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「さて、ナジュ。行くか」
朝食も歯磨きも終えたムツキは、ベージュのスラックスに襟付きの白い半袖シャツという出で立ちで、リビングで屈伸などの準備運動をしているナジュミネに話しかける。
「行くぞ、旦那様!」
ナジュミネはムツキの右腕に腕組をするようにして、自身の身体に密着させつつ、早歩きで進んでいく。
「あ、おい、急がなくても……」
ムツキはその勢いに押されながら、ナジュミネに連れられていく。その姿をリゥパとユウはダイニングテーブルで席に着きつつ見つめている。
「さりげなくスキンシップ取るのが上手くなりましたね、ナジュミネ」
リゥパはエルフの姫であり、エルフの王族とは神と交信する能力を有している。つまり、今の彼女の仕事は、創世神であるユウから出てくる神託を受けることである。ただし、神託を受けた後は、彼女のパートナーである白フクロウのルーヴァに告げて、代わりにエルフの里に連絡をしてもらう。そう、これからその神託を受ける予定だ。
「そうだね。私もリゥぱんもがんばらないと、ナジュみんに正ヒロインの座を取られちゃうかもね」
ユウは顎に指を当てて、できる限り渋い顔をしてみせる。ただ、幼女の顔では困っている渋めの顔も可愛らしく映える。
実際のところ、ユウはムツキのハーレム推進派であり、ムツキが満足していれば、嬉しそうにしていれば、彼女はそれで満足なのである。神らしい愛情ともいえる。
「正ヒロイン? は分かりませんけど、ナジュミネばかり愛されちゃうのはズルいから、午後の私の番にはがんばってみます」
リゥパは落ち着いた仕草でユウに伝えるが、内心は気が気でない。許されるなら、あの二人に今からでも追いついて、ムツキと一緒にいたいと思っている。
「ムツキは誰かを贔屓にはしないと思うけど、たしかに気を付けないといけないかもしれないね。じゃあ、私たちは私たちで午前中にすることしちゃわないと」
「そうですね」
ユウとリゥパが部屋内で神託の話をしている頃、ムツキとナジュミネは腕を組んで歩いていた。朗らかな陽気の中、ゆっくりと歩いている2人は散歩をしているように見えるが、実際はナジュミネのいつもの訓練場へと向かっている最中である。
「毎日、訓練をしているのはすごいな」
「日課というのもあるが、いつか旦那様から参ったと言わせたいからな」
ナジュミネがムツキを伴侶と認め、旦那様と呼んで慕っているのは、彼女が自分よりも強い男に嫁ぐという彼女の誓いによるものだった。
彼女は彼とユウ立会いの下に正式な決闘を挑んだものの、彼にまったく歯が立たず、彼女が放てる最強魔法いとも簡単にかき消されたことで負けを認めたのである。
「そうか。じゃあ、負けないようにがんばらないとな。負けたら俺の元から離れていきそうだからな」
ムツキが笑いながら軽口を叩いてみると、ナジュミネは目を細めて頬を膨らませた。
「む。そんなことはない。旦那様は何があろうと妾の旦那様だ。既に身も心も旦那様に捧げたのだ。返せなどとは言わない」
ナジュミネは組んでいる腕をさらにギュッと抱きしめて、上目遣いにムツキを非難する。
「ぽてぽてに太って、負けっ放しでも平気な顔をしていたら?」
「…………」
ムツキの更なる軽口に、ナジュミネはついに黙ってしまう。一向に返ってこない返事に、彼は先に口を開くことになる。
「ナジュ?」
ムツキは恐る恐る、ナジュミネに話しかける。
「……安心しろ、旦那様。その前に、そうなった性根を完璧に叩き直してやる。贅肉というのは、身体よりも先に魂に付くものだ。ちょっとでも甘えが見えたら、私の旦那様に相応しいように維持をさせるぞ。大丈夫だ。旦那様は何があろうと妾の旦那様だ」
「し、性根が腐らないようにがんばりまーす……」
ナジュミネは静かな怒りを発していた。絶対にそんなことは許さないという強い意志が隠れもせずに目の前に大きく出てきている。ムツキはこれ以上、軽口を叩くわけにいかないと察知して、彼女が喜びそうな言葉をゆっくりと口にする。
「よろしい。でも……」
「ん?」
「私はたまには甘えたい……かな……」
「……ナジュってたまにズルいよな」
突然のナジュミネの可愛らしいデレに、ムツキは平然を装いながら、腕を組まれていない方の手をそっとスラックスのポケットに入れる。
「むむ。ズルいとは心外だな。リゥパみたいなことを言わないでくれ」
「ははは。さて、そこそこ歩いたかな? さて、まずは何から始めようか?」
そこはだだっ広い草原だった。その草原の中には、道から少し離れた場所に背の低い草も生えていない部分があった。ナジュミネがいつも訓練をしている場所である。
「旦那様、軽いストレッチから始めるぞ」
「分かった」
しばらく準備運動をしていると、遠くから一匹の猫の妖精が2人を目掛けて走ってくる。
「にゃ!」
「来てくれたか。いつもありがたい。今日も頼むぞ。今日は旦那様と組み手もしたい。審判を任せられるか?」
ナジュミネとよくいる猫のようだ。シルバーとブラックの縞模様が美しいアメリカン・ショートヘアだった。その猫は、まるでケットのように二足歩行で歩き始めたかと思うと、彼女の目の前で任せてくださいと言わんばかりの雰囲気で自分の前足を胸の前に当てる。
「にゃ!」
「では、簡単な組手から始めていこうか」
その後、ナジュミネは思い切り身体を動かし、ムツキと組み手をする。やはり、彼にはまったく歯が立たなかったが、それが分かっただけでも彼女は満足そうな表情だった。