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コメント
11件
時差コメ失礼します‼️ 初めて見たのですが、神作品すぎて尊敬します…💖 応援してます😆
深夜に大泣きです!好きすぎました!!続き見てみたいかも〜、、、、なんて、、、
ずっと前から書きたかった話です
話の途中で専門知識が問われるような文章を織り込んでいますが、かなり大雑把に書いているのでわかる人が読めば一瞬で間違いに気がつくと思いますがどうか見逃して下さい、、
(勿論、ご指摘をして頂ければ気がつき次第直ちに修正させて貰いますm(_ _)m)
1回文章が飛んでしまい書き直しているので荒っぽいところが見受けられると思いますがお許しください。駄作なので消すかもです
(主は初心者なのでとても稚拙な文章です。語彙力!語彙力を下さい!!)
*余談ですが、最近オノマトペを書くのにハマっており今回の小説でも織り交ぜて書きました。その中で明らかに違和感を発するものが何個か出来上がってしまい、思わず笑ってしまいました。読んでいく最中にア!これだ!!と分かると思いますがどうか暖かい目でお見届けください。
ーーー1ーーーー
歌い手グループいれいすのDiceNo.5、If
裏では世間で言うところのアイドルをしているが、表では俺は普通の社畜をしている。
いれいすとの活動を掛け持ちしているので、日々忙しいが経済的に困ることはほとんどないし、なによりやりがいがあるから今の生活を気に入っている。
「お疲れ様です」
特に今日は絶好調だった。プレゼンも上手くいき疲労を見かねた上司の計らいのおかげで定時で帰ることが出来た。職場では高頻度で死んだ目か営業スマイルをしているため、ルンルンで帰る俺の姿を同僚が訝しむような目で見るが気にしない。ふっふっふー、どうとでも思うがいい。なんせ今日は絶好調なので。
そしていつも帰りに寄る業務用スーパーで最近は買ってなかった氷結を買おうと思う。お、ちょっと割引になってる。やった。お酒お酒ーー!高揚した気持ちで会計をするとよくいる店員のお兄さんが「なんかいい事あったんですか?」と聞いてきたので素直に肯定した。
聞かれるなんてどれだけ表情筋が緩んでいるのだろう、なんて思って少し気恥しかったが。
そうこうしていると体感いつもよりも早く着いた。
……さて、今日の夜ご飯は味噌汁と今朝作った残りの野菜炒めもどきと卵焼きと白米。とりあえず冷蔵庫を開きジップロックに入った野菜炒めとお皿にラップで貼っていた卵焼きを耐熱容器に移し替える。あっためようとしたすんでのところで卵は爆発することを思い出した。確か爪楊枝などで卵を数箇所穴を開けとけば爆発はしないはずだ。やってみよ。引き出しからお弁当に着いてた爪楊枝を出す。まさかこんなことに役立つとは、狙いを定め指すとぷすっと気が抜けた音がする。よし。
温め終わるまで待ってる間にYou〇ubeを起動する。開いたのは先日出したいれいすの新曲のコメント欄だ。コメント数がゆうに100件を越していることから、自分たちの成長を感じる。数年前までは無名の歌い手だったんだから人生なんてどうなるか分からない。指をスクロールしていき、時に共感して時に照れながらもまた次のコメントを読もうとしたとき。無機質な電子音が料理の完成を知らせる。スマホを机に伏せて、器を取り出しラップを剥がすととホクホクと蒸気した湯気が舞い上がる。鼻の奥をふわっと擽る匂いに誘われ料理を手につけることにした。
「……うま。」
味の染みた料理を口にほおると思わず緩んだ声が漏れる。これは兄貴直伝のレシピを元に作った料理で、最初は慣れなかった料理も今ではまぁまぁ食べれるくらいには腕を上げていた。
口いっぱいに幸せを感じて支度をし、今日も就寝をする。それがいつもの光景だった。
・
・
・
約1年半年前
「……ライブ?」
俺は思わずそう聞き返した。まさか今聞くとは思わなかったからた。
「そう!ライブ!」
そう興奮気味に話すのはないこ。いれいすを結成して数ヶ月ほど経ち、歌い手活動にも徐々に慣れきた頃だった。突然家に呼び出されたかと思えばメンバー全員が集結しており何事かと思い本題を聞き出した結果が冒頭だ。
ライブ……やりたいとは思っていたけれどいれいす結成に至るまでほとんどのメンバーが初心者だったわけだしやって上手くいくのだろうか……
そもそもリスナーさんがたくさん来るかも分からないし、 なんにせよ初めてそこまで経たない人達がライブなんてやってもいいのだろうか……という不安が大半だった。
「なんで今?」
「やりたいなって!」
うーん。完全にアクセルモードに入ってる。他のメンバーはと言うと……目を合わせてこない。おい。
最初は初対面同士で個性もバラバラで統一性がないと思っていたが話していくと直ぐに打ち解けていくことができた。今ではメンバーとは結構仲良くなっていて個人的にご飯を食べに行くこともあるし……、
だから助け舟を出してくれる……はず、
「俺仕事もあるし……また今度にしない?」
「えーー」
「それに予約とか簡単に出来んし突発的にやるものではないから」
そう言って桃色の髪をした頭にチョップをする。痛っ!?という声は聞こえなかったことにしよう。
「予約はもう取れたし……」
「…………は?」
今なんて言った???
