お祭り当日、特に問題無く業務を終えた私は小谷くんが迎えに来てくれるのを事務所で待っていた。
そこへ、
「葉月ちゃん、帰らないの?」
休憩に入った関根さんが仕事を終えてもまだ事務所内に留まっていた私に声を掛けてきた。
「あ、えっと……今日はこの後お祭りに行くので、友達を待っているんです」
「祭り……そう言えば今日だったね。そっかぁ、いいねぇ」
「関根さんはお祭り、行かないんですか?」
「一人で行ってもねぇ。一緒に行く人がいれば良いんだけど」
「す、すみません……変な事聞いてしまって……」
「あはは、気にしないで。それよりも祭り、楽しんで来てね」
「はい! ――あ、友達が着いたみたいなので、お先に失礼します!」
「お疲れ様」
ちょうど小谷くんから《着いた》というメッセージが届いた事もあり、私は話を終わらせて事務所を後にした。
「お待たせ! お疲れ様、小谷くん」
「由井もお疲れ」
「それじゃ、行こっか!」
「ああ」
店の外で合流した私たちは互いに「お疲れ様」を言い合うと、出店が出ているエリアに向かって歩き出した。
浴衣姿の女の子を見かける度、私も着たいななんて思うけれど、そもそも浴衣なんて持ってないし、一人じゃ着れないのであくまでも見てるだけ。
「女って浴衣着てる奴多いけど、あれ、着るの大変そうだし、暑そうだし、良いこと無さそう……」
そんな中でそうポツリと呟いた小谷くんの言葉に、思わず笑ってしまう。
「まあ、面倒だったとしても、お祭りだし、やっぱり着たいなって思うんだよ」
「ふーん。由井は?」
「え?」
「由井は浴衣、着ないの?」
「私は、着てみたいけど、持ってないし、一人じゃ着れないから……」
「まあ、普段祭り行かないのにわざわざ買わねぇよな。それに、バイトの後じゃ無理か」
「うん、そうそう」
「――じゃあ、来年は着れば?」
「え?」
「来年は休み取って浴衣着て、祭りに来ればいいんじゃん?」
「そ、そう……だね」
小谷くんの突然の言葉に、私は驚きを隠せず動揺してしまう。
“来年”それって、つまりは来年もまた一緒に来るという意味なのだろうか?
今の私たちはいつまでこの同居生活を続けるかというのを話し合った事はない。
だから、来年の事なんて考えもしなかったけど、小谷くんの中では、来年も私と一緒に居る未来が存在しているという事なのだろうか?
それとも、自分とじゃなくて、誰かとお祭りに行く時に浴衣を着て行けばという意味なのだろうか。
先程の言葉の意味を聞きたいなと思って口を開き掛けた、その時――
「葉月ちゃん?」
そう後ろから名前を呼ばれて振り返ると、
「浦部くん……」
そこには、友達数人とお祭りに来ていた浦部くんが立っていた。
「浦部、俺ら先にあっち行ってるぞ?」
「あ、ああ、分かった」
友達と言葉を交わした浦部くんは再び私に向き直る。
「葉月ちゃんも、来てたんだね」
「う、うん」
「えっと、友達……と一緒なのかな?」
そして、小谷くんをチラリと見つつ、「友達なのか」という問い掛けをする彼。
「あ、う、うん、そうなの。たまたまバイト帰りに会って……お祭りやってるの気付いてちょっと覗いて行こうかって……」
ひとまずこの場を切り抜けようと、小谷くんは「友達」、お祭りには「バイト帰りに偶然会って覗きにきた」というシナリオで浦部くんに説明した。
勿論、小谷くんは何も答えない。
ただ、私と浦部くんが話しているのを黙って見ているだけ。
「そっか。……まあ、バイトなら仕方ないけど、時間が出来たなら、俺を誘ってくれたら嬉しかったな。って、ごめん、こんな事言っても困らせるだけだね。連れが待ってるからもう行くよ。またね、葉月ちゃん」
「あ、う、うん……またね」
少し悲しげな表情を見せた浦部くんはすぐに笑顔を浮かべると、友達が待っている方へ歩いて行ってしまった。
「由井、何か食おうぜ。俺、腹減った」
「あ、うん、そうだね、ごめんね、待たせて」
「別に、構わねぇけど。アイツ、かなり俺の事敵視してたな。まあ、当然か。気になる奴が他の男と居るんだから」
「そ、そう……なのかな……」
「普通の反応だろ。つーか、その気が無いならハッキリ言った方がいいと俺は思う」
その言葉は最もだと思う。
この前それとなく伝えはしたけど、浦部くんに可能性が無いわけじゃないならって言われて、ハッキリと断りきれなかった。
浦部くんの事は決して嫌いじゃないけど、彼と一緒に居る未来が、私には見えない。
あくまでも友達止まり。
恋愛に発展する可能性は正直無い。
(……やっぱり、今度直接会って、ハッキリ伝えよう)
このまま期待を持たせるのは違うし、浦部くんにも申し訳ない。今度直接会ってもう一度きちんと自分の思いを伝えようと心に決めた私は、
「そうだよね、私、今度浦部くんに自分の気持ち、話そうと思う」
「ああ、その方がいい」
「うん……えっと、何食べよっか?」
「焼きそばとか?」
「たこ焼きもいいよね」
「ま、祭りに来てケチるのも違うだろうし、今日は食いたいもん片っ端から食うか」
「そうだね!」
せっかく楽しみにしていたお祭りを楽しもうと、気持ちを切り替えた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!