君と頑張る今日晴れる

K市では、実に充実した休日を過ごすことができた。

貰ってきた向日葵はお互いの部屋に、花瓶に入れて飾ってある。

家を出て空を見ると、青く澄んだ空に大きな入道雲が見えた。

私は、幼い頃から空を見るのが好きで、いつまでも眺めていられる。

お母さんに「いつまで空見てるの。前見て歩かないと危ないよ」と、幼い頃よく注意されたっけ。

私が、空の何を見ているかというと表情だ。

見る場所、季節、天候、時間帯など、私の気分によっても見え方が毎回違う。

空は、いろんな表情を見せてくれる。

そんな空を見ていると、私は心が落ち着くのだ。

夏の青空に浮かぶ真っ白な入道雲を、じっと見ていると風に流され形が変わっていく。

その変化は、ゆっくりに見えるが、空の上ではもの凄いスピードのはずだ。

まるで、私たちの時間の流れのように思う。

気づかぬうちにあっという間に過ぎてしまう。私には、時間がない。

そんなことを考えたら、また気持ちが落ち込んできた。

しかし、職員室に入った瞬間。

沈んだ気持ちを、一気に掻き消すような元気な声が飛んでくる。

「はーるっ。おはよう！」

見ると、悠が机に書類を広げて作業していた。

今日は、珍しく一緒に行こうと連絡がないと思ったら、先に保育園で事務仕事をやっていたようだ。

「悠って今日は十時からの勤務だったよね。いつから来てやってるの？」

「八時から。ちょっとやらなきゃならないことがあってね」と、悠が小さい声で応える。

私は、彼の顔を見て何かまずいことになっていると、すぐ気づいた。

まるで、テストで悪い点数を取ったから、テストを隠す小学生のような顔をしているのだ。

「そういえば、今月やることだらけだよね。誕生日会に、保育参観に、悠は研究会の資料提出もあったよね。ちゃんとやってる？大丈夫なの？」

「うっ」と、言ったきり真っ青な顔をしている。

悠が黙っているので、私はもう一度確認した。

「ねえ。大丈夫なの？ちゃんと答えて」と、私はじっと睨みつける。

「誕生日会はこの前、晴とペープサート準備したじゃん。そっから進んでない」と、悠が謝罪会見のように話し出す。

「はい。次、保育参観は？」、私は淡々と訊いていく。

「壁面に飾る虹の絵は子どもたちと描いた」、悠の声がさっきよりも小さい。

「はい。次、研究会の資料は？」

「思いついたことはメモしてあるけど、結局、進んでない。晴が教えてくれたパソコンも使い方忘れちゃった。ごめん」と、なんとか聞き取れるような小さい声で応え、悠は私の顔色をちらりと伺った。

「わかった。誕生日会は、あとペープサートの劇の練習だけだね。ところで、保育参観で歌うピアノは大丈夫なの？にじを弾くんでしょ」

「う…。大丈夫じゃない」

「子どものために、にじの曲を頑張って弾くんじゃなかったの！私、口だけの男は嫌いだからね！」と、きっぱり言った。

すると、「あれ。俺、晴にその話したっけ？」と、ぽかんとした表情をする悠。

しまった。これは以前、私が、悠と理依奈ちゃんの会話を盗み聞きしてしまった時の情報だった。

思わぬ墓穴を掘ってしまい、「前に言ってなかった？悠が忘れてるだけじゃないの」と、苦し紛れに誤魔化す。

「あー。そうかも。俺、忘れっぽいからなぁ」と、悠は相変わらず、言った言わないの細かいことは気にもしていない様子なので、私は胸を撫で下ろした。

ごめんね悠。と私は心の中で謝る。

「ところで、一番大変そうな研究会の資料はどうするの？」

「うーん。なんとかなるっしょ！って思ってる」

「そんな適当じゃなんともならないっ」

私が眉間にしわを寄せると、悠がしゅんと肩を落とした。

やらなければならないことが、こんなにも重なってしまっているのに、どうして悠がこうも楽観的なのだろうか。

怒りを通り越して呆れてきた。

まあ、こんな状況だとしても、なんとかなるって楽観的に考えれるのは、悠の長所だと思うことにした。

なぜなら、私が彼の立場だったら今頃、慌てふためいているだろう。

保育士といえば、世間では子どもと遊んでお世話する仕事、という認識があると思う。

しかし、実際は子どもたちが帰ったあとの事務作業もかなり多い。

悠は、持ち前の明るい素直な性格で、元気に体を動かす遊びが得意だ。

しかし、その他の事務作業がからっきしすぎる。

なんとか、悠には自分で、自分のことくらいできるようになってもらいたい。

そうなるよう彼を導くのも、私の役目だ。

悠のためならなんだってすると決めている。

でも、手伝いすぎて甘やかしてしまうのは考えもの。それでは彼の力にならない。

しかし、今回は私が全面的に手伝わないと厳しそうだ。

「悠、夜は保育園残ってける？」

「ごめん。今日はスケボーやりたいんだよね。だから、朝早く来てやってたんだ」と、申し訳なさそうに悠が言った。

そういえば、最近、SNSに悠が自分のスケボー動画を投稿したらプロスケーターの人の目に留まった。

そこから、その人と連絡を取り合う仲になって、九月に名古屋の近くで大会を開催するから出てみないかと誘われているのだ。

だから、悠は、近頃スケボーに熱を入れている。

私としては、悠が大好きなスケボーを応援してあげたい気持ちはある。

けれど、仕事がまともにできていないなら話は別だ。

確か、今日は、私と悠は勤務が六時に終わる。

悠には可哀想だけど、仕事が終わったところを捕まえよう。

私がどうしてもと言ったら、悠はいくらスケボーが好きでも、私を優先してくれることを知っている。

そう頭の中で企んだ。