思わず当たりを見渡すと死んだ目をしたりうらと目が合う。なんて顔してんだ。
「……そういうことだから助けて。」
「いやいやいや、それはちょっと……」
「助けてー」「ほとけには悪いけどなぁ……」
(この頃は仲が良かった。今はお察しの関係だ)
「まろちゃーん」
「こういうときだけ縋り付くな」
「まろ……無理なお願いなのは分かってるけどないこを止めてくれへんか?」
「……アニキの頼みでも無理」
……やめろ、そんな顔で見るな。なんか罪悪感が湧くから。
結局は急遽ライブをする事に決まりまさかの大成功を収める形で終わった。
色んな意味で忘れられないライブになった。それが最初のライブの記憶だった。
・
・
その勢いは衰えることもなく、やや多忙ではあるものの充実した日々を送れるようになったのが現在だ。
ただ、一つの悩みを除けば。
『 こいつ歌下手。いれいす抜けろ😓👎』
所謂アンチコメント……というものに悩まされていた。ある程度名が知れていく以上仕方がないことではあるが、どうにも過激な発言が目立つのだ。今までアンチコメントを見たことがなかったわけではないがストレートな物言いに心がグサッと来る。発信元が俺のYouTubeの歌ってみたのコメント欄ということもあってコメントは荒れに荒れているし、こうして目に入ってしまうのでどうにも気分が落ち込む。
……かといってなにか対処法が思いついているわけではない。相当荒れていない限り、変に触れてしまうと過激化したりファンの人が嫌な思いをする可能性があるのでスルーすることにする。
ふと時間を見るととっくに夜は更けいてスクロールしかけたコメント欄を閉じスマホを机に伏せる。
「……もう考えるのやめよ、疲れるし。」
あまり考えていてもキリがないのでもやもやする心を落ち着かせ、とりあえず自分へのご褒美に冷凍庫から買ってきたハーゲン〇ッツを取り出す。真夜中に食べるアイスは至福のひとときだ。五分ほど待って手の中にいたアイスは程よい感じに溶けていて美味しそうだ。ちなみに今日買ったのはクッキー&クリームだ。バニラの柔らかい濃厚さとクッキーの贅沢なほろ甘さが絶妙なバランスを保っておりこれが至高なのだ。中からはバニラビーンズのふわりとした何層ものベールが鼻腔を擽る。視覚と嗅覚を刺激する甘美誘惑に待ちきれず付属のスプーンですくったそれを口に運ぶ。
「……!幸せ~~……」
思わずうっとりとした声が漏れる。今たぶん表情がゆるゆるになってると思う。甘く濃厚なバニラと甘く存在感があるクッキーとの組み合わせが身体に広がっていく現象が心を満たす。ついもう一口、一口と進めれば気がつけば残り一すくい分しか残っていなかった。……もう最後の一口。最後に味わうように口に含んだ。
「ごちそうさまー!」
よし、片付けしよ。疲れが癒されたところでマルチタスクに戻ることにした。
その頃には俺の単純な脳はこんな日々がずっと続くと思っていた。
……ただその後に自分の無知さを思い知ることになる。
運命の歯車が狂い出したのは上司が異動した頃からだと思う。
「え、 ̄ ̄さん異動するんですか?」
「あぁ、こんな歳で異動するのは躊躇ったけど前からやりたかった仕事だからね。」
「だから、関わることは少なくなると思うけど頑張ってね。」
「は、はい…」
正直ショックだったがこればかりは仕方ない。本人も望んでいる仕事が出来るのは喜ばしいことだ。だから、大丈夫と思っていた。
**
**
なにか、おかしい。
そう思い始めたのは新しい上司になってから一週間も経たないことだった。
まず、渡される仕事量が明らかに多い。日によってだが他の同僚の1.5倍ほど多い。それに気がついたのは俺だけではないようで、他の同僚が仕事量の差を指摘したが「Ifくんには期待してるから。」の一言で片付けられてしまった。そうだと思えばそうなのだろうけど違和感が払拭しきれなかった。
しかも、他の人が上司に質問する際には丁寧に答えるが俺の質問の答えはどこか曖昧に返している気がするのだ。
そして、1番の引っ掛かるところは柔和な表情のなかでふとした瞬間に驚く程冷めた目をしているのだ。
かと言ってそこで何故、と問うと故意ではない場合に失礼になるので中々聞けずにいる。
「……最近隈酷いけどどうしたの?寝れてる?」
「ぇ……そんなに?」
自分では気がつかなかったがわざわざ言われるくらいなのだから酷いのだろう。
「ちょっと鏡見てみて、明らかに疲れてるから」
……確かに鏡には心做しか明るさのない自分が写っていた。
心当たりは、ある。
「……頼りないかもしれないけど」
「なんかあったらりうらに相談してね」
「……うん、」
正直、この気持ちを誰かに共有したかったがりうらの時間を消費させたくない気持ちの方が強かった、、、こんな話で迷惑をかけるわけには行かない。
それにそれ以外の上司はとても親切で人のいい笑みを浮かべるものだからとても悪い人とは考えられなかった。だから、多少なりとも違和感は感じていても其れを信じてしまうほどではない為そこまで気にしていなかった。
しかし、ある日決定的な出来事が起きた。
日は沈み上司と俺以外居ないオフィス。やっと仕事から解放されたタイミングで上司から声を掛けられる。
『Ifくん、悪いけど僕の仕事変わってくれるかなぁ?』
「申し訳ございません、今日は大事な用事がありまして……」
今日は外せないいれいすのミーティングがある為、断りづらいが断った。
優しい上司のことだから、そのくらいの遠慮も了承してくれるだろうと心のどこかで考えていた。
…パシッ
(は……?)
