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ニーナちゃんのお家にお呼ばれした週の土曜日。
俺は父親の運転する車に乗って、関東圏にある中学校に向かっていた。
とは言ってもすでに日は沈みかけており、休日だからだろうか。
車通りは随分と多い。
「ふむ。そのニーナという子に魔法を教えてもらっているのか?」
「うん。ニーナちゃんは優しいから、色々教えてくれるの」
「なるほど、だから……」
赤信号なので、車が減速していく。
「だから、最近はパパと一緒に魔法の練習をしてくれないのか…………」
「違うよ、パパと練習してないのはニーナちゃんと練習してるからじゃなくてパパが家にいないからだよ」
「ううむ…………」
車内では父親がいなかった1週間にあったことを話していた。
父親は1週間ぶりと思えぬほどに相変わらずだった。まぁ、そんな短時間で人が変わるはずもないか。
そんなことを思っていると、止まった車の中で父親がゆっくりと口を開いた。
「イツキ。今度、ニーナちゃんを家に連れてくるのだ」
「え、なんで」
「紅茶をごちそうしてもらったのだろう。こちらも、茶菓子くらいは出すのが礼儀というものだ」
……なるほど、そういうものなのだろうか。
実はニーナちゃんの家にはあの後にもう1度お邪魔したのだ。
行ってばかりだと悪いから、たまにはウチにも……ということなら理解できる。
でも、ウチからニーナちゃんの家まで遠いんだよな。
俺は『身体強化』で魔法持続時間強化の練習も兼ねて帰ってるからそんなに苦じゃないけど、ニーナちゃんはそうじゃないだろう。
「でも、パパ。ニーナちゃんの家は遠いんだよ?」
「ならば、帰りは車で送ろう」
「じゃあ今度ニーナちゃんに聞いてみるね」
「うむ。しかし、友達が出来たのは良いことだ。大事にするんだぞ、イツキ」
「うん。大事にするよ」
ちなみに俺たちが何しに中学校に向かっているかと言うと、学校に出たモンスターを祓うためである。
ニーナちゃんの話題が出る前に父親がかいつまんで説明してくれた話によると、これから向かう中学校は耐震基準と老朽化の関係で旧校舎を解体し、新校舎を建築することになったらしい。
だが、解体の準備のため旧校舎の片付けをやっていた教師が2人行方不明になったと。
詳しく調べてみると、どうにも旧校舎には『開かずの間』と呼ばれていた教室があったそうで、そこの片付けに入ってから帰ってきていない……という話らしい。
「でもさ、パパ」
「どうした、イツキ」
「なんで夜に学校に行くの?」
せっかくの休みなんだから、別に夜に行かなくても昼で良くない……? と思って聞いてみたのだが、父親から返ってきたのは予想を上回るあっさりとした答えだった。
「夜にならないと開かないらしいのだ」
「……どうして?」
「巣食っている“魔”が夜行性なのだろう。“魔”は夕方から夜にかけて活性化しやすい。おかしくない話だ」
そういえば、レンジさんやアヤちゃんと一緒に、奥多摩の方まで熊狩りに行ったときも夜だったな。
まぁ、基本的に怪談――モンスターと出会った人間たちの体験談はどれも夜と夕方ばかりだ。特に黄昏時たそれがれどきは逢魔おうまが刻……『“魔”に逢あう』時間帯なんて名前が付いているくらいである。
モンスターが夜行性、というのは理解できる話だ。
ちなみに、『なんでそんな時間に旧校舎の片付けをしに行ったのか』なんて野暮なことを俺は言わない。
前世でSNSバッチリだった俺は知っているのだ。
教師という仕事が残業だらけで大変だということくらい、な。
「そろそろだ」
ちらりとカーナビを見た父親がそう言った。
確かに目的地まではあと数百メートル。
父親がハンドルを切って交差点を曲がると、目の前に結構大きめの中学校が見えてきた。
それを目視で確認した父親は車を裏門へと移動させると、そこには3人の大人たちが立って待っていた。
そのうち2人は50代か60代と言ったところだが、逆に1人だけ20代と思えるほどに若い。
……どういう組み合わせ?
なんてことを思っていると、3人の手前で父親は車を停めると、下車。
それにならって、俺も降りる。
すると、3人の中で一番若い男が駆け寄ってきた。
「お、お待ちしておりました。宗一郎さん」
「少し遅れた。すまない。渋滞に巻き込まれてしまってな」
「いえいえ! ご高名な宗一郎さんにお会い出来るなんて、イチ祓魔師として光栄です!」
そういって笑顔を浮かべる20代の男性。
首からは顔写真と名前の入ったネームプレートをかけている。
そこには『佐藤』という名字と『担当教科:理科』と書いてあった。
なるほど。この人はあれだ。
学校に常勤している祓魔師の人か。
……うん?
