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地獄のような集まりからこそっと抜け出し庭園を歩いていると、少し離れたところに白の大理石で造られたガゼボを見つけた。
王城内の庭園はどこまでも手入れされており、その場所も整備され快適さが伺える。
一人になるリスクはあるものの、先ほどの様子を見れば追ってくるものもいないだろうと判断し、俺はガゼボの屋根下に入り、ベンチへと腰を下ろした。
「つっかれた……」
大きく伸びをして、背もたれに身体を預ける。
全体が大理石で出来ている為、どうしても感触は固い。ここにクッションがあればベストだが……流石にそれは見当たらない。とはいえ、先ほどまでいた集まりにいるよりは全然いい。
……だいたい、なんだってんだあの人選は。
周りは主人公をはじめ、キースがいないにしても攻略対象者が揃いぶみ……。
確かに今回のお茶会はイベントであり、そこにはノエルもリアムも存在する。
ただリアムは招待はされたてはいるものの、あの席にはいない。
本来であればレジナルドの近くにいるノエルに嫉妬し、お茶会の最中にも関わらずノエルを呼び出して嫌がらせを……という筋書きなわけで。
俺が正しくリアムでないということが影響してるのはわかる。
雌堕ちエンドを避けて正しいリアムとは違う道を歩んでいて、それなりに家族関係も含めて周囲への影響は出ているだろう。ただその補正で俺がノエルと同様な扱いになるのかがいまいちわからない。
こういうとき、転生ものでよく見かけるマスコット的なお助けキャラがいればいいのに……モフモフっぽいのなら最高なのに……。
※
「いないと思ったら……こんな場所で……」
近くでそんな声がした。
そして今度は身体がふんわりと温かくなる。爽やかな柑橘系の香りを纏った何か柔らかいものに包まれている。
柔らか……?あれ?俺はどこにいたっけか?
少しずつ意識が現実へと呼び戻され、俺は目を開けた。
俺の目の前には、俺の顔を覗き込むレジナルドがいる。
え?あれ?何が……??
「目が覚めたか?無防備にもほどがあるぞ、リアム・デリカート」
そう言いながらレジナルドの顔がさらに近づき……俺の口端に唇が触れた。
…………………………。
…………………………。
…………………………。
………………………ぎゃ。
ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!
漸く。
漸く俺の意識が覚醒する。
遅いわ!!遅いわーーーーーー!!俺の脳!!遅いよ!!遅い!!動いて!
いやいやいや⁈何⁈
心中では騒ぎ立ててはいたが実際には小さな声で、あ、としか漏れなかった。
目を見開いて硬直する俺に、レジナルドが笑う。
おっふおっふ!!動け、俺えええええええ!!
「もう一度した方がいいかな?眠り姫」
再度近づいてきたレジナルドを、顔を背けることによって回避した。
回避したのだが、背けた方向が阿保だった。
俺が顔を背けた方にはレジナルドの胸があったのだ。つまり俺はレジナルドの胸に顔を埋めたことになる。てか、俺、レジナルドに横抱きにされている……。
なんで⁈え、なんで⁈俺は先ほどまで一人でいて、ベンチに座っていたはずなのだ。恐らくは1人になって気が抜けた俺はうたた寝をしていたのだろうが……
いや、てか!離れねば!離れねば!よくそんなセリフ言えるな⁈!ゲームのキャラかよ!ゲームのキャラだわ!
「で、殿下……はな……ひっ」
人間、慌てれば慌てるほど混乱に埋まっていく気がする。
自分で言うのもなんだが、俺はどちらかと言えば唐突な事態に弱い方だ。
落ち着け、俺よ。落ち着け。とにかくこの『レジナルドの腕の中on膝の上』という意味がわからない構図から逃げねばならない。
と、思った矢先に耳元へと息を吹きかけられて、ぞわりとした感触が身体の中を走り抜ける。喉奥から引きつった声が漏れる。
何しとんじゃあああああああああああああああああ⁈
しかし、相変わらず俺はうまく動けないままだ。
「随分と敏感じゃないか。リアム……」
俺の様子を愉しんでか、レジナルドが同じ場所へと今度は口づけた。
耳たぶに近い場所で、ちゅ、ちゅ、とリップ音がする。……なるほど、これがリップ音……違う!!違う!!違うし、音が響くたびに先ほどと同じような感触が上塗りされていき、頬に血が集まるようだ。どくどくと心臓が脈打ち始める。
ちょ、ま……これ、ボーイズがラブな展開じゃ……?