突然頬に走る鈍痛のようなジワジワとした痛みは、その予想が外れていたことを意味していた。
『……うるさいうるさいうるさいうるさい!!』
盛大な声量に思わず肩が揺れる。
目の前に聳え立つの脅威から目を離せずにいた。
記憶上の上司の像とは乖離しすぎて見る影がない。
『ずっと前からお前が気に食わないんだよ!』
呆然と立ち竦む俺に追い討ちをかけるように再び頬を叩かれる。
『ただの会社員のお前が断れる立場だと勘違いすんな!』
3度目の攻撃をしようと振り上げる手を呆然とスローモーションを見るように眺めるしかなかった。
…痛い
「ッごめんなさい……」
頬がヒリヒリと痛む。頭の中がグルグルと蠢く感覚に吐き気が覚える。上司は完全に理性を失っており、目は血走っている。目の前の光景を信じたくないが激しく警鐘を鳴らす脳が事実だと訴えかけている。
大丈夫、大丈夫。そう思ってたのに
『お前なんてっ!誰も必要としてねぇよ!!』
『この出来損ない!!』
(あ、…)
と思った瞬間には手遅れだった。
突然、キャパシティを超えたらしい頭は突如静寂を作った。急にメタ思考になったようだ。正に頭に直接冷水をかけられた気分になった。
本能が叫んでいた。
もう、
無理だ。
「……、」
『お前みたいな役立たずは俺の言うことを聞けばいいんだよ!!』
パシッ
「いた、ぃです、ごめんなさい、許してください…」
『……』
もう一度、腕を振りあげようとしたときに突如として電話が鳴った。
『……チッ』
『……まぁ今回は許すが、』
『次逆らったらどうなるかわかってんだよな?』
「、、はい、」
この状況下で反抗するほどの余力はなかった。
それから帰ってミーティングをした。自分では気が付かなかったがいつもより口数が少なく声のトーンが低かったらしく、色んな人に心配されたが大丈夫だと答えた。…迷惑はかけたくなかった。
通話を切って少し経った後、頬に暖かいものが伝っているのに気がついた。
正直、どんな状況下でも笑っていないといけないところは今はつらかった。少しの間休みをとろうとも考えたけどインターネット上にはこんなに応援してくれる人がいるから、、。
気を抜くとまだ泣いてしまいそうな気持ちを堪えるように薄い味アルコールを流し込む。手を離すとアルミで出来ていた缶は少しへこんでいてそれが今の俺を見ているようだった。
いつでも皆の声は原動力になっていたし重荷にもなっていた。
流石に普段から肉体的攻撃をしたらバレると思ったのか上司の行動は精神的にくるものばかりだった。
「…おはようございます」
『…』
(無視…)
朝に挨拶をしても俺だけ返事が来ない、
「いふさん、明日期限の仕事終わりましたか?」
「え、、それって来週までじゃないんですか?」
「違いますけど……。」
「……!申し訳ございません。至急終わらせます。」
(今日は帰れそうにないな、、)
俺だけ連絡が来ない、
『これはこう書きなさい』
「承知しました。」
「出来ました」
『この書き方はだめだ。』
「え…」
(この間言われたやり方なのに)
理不尽な理由でダメ出しをする、
『これやっといて〜』
「………」
「はい…。」
仕事を押し付けるなどの身に余る嫌がらせを受けた。
途中で気がついた同僚が俺に心配の声を掛けてくれたが、上司がいる時は争いごとに巻き込まれないように遠巻きから眺めるだけだった。それは仕方がないと思う。いくらお人好しでも、こんな案件に関わるのはリスクが高すぎて出来ない。
だから日々耐えるしか無かった。その度に心は磨り減っていったが、目を瞑り心を閉ざして自分自身に催眠をかけた。
でも、人間誰しも限界は来るようで。いつものようにダンスレッスンをしていたとき、バランスを崩し前のめりになる。
倒れる…と思った瞬間
「大丈夫か!」
兄貴の少し焦ったような声が聞こえる。どうやら倒れないように咄嗟に体を支えてくれたらしく、何とか持ちこたえることが出来た。
「大丈夫…ありがとう」
集中できてない自分のミスが恥ずかしい。ライブもあるのに、、
「いふくんそんなんで本当に大丈夫なのー?w」
声の方向に振り返ると2番がこちらにペットボトルを持って渡してくる。
「……」
「いむくん、こう見えて心配してるだけだから気にせんといてな」
ペットボトルを受け取って俯いていると初兎が顔を覗き込み、声をかけてくる。
……いや、俺が未熟なのが悪いから。
「…ほとけが言ってるのは事実や。俺が出来ないのが悪いから、もっと頑張らないと」
ペットボトルの水を飲み、キャップを閉める。
「止めてごめん、続けよう」
そう言うとないこは納得をしないような顔をしながらも頷いて練習は再開した。
結局その日は俺だけ残って10時まで練習した。他のメンバーに帰らないのかと声を掛けられたが断った。このままではだめだから。少しでも必要とされるようにしないと…
帰りに何となく寄ったコンビニで何となく薬とお酒を買い込んだ。特に深い意味はなく。家に着いてスマホを開く。目的はエゴサの為だ。前までは気にならなかったはずの周りの目が今では気になって仕方ない。それでいて自分で調べたくせにアンチコメントを見たら落ち込む、というなんとも非生産的な行動をしていた。
応援のコメントも否定のコメントも怖いからいつもより度数が高いお酒を口に流し込み、気管が熱くなるのを感じながらアルコールに逃げた。アルコールを飲んでいる時はいつものように”If”でいられるから。いつの間にか手放せなくなっていたしその辺から自炊もしなくなっていった。
そんな自分が情けなくて気分を誤魔化す為に家では必ず薬がお酒を摂取して、そんな自分に自己嫌悪をしての繰り返しのループに陥っていた。
上司は明らかに覇気がなく月間成績が落ちた俺を満足気に眺めるのがセットだった。
気がつくと色とりどりな冷蔵庫の中身がアルミ缶だらけの箱になっていた。
『今日の配信仕事のまろで出来ない( ´ •̥ . •̥ ` )本当にごめんね』
仕事が忙しくなっていくことに比例していれいすの人気は上がっていった。普段なら嬉しい状況なはずなのに素直に喜べないでいた。そんな俺とは対照的に俺を責めないメンバーとリスナーさんには頭が上がらない。本当に恵まれていると思う。ただ、皆の優しさのぬるま湯に浸かる度、罪悪感が麻痺してしまう気がして、恐ろしかった。
「はぁ……、」
結局その日も金曜日だというのに会社から帰れないでいた。
時計の針が2時を指す頃、薄暗い会社で1人残業をする。本来の仕事は既に終わっているのだが帰り際に上司に渡された置き土産(仕事)によってまだ帰れないでいた。断って帰る、という選択肢もなくはなかったがそれはしなかった。というよりかはできなかった、の方が近い。
具体的にその仕事内容というのは取引先と株主向け用のプレゼン資料の作成であり、本来は俺の仕事では無いし会社にとっても大事な案件である。そんな案件を帰り際の上司にへらへらと渡されたときは神経を疑った。締切は今日の午後6時まで。普段だったらある程度は余裕のある時間配分だが普段の通常業務も並行でこなさないといけない為とてもハードスケジュールだ。正直、気分は最悪だが仕事は仕事。嫌でも取り掛からないといけない。
というところだけど、
その頃には連日の業務により眠気がピークに達していた。ここ最近は寝れてないので余計睡魔に煽られ虚ろ虚ろしてしまう。……本当に寝そう…………、
でもまだ寝るわけには行かない、どうしよう……
そう思案していると視界の端にエナジードリンクが目に入った。
「あ、」
……丁度いいのでエナジードリンク飲料を飲むことにする。口の中に人工甘味料とカフェインの味が口いっぱいに広がる。最初はこの味に慣れなかったが今ではすっかり体が適応していた。気持ちを切り替えるために軽く屈伸をし、作業に戻っていった。
**
**
……よし、あと30分くらいで終わる。
長時間の作業に疲労が溜まりくたくたったが、もうすぐで終わらせられるなら頑張ろうと考えた時だった。
ー~♪
「…………」
一瞬で顔が強ばっていくのを実感する。
着信が来ている。……仕事中に着信音を有効に設定しているのは上司だけだ。
つまり……相手は、、、そういうことだ。最悪だ。
この着信音を設定したのは3ヶ月前だがもう既にこの着信音が嫌いになりかけている。
眩しく光るスマホに目をくらませながらもトーク画面を開く。
……こんな時間に業務連絡をするのはやめて欲しいのだけれども。
「…は、?」
次の瞬間俺はトーク画面を開いて絶望した。
画面には
「あ、そういえば昨日渡した仕事なんだけどやっぱなしで!w」
「明日も俺の仕事よろしく~w」
と表示されている。
じゃあ今までやってきた仕事は全部無駄だった、?
