよ」
冗談めかして肩をすくめると、次の瞬間、レイは俺の腕を引き寄せて強く抱きしめた。
ふわりと、レイの髪から優しい香りがする。
「……ありがとう、カイル」
耳元で囁く声が震えている気がしたのは、きっと気のせいじゃない。
リリウムが足元で「にゃあ」と控えめに鳴く音だけが、静かな部屋に響いていた。
※
澄んだ朝の空気が屋敷に広がっている。
窓から差し込む朝日が、昨日の戦いの跡を静かに照らしていた。
「……結構しつこいね」
中庭の噴水の前、レイと俺、そしてエミリーが立っていた。
戦いの後、アルベルトの呪いそのものは浄化されたが、その「残滓」――黒い気配だけは、まだ地面の奥底に微かに残っている。
「昨日の結界でカイルは守った。でも、これを放っておけば、また何かが生まれるかもしれない」
レイがそう呟くと、エミリーが静かに頷いた。
「黒い残滓は、まさしく呪いの『欠片』……このままでは土地に悪影響を及ぼしかねません」
「これを消せばいいんだよな?」
俺がそう言うと、レイが俺を一瞥し、少し躊躇うように言葉を選ぶ。
「だが、それは……お前の体力や魂を削るかもしれない。危険な儀式だ」
危険――その言葉が頭をよぎるけれど、俺の心は不思議と静かだった。
「……レイ、俺なら大丈夫だ」
「カイル――」
「これが俺の役割……誓ったんだ。俺はレイと一緒に、この地を守るって」
レイは何かを言いかけて、ぐっと唇を噛みしめる。
それから、強く俺の手を握りしめた。
「お前を信じる」
「ありがとう」
俺は胸元のペンダントを握りしめる。昨日の光が、まだかすかに残っている。
――俺はもう分かっている。これは俺に与えられた力だ。そして、俺だからこそ、やり遂げなければならない役目だ。
「大丈夫。俺ならできる」
レイが一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにいつものように真っ直ぐな瞳で俺を見る。
「……お前なら、大丈夫だ」
その言葉に勇気をもらい、俺は中庭の中央――噴水の前へと進んだ。
ペンダントが再び光を放ち始める。それに呼応するように、地面に残った黒い残滓が動き始める。
「カイル!集中しろ!」
レイの声が後ろから聞こえる。俺は目を閉じ、意識を光に集中させる。
――レイと誓い合った、俺の役目。
――あの世界を経て俺自身が選んだ、ここを守るという決意。
光がペンダントから溢れ出し、俺の周囲に広がっていく。
黒い残滓がその光に触れるたび、音もなく消えていく。
「……消えていく」
光はまるで風に乗る羽のように優しく、けれど確実に、闇を浄化していく。
「カイル!」
目を開けると、俺の周りにはもう黒い残滓はひとつも残っていなかった。
噴水の水面がキラキラと輝き、光が大地に満ちている。
「やった……!」
その瞬間、身体から力が抜け、俺はその場に崩れそうになった――けれど、レイがすぐに支えてくれる。
この力使うと疲労感半端ないな……。まあ、でも社畜をやった俺にはお茶の子さいさいですよ!……疲れるけどね。
「お疲れ様、カイル」
その言葉と同時に、彼の手が俺の頬に触れた。
「これで本当に、すべてが終わった」
「ああ……これで、やっと」
静かな朝日が、二人を包み込んでいく。
穏やかな風が中庭に吹き抜け、昨日までの緊張がまるで嘘のようだ。
「ありがとう、カイル。お前のおかげで、この地は救われた」
「違うよ、レイ……俺だけじゃない。レイがいたからだ」
俺がそう言うと、レイは静かに笑う。
「共に歩んでくれて、ありがとう」
――俺はカイルとして、そして「俺」として、ここで生きていく。
今までの自分も、今の自分も、全部が俺だ。
そして、これからも――レイと共に、この地を守っていく。
「カイル、これから先も――ずっと隣にいてくれ」
「……もちろん。俺は、レイの伴侶だから」
そう言いながら、俺はレイの手をしっかりと握り返す。
その瞬間、レイが微かに微笑み、少しだけ目を伏せた。
太陽の光が二人を優しく包み込み、吹き抜ける風がまるで祝福のように肌を撫でていく。
「……これからも、よろしく。レイ……」
「こちらこそ。お前がいれば、どんなことでも乗り越えられる」
レイの言葉に、俺の胸が温かく満たされていくのがわかる。
ただ、俺はこの時「全ては終わったのだ」と思い込んでいた。
この安寧が束の間の休息に過ぎないと気づくのは、もう少し後のことだ──。
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