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……え?
言葉が理解できない訳ではなかった。だが、心が理解できなかった。兄さんが、斗亜のことを好き……?そんな素振りはなかった。ただ、遊んでいる僕たちを見守っていれていたはずだ。
「てか、斗亜こんなとこにいたの……?なんで?」
混乱して不安になって、足は錆び付いたようにガクガクと動く。そのまま、部屋を遠ざけようと引きずって歩く。
すると、目で捉えていた扉は隙間を徐々に大きくしていき、ある姿を見せた。僕よりずっと大きくて、しっかりとした姿。
「優太……?なんでこんなとこにいるの?寝れなかった?」
固まる僕に心配そうに近寄ってきた。兄さんはいつも優しい。僕のことを可愛がってくれるし、すぐ気にかけてくれる。でも、さっきの言葉と雰囲気は何かが怖かった。
「なッ、なんでもない!!なんでもないッ!!」
ドンッ……と兄さんを突き飛ばす。驚いたような表情で僕を見てくる。
「どうしたの……?怖い夢みたの?兄ちゃんに言ってごらん。」
前が見れなかった。怖くて不安で震えで冷めた床のみを見ていた。その床に着いた僕の足は密かに汗をかいていて、夜の色に染まっていく。
「だって、だってだってだってだってだって……」
だって…………
「ん、んぅ……」
朝の空気と匂い。なんとも不安になるような感覚がした。重たく、あかない目を励ますように目をかく。
「ん、優太ぁ……おはよ。」
返事はなかった。不思議におもい、目をゆっくり開けると優太はまだ眠っていた。いつもは大きく開いている目を完全に閉じていて、手は僕の手を離さないように両手で握っていた。
「優太……?今日はお眠だね。」
伝わることの無い言葉を優太に向けて言い、空いている手で頭を優しくそっと撫でた。
「優太……僕、優太のこと……」
言いたい。強く思う。昨夜、樹さんに相談した。樹さんは、青春って感じでいいね、と言っていた。でも、僕の感情はそれだけではない気がした。
優太は、僕が小学2年生になった時からずっと同じクラスで、孤立気味だった僕を引っ張ってくれた。
「ねぇねぇ君。暇なら一緒に遊ばない?」
いつも教室のすみっこで読書をしていたからみんな僕には近寄らなかった。でも、優太は話しかけてくれた。
「1人だけど……僕、本読んでるからまた後でね。」
最初はそう言った。でも、優太はグイグイきて、
「なんの本読んでるの?おすすめの小説とか教えてよ」
「好きな表現とかある?僕は比喩表現とか好きだなぁ」
と、色んな質問を投げかけてきた。最初は僕もあせあせしてたけど、段々と楽しくなってきて、休み時間はいつも優太といた。
お家でも学校でも大した楽しみがなかった僕にとって、優太の存在は格別だった。特別で、大切だった。ずっと友達がいいな、と思ってた。でも、ある時……
「あんたなんていらないのに。」
強く押し倒されて、地面に尻もちをついた。
「え……?急になんなの?」
クラスの子だった。女の子3人が僕の足を蹴りとばす。
「1人でいればよかったのに。急に優太と話し出すから」
不快と訴えるような顔でその子は言う。優太のことが好きなのかな、と思った。だから、言い返した。
「優太と話してちゃダメなの?優太のことが好きなら、手伝ってあげるよ」
そう僕が言うと、その子はもっと怒ったように僕の服を掴んできた。
「なんか、偉くなったね。前までは暗かったのに」
そう言って僕の腹に足を乗せた。そのまま、ぐりぐりと抉られて、痛みに耐えられず僕は嗚咽を出した。
「いたい……」
目元がじんわりと熱くなり、目から溢れ出る何かが、僕の頬を濡らした。そうやって無抵抗になった時だった。
「何やってるの……?斗亜から離れて!!」
優太が僕を見るなりそう言って、僕に駆け寄ってくる。僕は顔を上げ、溢れ出る涙を放置したまま、優太を見つめる。
「大丈夫?まだ痛い?」
愛らしい眉を下げて、僕をじっと見つめてくる。心配してくれている気持ちが直に伝わる。
「優太って、正義感強いよね。でも、それ全部自分のためでしょ?」
嫌味のように彼女が言う。僕は、眉を下げる。優太に嫌な思いをさせたくなかった。それに、優太の行動は僕にも偽善のように見えた。だから、そのことを自覚させたくなかった。
「どうであろうと、悪を振りかざそうとする人よりはいいでしょ。そういうのいらない。」
優太にキッパリと言われ、その子たちは口惜しそうにその場を去った。優太は、僕に向かって、先生に言おうか?保健室いく?と、心配をかけてくれた。
「ありがとう……」
その言葉が本音では無いことは言えなかった。
「暇だな……」
川谷家は実に平和で、のほほんとしている。退屈さを感じるも、今の僕には染みるものがあった。