約3時間。俺が睡眠時間を削って今日する予定だった個人配信も諦めて残業に費やした時間が水の泡となってしまった。
「…ふざけんなよ……、」
喉元から出た言葉は想像以上に低かった。
どんなに辛くても楽しみにしてるリスナーさんやメンバーに迷惑をかけるようなことはしたくなかった。
だから上司の分まで働いた。
それが水の泡になってしまった。
皆を裏切ってしまった。
(……ごめんなさい。)
俺は仕事、歌の収録、配信、会議、ダンス練、飲み会……、ただでさえ忙しいと言うのにこれにいれいすの活動内容があるのだから言ってしまえば疲労困憊だった。
帰りたい、……
日々の疲れが溜まった今では頭の中にはこの四文字しか浮かんでこなかった。
─────どのくらい経ったのか携帯のバイブレーションが鳴る
ないこ
気がついたら電話して (+99件)
…やばい、めっちゃ連絡きとる
もうこんな時間だけどかけてええんかな……
まぁしたほうがいいか……。
とりあえず電話しよ
「…もしもし」
『 ……遅い。』
「ごめん」
『 いいよ。よくあるし。』
電話越しの声はとても冷えていてあんなに優しかったないこに軽く恐怖を覚えた。
『 それでさ、色々と言いたいことあるんだけど』
「うん…」
『 本気でいれいすの活動する気あるの?』
なんでそんなこと思うの?始めたときからそうだよ…
「え……それは、あるけど…。」
『 ならさ、少しくらいは連絡してよ』
「…」
『 連絡なんもないとこっちなんも動けないから迷惑かかるんだよね。』
ないこの言う通りだ。俺が連絡してないせいで迷惑がかかってる。
「ごめんなさい……」
『 …はぁ、』
『 悪いと思ってないでしょ?』
「…!そんな事ないよ」
『 ならなんでここ最近個人配信できてないの?』
「それは……仕事が『言い訳はいいよ 』
「……」
どうしよう……言い訳じゃないのに
『 忙しくても普通そこまで仕事は入ってないよね』
『 リスナーさんも心配してるし、』
「ごめんなさい……」
そう言われると俺には謝ることしか出来ない。なんて、無力なんだろ。
『……本当のこと言って、怒らないから。』
信じてくれてない、。
でも、仕事で配信が出来ていないのは事実だし、説明したら分かってくれるはず。
あんなに優しいから。
「…本当に仕事が忙しくて……」
『 ……はぁ、』
(怒ってる……どうしたら信じてくれる、?)
『 そう、言う気ないんだ』
「違う……!本当に忙しくて……!」
そう思われたくなくて声が出る。久しぶりに出した張った声は思ったよりも情けなくなっていた。
ただ、ここで冷静になれたらこんなことにはならなかったかもしれない。
『  ̄ ̄ ̄だったらもう好きにして。自分でやっていいよ』
『 その代わり、
いれいすを抜けて。』
「……っ!!」
冷めた声が聞こえる。
目の前が真っ暗になった。
なんで……
嘘……
…本当は要らないって思ってた?
───俺が出来損ないだから?