「やめ、やめて……」
俺が言えたのはそれくらいなもので、なんとも情けない話だ。
レジナルドは幾度か耳たぶの上で音を鳴らした後、
「こちらを向いたらやめてあげよう」
と呟いた。
こっちって、お前の顔の方だろ⁈なんでだよ!!おかしくね⁈
こういうのってノエルがされるやつじゃない⁈どうして俺が⁈
考えている間も、レジナルドは俺の耳朶へのキスをやめなかった。
どんどんと心臓の動きは早くなるし、変に身体に熱がたまり始めている。
リアムのリアムさんが反応するほどではないが、気を抜くと危ないかもしれない。
俺は仕方なく埋めていた顔を離して、レジナルドの方へと顔を向ける。
目に映ったレジナルドはとても楽しげな表情だ。……俺は楽しくないがな。
「なるほど……?侯爵家が隠したがるわけだな」
いや、意味が分からんし⁈
とにかく、俺の仕事はこの場から自分を逃がすことである。
目が合ったレジナルドから視線を外し、身を捩る。
「殿下、離してくださ……」
俺が言葉を最後まで発する事はできなかった。
なぜなら──レジナルドが俺の唇に自分の唇を落としたからだ。
…………………………。
…………………………。
…………………………。
………………………ぎゃ。
ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!
俺の!尊い!ファーストキスが!
ねえ、だからさ!なんで俺なの⁈
レジナルドの唇が二度三度と啄んで離れる。離れる際に、ぺろりと舐められた。
俺は硬直したまま動けないでいる。おっふううううう……。
前世でも経験したことないキスを男相手に経験するなんて哀れすぎやしないか、俺……。
ここが男同士でくんずほぐれつする世界としても、初めては可愛い女の子が良かった……そりゃレジナルドも美形だけどさあああああああ!
とか、考えていたらじわりと涙が浮かんでくる。感情の起伏が大きすぎて制御が利かなくなっていた。だってね……結構過酷なのよ。このリアムさんは。失敗すれば運命が転がっていくので気を張っていないといけない時間は多いし、挙句は男にキスをされるという珍事。
「え……」
レジナルドからすると俺の反応は意外だったらしい。
浮かんだ涙がぼろっと一つ零れ、その後はとめどなく落ちていく。
「い、いや……泣かすつもりはなかったのだが……」
慌てた様子でレジナルドの指が俺の涙を拭った。けれどそれで止まるはずもなく、涙はぽろぽろとあふれ続ける。涙ってストレス発散でも流れるとどこかで見た気がする。間違いなくストレスの原因はお前なんだよ!!
「はな、はな、してくださ……い」
どうにか紡げた言葉は弱弱しいものだったが、今のレジナルドにはそれで十分だったようだ。すまない、と言いながら俺を優しい手つきで自分の隣へと座らせるように下した。
あーーーーーーこれって不敬にあたったりするのだろうか。もうマジでわからん、この状況……断罪だのはされなさそうだが……。
レジナルドは隣に座っていて、困ったように俺の様子を伺っていた。
相変わらずぼろぼろと流れる涙は、俺自身でもどうしようもない。
鼻水を垂らさないだけ、画面的にはマシだろ……。
多くの人間は王太子から気に入られて、そういう関係になるのも吝かでないどころかウエルカム!かもしれないが、俺は全く違う。
仮にこいつと一緒になったとしても、あのエンドを見てしまっている以上、何かヘマした時点で悲惨な人生になるのではないかという疑念は払拭できない。
怯え怯え生活するなんてごめんだし、俺は可愛い女子がいいんだわーーーー!
「リアム本当にすまない」
「あっ!レジナルド先輩ここに……え、ちょ⁈リアきゅん⁈」
レジナルドが謝罪する声と同時に、聞こえた声はノエルのものだった。
そのリアきゅんってたまに出るよな、おまえ。ちょっと迂闊だろうよ……なんとなく可笑しくて、俺は泣きながらも笑った。