ということはアレか。
この案件は、この祓魔師さんがさじを投げた案件ということか……?
うちの父親が引き受けてる仕事そんなんばっかだな。
「そちらのお子さんは……?」
「息子だ。祓魔の経験を積ませるために現場を見せに来たのだ」
「……ご子息でしたか。お、お噂はかねがね」
父親が俺のことを息子、と言った瞬間に露骨に顔がこわばった。
どんな噂を聞いてるんだ、全く。
雷公童子を祓ってからというもの変な噂を流され続けてきたのだが、最近はめっきりその噂も流れなくなったらしい。そんな話を父親から聞いていたが……どうにも、その噂が忘れられるには、まだまだ時間がかかりそうだ。
若い男の人は一度咳払いをすると、後ろにいる2人の大人をそれぞれ紹介してくれた。
「すみません、宗一郎さん。紹介します。ウチの校長と、教頭です」
紹介された男性たちは、ウチの父親に露骨にビビった様子で頭だけ下げていた。
……まぁ、そうね。
初見だとそうなるよね。
身長も高いし、身体も分厚いし、片目眼帯である。
これでビビらないやつには、こっちがビビる。
そんな感じで父親相手に少し萎縮していた校長先生だったが、彼は気を取り直すと深く父親に頭を下げた。
「高橋先生と山田先生を、どうかお願いします」
「……命の保証はできない。すでに部屋に飲まれてから一週間は経っていると聞いた。死んでいる可能性の方が高いのだ」
「はい。それは佐藤先生から聞きました。それでも……お願いします」
そういって深く頭を下げる校長先生。
父親はそれに対して短く『分かった』と返した。
それを見て、俺も気を引き締め直す。人がいなくなっているのだ。
気を引き締めないと、俺も同じように『開かずの間』に飲まれてしまうかもしれない。
油断は大敵。やられる前にやれをモットーに、だ。
「部屋の前までは僕が案内します。そこからは、宗一郎さん。お願いいたします」
「あぁ、任された」
というわけで佐藤先生の案内の元、旧校舎に向かう。
向かっている途中で色んなことを教えてもらった。
この中学校は校舎が二つあって、普段は両方使っているものの今は建て直しのために旧校舎は使えない状態だということ。
それで生徒全員が教室に入れるのかと俺が聞くと、校舎に入れない生徒たちはプレハブの中で授業を受けていると教えてもらった。
他には教師が行方不明になった噂が生徒に広がって不登校になる子が出たり、『開かずの間』に面白半分で入りたがっている生徒がいるとか、そんな話を色々と。
旧校舎には例によって靴を履いたまま入ると、佐藤先生が懐中電灯の光を灯ともした。
誰もいない校舎の中を細い一筋の光が貫く。
……怖ぇな。
本当に俺たち3人以外誰もいないので、足音が異様に反響する。
普通に怖い。
だが、父親も佐藤先生もそんなこと気にした様子もなく階段に足をかけた。
息を深く飲み込んで、俺は父親の背中を追う。
こんな時に備えて持ってきていた雷公童子の遺宝が俺の胸の中で、ちゃり、と音を立てた。
懐中電灯で照らされる階段を上がってたどり着いたのは2階。
その奥に向かって進むと、『理科準備室』と書かれたプレートがある扉の前で佐藤先生が止まった。
「ここです。ここが『開かずの間』です」
佐藤先生が指差した部屋を前にして、父親はともかく俺は息を飲んだ。
飲まざるを得なかった。
……これは。
俺の異変に素早く気がついた父親が短く、聞いてきた。
「どうした、イツキ」
「パパ。この扉、『導糸シルベイト』がびっしり張り付いている。罠かも」
「……ふむ」
それは明らかに異質な光景。
まるで骨折した腕のように、扉そのものが無数の『導糸シルベイト』で覆われているのだ。
『触るな』と、こちらに警告してくるかのような『導糸シルベイト』の量に、俺は狂気を感じとった。
「助かった、イツキ」
そう言って父親が『導糸シルベイト』を伸ばして扉にかけると、それをスライドさせる。俺は早撃ちクイックショットをいつでも出来るように手元に魔力を集めた。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。
そう身構えた瞬間、父親の『導糸シルベイト』がドアの手前で無理やり引きちぎられると、とぐろを巻き、みるみる内に立方体に圧縮されてその場に落ちた。
そして完全に開いた『開かずの間』の中には、
『いやァ!!! 変態ィ!!!!』
全身にタトゥーの入った、上半身裸のモンスターが『ムンクの叫び』みたいな姿で俺たちを見ていた。