「ッ……」
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい
『……いふまろ?』
「……」
やだやだやだやだやだやだ、まだ、
やめたくない
「ぁ……、───はぁッ」
くるしい、空気がたりない。
「はあ、ハアッ、ハァッ、ヒュッ」
頭がクラクラする。
『!?』
『過呼吸!?』
「ハァ ヒュッ、ハァ、はぁ」
何かを口にする声すらもぼやけて聞こえないけど返事……しないと。迷惑をかける訳にはいかないから。
これ以上嫌われない為にはどうすれば……
あ、──謝んないと。
脳内がぐちゃぐちゃだった俺にはそんな方法しか思いつかない。
「ごめ、ごめんなさいッ、ごめんなさい」
「俺もっと頑張るから……配信も……っ絶対する……し、はァッ……スケジュール……も開ける、っから
だから…ぁ…居させて……っ」
『…ごめん、言いすぎた…。
仕事で忙しくて仕方ないのにムキになって攻めた俺が悪いから、』
ないこは悪くないと口に出そうとするが咄嗟に声が出ない。
……こんなことで過呼吸を起こすから捨てられるのかな
そもそも俺がいなければもっと上手くいけてたのかもしれないのに
今まで居させてくれただけでも感謝しないといけないのに
やめたくないって引き止めても迷惑なのに
ずっとずっと邪魔だったのに。
今までなんで気がつかなかったんだろう、
「ハァッ、はぁ、はぁっ」
呼吸を落ち着けないと。そのくらいはできるようにしないと
「はぁ、はぁ……」
よし、少しは息できるようになってきた。
「ないこは全然悪くないから、俺が…全部悪いから」
「今までごめんなさい」
「こんなんじゃいれいすのお荷物だよね」
『…!そんなことな「もう、無理しないで」
こうなったのは全部全部、俺のせいだ。
これ以上俺のせいで辛い思いをさせるのは嫌だ。
「短い間だったけどメンバーとリスナーさんと作った日々は本当に楽しかった、ないこありがとう」
『 ッ…!』 ̄ ̄ ̄
…
……
終わってしまった。Ifの人生が、俺の人生が……、
今までそれなりに頑張ってきたつもりだった。
……でも、足りなかった、
ただそれだけ。
「ッぅ、やめたくなかった……」
 ̄ ̄ ̄なのに胸が張り裂けそうだ。音楽の道を諦めたときだってこんなに苦しくなかったのに。一気に将来が真っ暗になった。今までは会社でどんな辛いことがあったっていれいすがあったから乗り越えられた。でも……俺はいれいすには居られなかった。俺が、、ちゃんとしてないから、、。その事実が胸に深く突き刺さる。それは金属製のナイフよりもガラスの破片よりも鋭く、深く。
静かなオフィスの空気を揺らす音が落ち着いてきた頃。
どれくらい経っただろうか。
鏡で確認してないものの確実に目は腫れているし疲れきった顔はぐちゃぐちゃになっているだろう。ティッシュで涙を拭う。
今までなんのために努力したんだろう……
俺はどうなりたかったんだろう。
「結局、俺の人生ってなんなんだろ……」
こんな人生のためにしてきた今までの努力が全部馬鹿馬鹿しい。
瞬間、なにかの糸が切れたような気がした。
そうなってしまえばひびの入ったガラスのコップから液体が漏れ出すように自分の体が悲鳴をあげ始めた。ずるずると身体の力が抜けていく。体が鉛のように重く感じた。もう、纏わりつく事象が鬱陶しかった。
寝不足を訴える頭は一度負の思考に陥ってしまうと引き摺られるようにどんどん重い思考に苛まれていく。普段はここまで思わないのに。ずるずると身体の力が抜けていく。急に重りがのしかかったようだ。
…なんのために
……仕事を押し付けて……断ったら暴力で征服させて、1分でも間に合わなかったら怒られて、間に合ったら仕事を増やされて……
もう、無理だ。
頑張れない。
今まで周りの人に喜んで貰えるためになんでもした、
でも完璧に応えきれなかった
ごめんなさい。
でも、
もう諦めて。
期待しないで。
これからは俺は自分の為に生きるから。
もう、この会社を辞めよう
周囲の人からは確実に反対されると思うがもう無理なのだ。甘えとかではなく。
もしこんな状態でこの会社で働き続けたら体が持たないし精神衛生上良くない。
それに都合のいい人間として働き続けたりなんかしたらそれこそ上司の思う壷だ。
だから、やめよう。
いれいすも辞めてしまったし、会社も辞めてしまおう。今後どう生きるかは知らないが貯金のお陰で暫くはそこら辺を彷徨う事はないだろう。
とはいっても実際はそんなに簡単に辞めれる訳では無い。普通は退職は何ヶ月も前から届け出るわけなのでもちろんこんなに急に辞めたら会社には迷惑がかかるわけで。
でもそれ以上に急に辞めるということは有給消化しきってないとか退職金貰ってないとか次の就職先は見つかってないし圧倒的にこちら側の不都合が多い。
それでも最後くらいは上司に仕返しをしようと思って。
上司のトーク画面を開く。
先程送られてきた文章が再び目に飛び込んでくる。もし前に戻れたら未来は変わってたのかもしれない。しかしそこにあるのは先程と変わらないメッセージだけだ。
でももう傷つかない。一種の防衛反応かもしれないし、唯自分の中でどうでもいい存在に降格しただけかもしれない。返信を打つために返信用の吹き出しを軽く押しキーボードを展開させる。
……本当は文章の前後にめんどくさい社交辞令もつけておくのが社会人としてのマナーなのだがそんなことはもうしない。俺はもう理想のIfの姿ではなくて不必要な姿だから。
「”本日限りで会社辞めさせて頂きます。退職届はPDFで送付するので何かございましたらお手数お掛けしますがそちらで印刷してください。もしこれ以上関わってくるのであればこちらが法的措置を取らせて頂きますのでそのことを念頭に置いて いて下さい。今までありがとうございました。”」
普通は勝算はないが証拠を使って民事訴訟を起こしてしまえば向こうの勝ち目はなくなる。と言っても実は証拠なんて1個も残ってない。けれど今の時代が便利なことに録音機やスマートフォンなど簡単に証拠を残せるようなものは沢山あるので俺が証拠を抑えてない確率は0%とは断定できないのだ。
だからこうして半ば脅し文句を書いとけば相手は下手には出れないだろうという俺の見解だ。まぁ通じなくても消息を絶つだけなんだけれども。
……送信っと。後から連絡が来たら面倒なのでブロックする。
この時点でもう午前三時を過ぎていたので潔く帰宅しようと思う。だってその場任せでこんなことをするなんて相当頭が鈍っているので。
……取り返しのつかないことをした自覚はある。
けれど、なにもない今の俺にはそんなことはどうだってよくさえ感じた。
…
荷物を全部片付けるとなると相当時間と労力を要するように思えるがデジタル化のお陰か、実際に持ち帰る荷物はかなり少ない。最近はブルーライトによる視力の低下に嘆く日々だったが今回ばかりは文明の利器に助けられた。帰る前に薄く電気がついた職場を見渡す。思ったよりも心残りはないようだ。遅くまで滞在してごめんなさいと心の中で警備員の人に謝罪しながらビルの自動ドアをくぐる。……
支度も早々に、帰路に着く。とはいっても当たり前だが今の時間電車は乗れない。ビジネスホテルという選択肢もあったが家の安心感には勝てない。なんとか体を踏ん張らせタクシー乗り場まで移動した。待ってるうちに
……この時間ってもしかして来れないか……?
と疑問が浮かんだがそれは直ぐにタクシーの到着によって打ち切れた。電動式のドアが開いたので車内に乗り込んでいく。
「……こんばんは、」
「こんばんは~お兄さん仕事終わりですか?」
乗車するとしっかりとしたスーツを着た若めの運転手さんと目が合う。こんな状況だけど優しそうな人でよかった。
「はい、」
「いや〜…大変ですね。お疲れ様です。」
「ありがとうございます、…こちらこそこんな時間にすいません、」
「……いえ、この時間帯に利用する人は多いですので」
明らかに訳ありな俺に何か言いたげな目で運転手さんが見てくるが知らないふりをして指定場所を告げる。きっと、今の俺は酷い顔だ。
現実から目を逸らすのに柔らかい座席は最適だった。
**
「……今日も仕事で配信できない、本当にごめん、」
「…そっか!大丈夫!俺たちがまろの分も頑張るからまろは今は仕事に集中しててね〜!」
本当は大丈夫なんかじゃない。
ずっとそれに気が付かないフリをしていた。
一瞬空いた間も
目の下に浮かぶ影も
不自然な笑い方も。
きっと優しさに甘えてた。
『 無理しないで下さいねー!』
『 お仕事お疲れ様です!』
『 いつまでも待ってます!』
リスナーさんの擁護の声にも。
でも分かってた。
「本当はうざい?」
「仕事なんてやめてほしい?」
「怒ってる?」
「嫌いになった?」
「いれいすを抜けて欲しい?」
『 そうだよ』
───いざ言われると傷ついた。
この自分勝手さには神も匙を投げたくなるだろう。
……それでも例え嘘であっても否定して欲しかった。
なんて、どの立場が言えるんだろう。
**
「お兄さん着きましたよ〜」
ピー、ピーと電子音が鳴る。目をゆっくり開き何度か瞬きするとすりガラスのように曇った視界が消え去る。どうやら少しの間寝ていたようだ。
「…すみません、ありがとうございます。」
「いえいえ、……あ、代金は丁度2000円です」
「はい…では、現金で」
「…お兄さん疲れてますね笑」
「?」
「2000円じゃなくて2万円になっていますよ」
「あぁ、、普段お金を使うことはそんなにないので貰っといてください、」
「深夜に押しかけて迷惑をお掛けしましたし。」
「いや……全然大丈夫なんですけどね、、」
「……あ、じゃあこれどうぞ!」
少しの間を開けて運転手さんはそそくさとバックの中からチケットを取り出す。
(……?)
首を捻り運転手さんの手に目を向けると
『 抽選1名様限定!豪華世界旅行券!』
と書かれた煌びやかな謳い文句が書かれた券だった。
「はい!どうぞ~」
申し訳なさからどうにかして断ろうかと目線をさ迷わせるがその姿を見た運転手が
本当に気にしないで下さい! と人のいい笑顔で微笑むので思わず受け取ってしまった。
「…ありがとうございます。」
「当たってるといいですね。」
「そうですね。」
まぁそんな訳ないだろうけど。なんて、心のどこかで俯瞰して冷めた感想が浮かび上がる。でも頂いたからには大切にしようと思う。皺にならないように丁寧にスーツのポケットにしまう。それから、運転手の男性に軽く会釈と共に感謝を告げ下車した。家までの距離は目前に控えておりタクシーの利便さを痛感する。エレベーターを使い自室へと向かう。ほぼ一日ぶりのドアノブを回す感覚は重厚だった。
「……はぁ、」
久しぶりの自宅だ。実際のところは対して間隔は空いてないが疲労を訴える体はその安心感からか一気に力が抜ける。
今日は本当に色んなことがあった。もぬけの殻になった俺は気がつけば歯磨きを終わらせベットにダイブしていた。意識が落ちそうになった時、頭の片隅に片付けやってないことに気がついたが身体が本能的に拒否したのでそのまま寝落ちした。今日ばかりはこの生活力のなさも仕方がない事だと思う。
**
**
目を自然に覚ましたのは4時50分。いつも5時にアラームをかけているせいでそれより少し早く起きるのがセオリーとなっていた。のそのそと布団から身を離そうとしたが仕事を辞めたことを思い出した。どんよりとした気持ちになった。昨日の記憶がフラッシュバックする。
───いれいすを抜けて。
「っ!違う!!!」
思わず口について出る。
……なにが?
その答えを思考してみるもわからない。
わからない。
自分が悪いのに。弁解の余地なんてないのに。
、、、
、、、嫌いだ。こんな自分が。何で、何で
ベランダの方に手が伸びる。
数メートル先の地面の一点を吸い込まれるように見つめる
目線の先には硬いコンクリートが敷いている
(、、、、)
手すりに手をかけた。手すりは体の3分の2の高さまで届いている。無意識に体重がつま先に傾いた。前へ。
その時、
冷たい風が頬を突き刺すように拭いた。
突然の出来事に軽装でいた俺は思わず身体を震わせた、
「あ、、れ」
何でこんなところに。
全然意識していなかった、嫌、むしろ意識してなかったからなのだろうか
自分の知らない内に巣食っていた黒い靄。いつしか脳を侵していた感情。
呆然とした。
そして手すりに手をかける手が震えていることに気がついた。
その瞬間その理由はおそらく寒さだけでは無いことを理解してしまった。
僅か10分程度の出来事だったが不眠を訴える症状が激しくなっている。
特にすることもなかったので水で薬を流し込むと副作用ですぐに眠気が襲ってきた。
磨りガラスを通すように曇っていく視界から目を閉じた。
**
**
「宅配便でーす」
「、、ありがとうございます」
最近は人と会話することが極端に減ったと思う。あるとすれば……宅配便の人くらいだろうか。俺は仕事を辞めてから2週間も経つのだが寝て起きての変わり映えのない日々を過ごしていた。以前は活動的にしていたことも今は全く気分になりはしない。とにかく何も考えたくなくてベットとの往復移動を繰り返していた。前より食欲が減った気がするのは気の所為ではないと思う。
「……することないな、、」
何も考える気力がなくて最初のうちはベットの上で膝を抱えて真っ白な壁をぼーっと眺めていたが流石に飽きてきた。スマホを使えば少しは気が紛れるのかもしれないが大量の連絡が溜まっておりなかなか開く気にならない。多分SNSでは死ぬほど叩かれていることだろう。1度開いてしまったら激しい後悔と罪悪感に苛まれることは想像出来るためやめておく。いつかは向き合わないといけない現実だが、今はそれを受け止め切れる自信が無い。そして親にも会社を辞めたことを伝えられずにいる。折角入った会社を辞めたなんて聞いたら親が悲しんでしまうから。何処かで親不孝な息子だと思われたくなかったんだと思う。
ただアルコールの缶や薬が散らばっているなかなかの惨事な部屋を見ると段々と焦燥感が沸いてくる。それが普通なのだろうけど。
この状態を放置するわけには行かないのでそろそろ片付けをしようと思う。流石にそれを平気で放置するほど脳が死んでいる訳では無い。重い体を持ち上げて静電気でボサボサになっている髪の毛に櫛を通す。目を覚ますために冷水で洗顔をする。
「冷た……」
久しぶりに水で感覚が強く刺激されたことにより案外目覚ましには悪くなかった。そして何気なく正面を向くと思わずゾッとした。
鏡に映る自分は生気がなく目が死んでいた。それに少し痩せたような気がする。……なんかこのままだと不味い気がする。久しぶりに人間らしい活動をしよう。
そう決めたら行動までは意外と早く、さっさとシャワーを済ませ、部屋はあっという間に綺麗になっていった。片付ける途中で全く起動してないテレビにハンガー代わりにしてかけていたスーツを取り込む。、、これも洗うか。いつもの癖でポケットをひっくり返して確認した時になにか紙のような感触を感じた。引っ張ってみると仕事を辞めた日にタクシー運転手さんから貰った抽選券が入っていた。
(完全に存在を忘れてた……)
どうでもいいとかそういう話ではなく、度重なる出来事に疲労していて正直それどころではなかった。期限がもうそろそろだしなんも見ないで捨てるのは失礼な気がするので確認だけしとこう。久々に使うスマホで抽選券名を調べる。あ、これだ。
指でしゅっとスクロールし当選番号を確認した。これが当たった人どうすんだろ……と考えつつ手元の番号と見比べる。
……
……??同じ??
いや、そんなわけないか。
目を擦ってスマホと手元の券を何回も見比べてみるが合っている。
これって…
「当たってる……」
全く想定していなかった事態に目の前の光景が信じられず思わず頬をつねってみるが、それは現実世界だと知らせるばかりだった。
…
…
……誰かに譲るか……?
はっきり言って俺には不相応だと思った。こう、、俺よりも全然素敵な人で本当に行きたい人が行くべきなのでは……と。
「はぁ……。」
どうしよう。新たな悩みの種が増えた。
(そもそもこのくじは貰い物だしな…)
そうだ。問題は貰い物ということだった。安易に誰かに譲ってしまうのは失礼なので。どうするか……
久々に働かせた脳は上手く回らない。腰掛けていたベットに背もたれを付く。ボフッと軽い音が響く。
、、、海外か。
チケットの文字を指で軽くなぞりながら昔のことを反芻する。
「……楽しかったな。」
あの頃は何となく生きていて、それで人生が上手くいってた。今考えるとなんて贅沢な日常だったんだろう。少し考え出すと走馬灯のように脳裏に浮かんでくる記憶。確かに大きい希望と夢を持っていた。世界旅行も人生に一度はしてみたいなんてボヤいていたかもしれない。
……そんな非現実的なことが今、叶うかもしれない。
そう考えた瞬間胸がドクンと音を立てた。 じわりと胸に広がる暖かさ、少しの胸の高鳴り。久々の感覚。
……今は俺がどうしようと誰にも迷惑がかからない。
英語を勉強していたお陰でコミュニケーションに困ることは無さそうだし、、
なら、行ってみるのもいいんじゃないか。
もしかしたら、この奇跡的な確率を引いたことによるアドレナリンに浸されて思考が麻痺しているのかもしれない。そう思うのと同時に、この機会を逃したら二度と行けることは無い。と直感的に思った。
だから小一時間程悩んだものの、結局思い切って行くことを決心した。
それにしても凄い偶然だ。
(流石に神様も同情してくれたんかなぁ……)
なんて戯言を考える。旅行なんていつぶりだろう、と記憶を引き摺りだすと懐かしい思い出蘇る。…最後にライブ抜きで旅行に行ったのはほぼ一年前だ。確か、メンバーと北海道に行って…海にも行って凍えそうになったり海鮮を食べたり、、懐かしいな。ふと気になってスマホのアルバムを遡る。
「あ。」
あった。写真には左から順にりうら、ほとけ、初兎、ないこ、俺、兄貴のDiceナンバー順で写っている。背景に写っているのは神社。笑顔で6人で並んでいる姿がなんだか懐かしい。そこで”これからもいれいすで活動できますように”って願ったんだっけ。……まぁ叶ってないんだけど。
他にも近辺をスクロールをすると車で肩を寄せあって眠るいむしょーや、相変わらずポテトを頬張るりうら、寝顔に落書きされているないこに、魚を釣る兄貴など様々な写真で埋め尽くされていた。そういえば、この旅行の後に新しい上司になってそこからあまり話すことも少なくなったんだった。……
名残り惜しい気持ちには知らないふりをして身支度を再開する。
幸運なことに生ごみなどの家庭ごみは丁度回収して貰った所なので、支度をすればおっけーな状態である。もともと、ライブなどで連泊をすることが多かった為必要なものを一から洗い出す手間もなく、スムーズに支度が終わった。だからもう大丈夫かなと思ってたのに。
見つけてしまった。高校生の頃、親に頼んで買って貰った思い出のギター。慣れない軽音楽部の雰囲気だけ一人前の完成度の低い下手な演奏を思い出す。今となっては簡単に弾けるようなフレーズも放課後悔しくて何回も練習していた。そんな日々が全てが、くだらなくって、どうしようもなく楽しくて、ひたすら弾いては弾き、親に叱られたりもした。
だから眼前に佇むそれを手に取らずにはいられなかった。ポリエステルでできた滑らかな表面のカバーのチャックを丁寧に降ろしていく。数年ぶりに見た姿は記憶上の形と変わっていなくてなんだか安心した。埃一つも着いていない綺麗な木目の模様をしたそれの弦を指で軽く弾いてみると柔らかい音が部屋に鳴り響く。いつ聞いてもいい音だと思う。
だから、気がついたらギターを荷物に入れていたのはただの気まぐれだと思う。
全体的な部屋を見渡すとミニマリストもびっくりの殺風景が出来ていた。その中で大量の薬が淡々と整列されている光景は中々異質で、見る人が見れば心療内科の受診を推奨されそうだ。
(まぁ、誰も見ないんだしいいか)
そして机の上にメンバーから貰ったブレスレットを置く。
これは俺なりのケジメだ。俺はもう、いれいすに居られない。…俺は要らないんだから。いつまでも過去の記憶に縋り付いて幻想を見たって過去が変わることはない。今までの弱い俺とは別れを告げる。そのためにこれは置いていく。
机の上にぽつりと置かれたブレスレットはなんだか寂しく見えた。
荷物の最終確認が終わり、玄関に向かい靴を履く。荷物で両手が塞がっているが踵を履き潰さないように注意を払いながら履いていく。選んだのはダンスレッスンなどにもよく使っていた動きやすい靴だ。圧倒的機能性重視なので靴選びは即終わった。
靴を履き終わったところで重厚な扉を押し開く。隙間から差し込む太陽光が眩しくて思わず目を瞑る。少しして明るさに慣れて来た。
閑話休題。先程大方の荷物は片付いたが悩みどころなのが鍵をどう保管するかである。思案しながら移動しているとポストが目に入り、そこで名案が浮かんだ。それは ポストに入れたらよくね? という考えである。(※盗難の可能性があるのので絶対ダメです)
鍵をポストの中に入れて外に出る。久しぶりに出る外は眩しいし歩くのでさえ憂鬱だ。でもまだ人間を卒業したい訳ではないので重い足を動かしていく。
リュックとギターとスーツケースを持つ成人男性の姿はだいぶ目立つようで通行人にすれ違いざまに何度か凝視されるが気にしないふりをする。空港が自宅からはそこそこの距離がするので電車→タクシーのルートで行こうと思う。今は休日なので電車内は人がかなり混んでいてどうしようかと考えたときにたまたま一番端の席にが空き、有難く座ることにした。スーツケースは横の手すりに結びつけて固定し、リュックとギターは前に膝の上に抱えるスタイルにした。ガタンゴトン、と電車に揺られタクシーに乗り紆余曲折を経て無事空港についた。
にしても広いな、、、
とりあえずこの券をインフォメーションの人に見せたらどうにかなるのか、?
「すいません、」
「はい、どういたしましたか?」
「こちらなんですが、、」
口頭で説明するよりも見てもらう方が速いと判断し、カウンターの上にチケットを向こう側に置く。笑顔の相手は首を傾げながら視線を向けるととハッと顔を上げられまじまじと見つめられた。
もしかして自分は本当は当たってなくて妄想だったんじゃないか、なんて思案しているとソファに腰かけるように頼まれ、そのお姉さんはやや小走りでどこかに言ってしまった。五分ほど待っていると今度は上品な男性が着いてくるよう案内し「こちらへどうぞ」と告げ、大きな扉を開き奥に入るよう誘導する。
その先には煌びやかなロビーがあり、贅沢にも照明はシャンデリアで出来ている。明らかに自分には遠く及ばない高級感の漂う面構えに思わず動揺を隠せないでいるとそんな様子を汲み取った男性が口を開く。
「この度は当選おめでとうございます。早速ですがお客様には世界中を自由に旅して貰います。期間は3ヶ月です。勿論、ホテル代などの宿泊代はこちら負担なのでご安心下さい。何かございましたら我々一同にご一報頂ければ直ぐに対処致しますので何なりとお申し付け下さい。」
(げ、現実…?)
あまりのスケールの大きさに思わず宇宙猫になる。
「突然の事で混乱するのは当然です。時間はありますのでまずは行き先を決めて下さい。それから今後のことを決めましょう」
「は、はい」
未だに状況が飲み込めないまま生返事をする。…なんだか凄いことになってきている気がする。
「では、何かございましたらこちらのベルで何なりとお申し付け下さい」
そう言ってスーツを来た男性は奥の方にはけていった。
とりあえず近くにある真っ黒な座り心地がいいソファに座ると壁端に立っていた人がサッとコーヒーと地図や観光ガイドなどの本が出される。瞬きをする間に一瞬で物が置かれていく様子は思わず見逃しそうになる。こんな対応をされたことがないのでなんだかこそばゆい。
奇遇にもコーヒーはそこそこ愛飲するほどなので折角の機会なので口につける。口に含むとふわっと香る新鮮なコーヒー豆の香りと柔らかいコクは酸味が少なく自分好みの味だった。
ほっと一息をついたところで本題に取り掛かる。
とりあえずどこの国に行くかということだ。旅行なんて全く想定してなかったからな…
「何かお困りですか?」
うーんと唸っていると先程の男性が声をかけてくる。事情を話すと納得したような顔で頷いた。
「それでしたらまずは定番のアメリカから行くのはどうでしょうか?後から色んな国も行きますし立地的にもいい所だと思います」
アメリカか、、確かに定番だしいいかも、、
「…じゃあ、まずはアメリカに行きます」
「かしこまりました。では丁度アメリカ行きの飛行機が出るところなので差し支えがなければ、直ぐにでも行けますがどう致しますか?」
「では、もう行きたいです」
特にやり残したことも無かったので行くことにする。正直こんなに軽いノリで行っていいのかと思う所もあるが、家で引きこもっているよりかはよっぽど健康的で文化的な生活を送れると思うので目を瞑る。それに、溜まりに溜まった使い道のない貯金がまだ残っているのでこの機会に消費しようと思う。久しぶりに自分に充てるお金をどう使うか考えるのは案外楽しいものである。
免許証とパスポートの提示、荷物の確認とアンケートの記入を終えると言葉通りあっという間に飛行機に乗り込むことができた。飛行機は一般クラスだが庶民派の自分に取ってはそのほうが居心地がいい。ダメ元で聞いたギターも持ち込み可能だったしなんだかんだ言って楽しみだ。
一人きりの世界中旅行はこれからどうなるか分からないけれどどう転ぼうが何も怖いことはない。……もう旅行に行くことは二度と無いかもしれない。ならば、思いっきり満喫しようと思う。
そう窓越しに見えた快晴と雲を眺めながら何処か新しい気持ちで思ったのであった。
だからその時は”If”のことがTwitterのトレンドに乗っているなんて思いもしなかった。
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(もしかしたら)続くかも